0と1の行動論

第9話

　モデリングアーティストとは、簡単に言えば映像におけるキャラクターを作ったり、背景を作ったりすることを言う。

　完璧とは言えなくても、画面上で動いているCGの動きがリアリティに見えたり、もしくは人間に合わせて非現実的な背景が実在しているように見えることを生業にしている人が多い。

　新田が映画サークルに在籍していたとき、そのサークルはどちらかというと撮って出しと呼ばれる編集方法がメインだった。撮って出しというのは、撮影した素材をつないで編集していく方法になる。新田はカメラワークを学びたくてそのサークルに入った。アニメーションをメインで勉強しているとカメラを触って生の素材を撮影する機会がなくなるからだ。

　だがサークルに実際入ってみると、編集が上手にできる人がいないというだけでCGをメインに映画を作りたがっている部員は多かった。そのため、新田が学科でアニメーションを学んでいると知った途端、サークル内のグラフィック班に半ば無理やりに勧誘された。捕縛されてしまうと、もう逃げるなど考えるだけ無駄となる。結局、彫刻やら絵画やらを普段学んでいる人間に囲まれながらサークル内でグラフィックを担当することになった。

　周りからの新田への信頼は厚かった。その為、常に精進せざるを得なかった。授業で学ぶこと以上のことを求められた結果、様々なことができるようになった。皮肉というべきか。若い頃の苦労は買ってでもしろというが、その時の経験が現在の新田を構成している。

　今でも専門外の仕事を突然振られたとしても、無難にこなせてしまう。

　そして、今回の新田にとっての専門外の仕事とは、勉強会と偽った合コンになる。

　結局あれから斉木は勉強会か合コンかはっきり返事が来なかった。勉強会を開催する流れで組んではいるけど、最終調整のメールを送ったら『既婚者はどれくらいいるのか教えてください』と牽制を打たれた。

　結局、斉木はエンタメを生業としている恋人が欲しかったのかもしれない。先日嬉野と通話で話した内容が思い起こされる。『姫は先輩のこと男と思ってないんじゃないんすかね』

「にっちゃん、今日の勉強会って何時からだっけ？」進藤から、声をかけられる。

「えっと、斉木さんが仕事終わってからがいいって話になったから、18時過ぎから。一応、今回は互いの分野を適当に持ち寄って興味のある人同士がコミュニケーションとっていく形になるから、軽食だけ用意しておけばいいはず」

　新田は手帳を開く。オフィスの近くのデリにいくつか予約を入れておいた。1時間前にお店を順繰り回っていけば参加者分の軽食は補充できる。

「本当こういうところ頼りになる…勉強会開催するって話になるたびに、にっちゃんがいてくれてよかったって思う…」

　技術面だけは他の追随をゆるさない進藤であっても、こういう細かいフォローをするとなったら全く役に立たない。今回は新田がホストで勉強会を開くから新田が会場設営するのは当たり前だとしても、進藤がホストで勉強会を開く時も新田の頑張りが必要になってくる。

「今回はメインテーブルを用意しておけばいいはずだし、スクリーンも用意しないで個人のPCで確認形式だし、難しいことはしてないから大丈夫だって」

　進藤の一番の美点は、天狗になってないところだと新田は考えている。よくありがちな傲慢さは全くない。自分ができないところは正直に認めて、周りの助けを素直に求める。できたふりをするのが一番たちが悪い。

「ただ、料理取りに行ってる間に、紙コップとかティッシュとかの用意だけはしとけよ」

「わかってるよ、流石にそこまで無能じゃないよ」

「あと、嫁に連絡はちゃんとした？帰りが遅いと俺が怒られるんだからな」

　新婚の頃、仕事が立て込んだ時期があった。シャワーと寝る為だけに家に帰る。そういう生活が続いた時、浮気を疑われて会社に乗り込まれた時があった。女性心理としては仕方のないことかもしれないけれど、流石にあの時は肝が冷えた。そこそこ女性との経験があった新田も、本気で切れた女性はフリーズしたパソコンよりも怖いということをその時に初めて知った。

「大丈夫だって！もう、最近は流石に仕事に口を挟んでくることはないし、なにより、子どもが生まれてからかまってくれなくなったし…」

　専業主婦にワンオペ育児をしてもらってる立場の男は弱い。ご機嫌取りの為に進藤は家事を覚えていった。最近だと勉強会の設営をするときは内部のことだと少しずつできるようになってきた。

「じゃあ、時間になったらまた声かけるから。それまで、明後日二次納期の仕事進めておけばいい？」

「それでよろしく。レンダリング終わったら声かけてね」

　斉木が合コンのつもりできたとしても、会場は新田の職場だ。

　むしろ向こうが恋人を作るつもりできているのだとしたら、こっちが仕事モードに切り替えていけばいい。嬉野だって言っていたじゃないか。利用されるだけ利用されてたまるか。