別れ話




 本気で、怒らせてしまった。


「ね、ねぇ……」


 自分をチラリとも振り返らないでスタスタと歩いて行く背中を必死で追いかける。

 いつもなら待ってくれるのに。自分に合わせて歩いてくれるのに。でも今は見向きもしない春太の背中を見つめ、真由の心臓がバクバクと鼓動を速め、嫌に冷たい汗が背中を伝った。


(……怒らせた。完全に)


「春太!」


 やっとの事で掴んだその腕はいつも通りとても温かく、少しホッとした。

 きっと振り返ったら「ごめん」と謝って、少し困ったようにまた笑ってくれるはずだ。


「離して」


「…え」


「聞こえなかったの?離してってば」


 だが真由の期待は外れ、春太は真由の手を振り払い、真由を見下ろした。その目は、真由が今まで見たことないような冷たい、目をしていて。


「……それと、二度と話しかけないでね」


「……あ、」


 膝の力が抜け、ぺたん、とその場に座りこんでしまう。言いたい事は沢山あるのに、喉がからからに渇いて喋れない。

 ──……言葉が、出てこない。

 いつもなら真由がこんなところに座りこんでしまったら春太は「大丈夫?」と笑って優しく手を差し伸べてくれるのに。

 真由を見下ろす春太の目は、相変わらず冷たいままで。

 真由も相変わらず、喋れないまま。時が止まったように動けないでいた。


「──あれ、春太さん?こんなところでどうし……すみません」


 そこへちょうど通りかかった友人が、春太に話しかけようとしたが真由の姿を見て何か感じとったのか一言謝ると立ち去ろうとした。


「……待って。僕も一緒に行く」


「え、でも……」


「いいから」


 そう言うと春太は友人の腕を掴み、背中を向けた。けど、


「……それじゃ、」


 急にクルッと回って真由を見たと思うと、ニコッと笑って春太の口が微かに動いた。


「ばいばい」


「! 待っ……春──……っ」


 春太を引き止めようと伸ばした手が、なにも掴めず空を切る。

 春太は今度こそ背中を向けていて、真由のほうを見もせず去って行った。


「……ッ」


 真由は自分が春太に名前を呼ぶことすら、許されない気がして。

 その場で小さく嗚咽をもらした。


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