過去に書いた短編集

七篠空木

急に暗い




 少女がドアを開けると真っ先に目に飛び込んできたのは、赤い、色だった。


「──……え、」


 青や水色といった涼しげな色で統一されたその部屋に不自然におかれた赤。

 その赤い“何か”は部屋の中心でボーッとしている少年の手首から腕をつたってぽたぽたと床に落ち、小さく水溜まりのような物が出来上がっていた。

 少女は首元を押さえた。言いたい事は沢山あるのに、喉がからからに渇いて喋れない。

 言葉が、出てこなかった。


「──あれ、来てたの?」


 少女が居ることに気づいたのか、少年が顔を上げる。

 少年は少女と目が合うと、「どうしたの?」とふにゃっと笑った。

 その顔はもちろんの事、声、表情、しぐさといった一つ一つが全部少年そのもので。(ああ、やっぱりこいつはあいつだったのか)と考えた。

 少女はどこかで、少年に似てる人形でも置いてあるんじゃないか。どっかから少年が出て来ていつものように「だーまされたー!」なんてからかわれるんじゃないか。なんて馬鹿で平和なことを思っていたのだ。

 ──……そんなわけ、ないのに。


「……そ、れ……」


 固唾を飲むとカラカラの喉が少しだけ潤った。

 少女はようやく言葉を紡ぐ事に成功したが、肝心のその言葉は、あまり意味をなさないものだった。

 だが少年はそれだけで少女の言いたい事がわかったようだ。「ああ、これ?」と言いながらゆっくり腕を動かした。


「ごめんごめん。びっくりしたよね。そういや血苦手だっけ?」


 そう言って困ったように笑う少年は、あまりにいつも通りで。

 もしかしたらこれは当たり前の光景で、私が間違っているのかも、なんて少女を錯覚させるほどだった。


「どうしたの、固まって」


 いつの間にか目の前に移動してきた少年が、不思議そうに首を傾げる。

「おーい」とか言いながら手を振っている少年に、少女は再び固唾を飲み込んだ。

 少女の喉がゆっくりと上下し、静かな空間にゴクリ、という音が響き、緊張感が漂った。


「……なんで、こんなこと」


「……んー……なんでって言われてもなあ……」


 質問に考える素振りをしていた少年は、しばらくすると何か思いついたようで右手の拳で左の手のひらをポンッと叩いてニコッと笑った。


「なんか生きてる、っていう確認?」


「はあ?」


「いや、こうしたら痛いし、血出るし、なんか生きてるんだなあ……、って気になるっていうかさ。まあ、そんな感……?どうしたの?」


 思わず少年の手を引っ張っり、ギュッと抱き締める。これ以上、聞いてられなかった。


「……もう止めてよ。そんなことしなくても生きてるから。大丈夫だから」


「……そう、かな。僕、ちゃんと生きてる?」


「……うん、」


 少し離れて肩をしっかり掴むと、不安げな少年を安心させるように瞳をジッと見て頷く。


「生きてるよ」


「良かったぁ……」


 そう笑った少年の顔は辛そうで、切なそうで、何よりとっても綺麗だった。


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