育毛剤を買う話




 男は今、人生の瀬戸際に立っている。


 午後6時半、薬局で。

 手元の“毛根一筋”といった男らしいパッケージの育毛剤をジッと見つめ、一人の男がこれを買うか否か。

 買うとすれば、どうやって買うのかを悩んでいた。


(──決めた、僕は決めたぞ!)


 何秒かの沈黙の後、それをレジに持って行こうとぎゅっと握りしめ、レジに行こうとする。……が、結局決めるに決めきれず、レジの周りを飲み物を見て回るフリをしながら男は隠さずため息を吐いた。


(こんなことじゃ駄目だ!)


 何が駄目なのかはこちらとしてはさっぱりだがそう思った男はもう一度育毛剤が並んでいるコーナーへと足を運び、頭に手を当てもう一度、手元の育毛剤を見つめた。

 “今一番売れてます!”という煽り文と“毛根ちゃん”というマスコットキャラクターのストラップ。

 今買えばこれがついてくるという話だ。お得である。


(買うなら、毛根ちゃんがついてくる今だし……いやでも……)


 ……何てことはない。これをレジに持って行ってお金を支払うだけだ。……だけなのだが。

 いかんせんこの男はプライドが高く、この育毛剤をレジに持って行って精算するのを少し「恥ずかしい」と感じているのだ。

 こんな姿、近所の人に見られたらからかわれるに違いないだの、自分が今「恥ずかしい」と思っているのは世の中のハゲに対して失礼なのではないか、だのと色々考え――


「まあ初めては誰でも恥ずかしいもんだよ」


 ――ふと、脳裏に浮かんだ上司、山本さんの言葉を思い出し、少し勇気を貰った男は肺に溜まった息をゆっくりと吐き出し、また少し吸って。


「これくだひゃ――……っ!」


「…………」


(噛んだあああっ!)


 ゆっくり、堂々とした足取りでレジに向かっていき、自信満々に育毛剤をレジに置いたところで一番恥ずかしいミスをしてしまった。


「……っく……はい、こちら一点で……」


 顔が火照って真っ赤に染まっていくのと、店員の……髪の長いお姉さんが笑いを堪えているのが分かり、下を向いてじわりと滲み出してきた涙を堪えた。


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