第97話:始動2

 アキレウスに案内された客間で、ウィンダイムとマリニアンの雨について話す。船の大砲が遠方まで持ち出せるかどうかは後々確認と付け加える。

「なるほど。炎を完封できるなら勝算はあるね。でも、それならフレイリッグの動きも変わるのではないかな」

「うん。物理中心の範囲攻撃になるんじゃないかって話してました」

「それもだけれど……。今のフレイリッグはヘイトコントロールできるのかな? そりゃスキル効果として多少は効くだろうけれど、常にタゲを固定するのは難しい可能性もあるよね」

 パラディンらしい心配だ。

「お手玉したらどうです?」

 アキレウスの発言にメロンが提案する。

 メロンの言う『お手玉』とは複数のパラディンがスキルを使用して、敵のターゲット交互に移動させるという意味合いだ。人数の多いGvGでこれをされると、なかなか鬱陶しいものだ。

 この世界の戦争でも、ブラックナイツのパラディンに同じようなことをされた。

「ふむ……。効果は見込めそうだね」

「じゃあ、ウィンダイムに手伝ってもらって、検証しておきますね。でも、ディレイや不測の事態を考えると俺とアキさんと……もう一人は欲しいかな?」

「高レベルのパラ……ねぇ」

 アキレウスが目を閉じて考える。

「ディミオスは?」

 マリンの提案に、アキレウスがあからさまに嫌そうな顔をする。そりゃ、戦争を仕掛けてきた相手のギルドマスターだ。俺もあまりいい気はしない。

「僕は彼が嫌いでね。向こうも僕のことは嫌いだと思うね」

「仲良くしなさいよ。まぁ、わたしも好きじゃないけど」

「……協力してくれるというのなら、僕も子どもではないから連携はするけれど、誘うなら君たちでよろしく頼むよ」

「居場所知ってるの?」

「少なくともカーリスにはいないということくらいしか。まぁ、討伐は結構現実的になってきたと思うし、何はともあれ協力はするよ」

 アキレウスがちらりとセーレを見る。セーレはのんびり杏仁豆腐を食べている。

「セーレ君は、何か意見はないのかな?」

「そうですね。スキル以外の方法でも、フレイリッグの動きや移動を制限、または防御できたらよいのではと思います」

「例えば?」

「罠でも作るか、いっそ地形を変えてしまうか」

「フレイリッグに効くような罠の類……か。何かしら用意してみるのは悪くはないと思うけれど、とりあえず地形を変えるのは無理なのではないかな? 予め棲家に工作するなんてできないだろう?」

「そんな工作はいりませんよ。製作でバリケードになりそうなものを作って現地で出せばいいだけです。それで、隙間から大砲なり銃なり使えばいいと思います」

「……なるほどね」

 大砲の話が出たところで、部屋の扉をノックする音がする。

「どうぞ」


 アキレウスの返事の後、部屋に入って来たのは馬車で移動していたモカたちだった。

「大砲どうだった?」

「とりあえずカーリスまでは持って来れたっすよ。今、ウィンちゃんに頼んで、もうちょっと遠いところまで運べるか試してもらってるっす」

「ありがとう。というわけで、大砲も期待できそうかな?」

「ふむ。使えるとなればイーリアスでもひとまず建造しておこうかな。討伐に参加できないプレイヤーからは製作支援を募るのもいいかもしれないね」

「そうですね。とりあえず人が欲しいですけど……」

「仲のいいギルドには僕も声はかけてみるけれど、その他の勢力となると……。各街の掲示板に掲載……だけでは弱いね」

 確かに、既存の交友範囲だけではカバーしきれないだろうし、掲示物を見ただけで応募するかと言われれば、二の足を踏みそうだ。

「チラシ作って、ウィンちゃん乗って撒いたらどうかなぁ? 協力してくれるっていう視覚的な宣伝にもなると思うし」

 シオンが言う。

「おっ。採用」

 マリンがパチンと指を鳴らす。

「じゃ、ひとまずそれに加えて、地道に宣伝で……。他に何か必要なことあるかな」

「ああ、そういえば……」

 セーレが口を開く。

「フレイリッグに行くまでの道も整えた方がいいですね」

「確かに……ロープで移動させるわけにも……ですねぇ」

 メロンが洞窟内の様子を思い出して頷く。

 以前は、隙間からロープを垂らして一人ずつ移動したので、大人数を移動させるとなると別の手段が必要だ。

「あとは……人数が集まったとして拠点がないかな。準備段階ならカーリス拠点でもいいけれど、ベレリヤはそれほど人数を収容できそうにないからね」

 アキレウスの心配は最もだ。ベレリヤはそこまで大きい街でもない。ベレリヤの宿では数百名のプレイヤーを収容できないし、野宿させるのも申し訳ない。当日カーリスから行けなくもない距離だが、移動で体力を使うのもよろしくない。

「仮設住宅でも作ったらどうかの。コルドでコテージのレシピ売ってるプレイヤーがおったよ」

「山の下の平原なら家は作り放題かと思われます」

 バルテルとクッキーの提案に、ひとまずそれで。となる。

 ある程度話がまとまったので、今日のところは一旦解散となった。

 やはり、人数がいると色々な意見が出るし、アキレウスはこの手の話は得意なようで頼りになる。さすが、大手ギルドのマスターといったところだ。


 城から去る時にセーレがミストラルの姿を見て話しかけに行く。

「ミストラルさん」

「は、はい」

「ディミオスの居場所をご存じないですか」

「いえ。解散前のギルドハウスはコルドで、個人ハウスは……確かカーリスだったと思いますが、どちらも移動しているのではと思います。元ブラックナイツのメンバーと一度話したことがありますが、行方知れずだそうです」

「そうですか。ありがとうございます」

「お役に立てずに申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。では」

「はい」

 すたすたと去って行くセーレの姿をミストラルがぼんやりと眺めている。

 やっぱこの人、セーレのこと好きなのかなぁ。と思いつつ、俺もセーレを追いかけて城から出る。



 ギルドハウスに戻って皆で夕食を食べていると、扉がドンドンと叩かれる。

 ずいぶんと乱暴で大きな音に警戒しつつも扉を開けると、ウィンダイムがいた。ウィンダイムは向かいの家の屋根の上に乗ってこちらを見下ろしていて、手には大砲を抱えている。歩道は狭くて下りられなかったらしい。

「おかえり。よく場所わかったね」

 ウィンダイムはキョロキョロとして、周囲に他のプレイヤーがいないことを確認してから口を開く。

「うん。一回教えてもらったから」

「大砲消えなかったんだな」

「そうそう。アダマンティアのところまで行ってみたけど消えなかったよ」

「ずいぶんと遠くまで……」

「お土産貰ってきたよ。はい」

「土産……?」

 ウィンダイムからトレードが来る。

「え」

 トレードには、製作の素材である様々な鉱石やインゴットが一万個ずつ並んでいる。

「この前ね~。アダマンティア、皆に渡すの忘れちゃったらしくて~。お詫びで色? ついてるって」

「えーっと、ちょっと待ってね。持ち切れないから、誰か来て」

 皆で順番に受け取ってはみたものの、結局持ち切れずにギルドハウスと倉庫を往復することとなった。とんでもない数で、クエスト報酬にしてはおかしい数だ。

 もしかしたら、渡すのを忘れたというのは嘘で、ウィンダイムが討伐に協力すると言ったからアダマンティアも協力することにしたのかもしれない。

「いやー。アダマンティアのことクソって言ったの謝るわ。イケメンドラゴンに訂正するわー」

 マリンの言葉にウィンダイムが誇らしげに胸を張る。

「アダマンティアはカッコイイからね! ちょっとうっかりしてるところはあるけど!」

「しかし、大砲どうするかな。家には入らないから……。ウィンちゃん、船の上に置いてきてくれる?」

「うん」

「あと、街中いると怖がる人がいると思うから……。とりあえずしばらくは船の近くで待機していてもらってもいいかな」

「はーい」

 音楽の効果なのかアダマンティアと会ったからなのか、ウィンダイムは聞き分けがいい。


 中断された食事を終えてからモカに話しかける。

「モカー」

「なんすか?」

「空から撒くチラシって作れる?」

「……絵が描けるからと言って、そういうデザインができるとは限らないっすよ!」

「そうなの?」

「そうっす。出場種目が違うっす」

「私やろうか~? DTP少しやったことあるし」

 DTPとは紙媒体のデザインに関わるものだったと思う。

「ありがとう。じゃあ、お願い」

 シオンが申し出たので、そちらに頼むことにする。シオンの職業についてしっかり聞いたことはないが、そういえば酔っぱらった時にWEBデザインやコーディングについて話していたような気はする。

「情報何いれる? 詳細は掲示板とかにして、あんまりごちゃごちゃしない方がいいと思うけど~」

「そうだね。討伐予定日と、フレイリッグ討伐参加者募集で、掲示板への誘導かな」

「はーい。あと、主催の情報くらいかなぁ……」

 シオンが紙に文字を書いていく。

「うーん、パソコンほしい……。そうだ、ちょっと定規買いに行ってくるね」

「オレも行きます」

 夜だからか、セーレがシオンに付いて行く。シオンは、もう護衛をする必要も感じられないほど強いが心配なのだろう。

 二人を見送って、俺もペンと紙を出して机に向かう。

「掲示板に貼りだす情報は……」

 そして、相談しようと思った相手がちょうど出て行ってしまったことに気付く。

「まぁ、草案くらい一人で作るか」

 俺が紙にペンを走らせているとモカとマリンが覗き込んでくる。

「見られているとやり辛いんだけど……」

「えーっ、気になるっす~」

「レオくん、漢字間違ってるー」

「どこ」

「そこ」

「あー。ほんとだ。会社だと全部PCだったから、あんまり手書きってなくて……。あっ、誰か字綺麗な人いる? まとまったら清書して欲しい」

 この世界では掲示物を作るにしても、手書きをするしかない。

「わたしは無理―」

「ボクもちょっと」

「クーさん綺麗じゃよね」

「では、承ります」

「ありがとうございます。明日、アキさんたちにも意見もらってから完成させたいな」

 討伐の日程、他の三竜の協力があること、作戦の詳細は未定の部分はあるが火の攻撃は完封できる可能性が高いということ、以前フレイリッグと話した内容、討伐参加者の募集要項、技術協力や製作支援者の募集……。

「意外と書くことが多い……。そして、PCが欲しい」


 皆に見守られながら内容をまとめていると、セーレとシオンが帰ってくる。

「セーレ、途中まで書いたのチェックして」

「はい」

 セーレが紙を受け取ってチェックしていく。

「こちらは記載しない方がいいですね。戦争の時のような話になってしまいます。この辺はもう少し簡潔に……で、順番はこっち先の方がいいかな。……うん、あとは、だいたいこんなものでは?」

 俺の書いた文章をセーレが手直ししていく。記載しない方がいいと言われたものは、フレイリッグが願いを叶えたからこの世界になったという話だ。

「ああ……。でも、書かないとなんか騙しているみたいで……悪いかなと」

「お人好しですね。また戦争したいのですか?」

「ないない。わかった。消しておくよ」

 戦争はこの世界で一番嫌な出来事だ。俺でなくとも、思い出したくないという人間がほとんどだろう。わざわざ思い出させるような内容は省いていいのかもしれない。なにより、そこでまた不和が生じても困る。

「……しかし、結構大規模なものになると思いますので、企画するにあたって、編成や製作の進行等ある程度担当者決めた方がいいと思いますけど……」

「あー……。確かに、一人でやったらパンクしそう」

「応募者まとめる人と、製作は船と洞窟の通路整備で別で……あと何がいるかな」

「他地域からの受け入れについてとか、他所との連絡係とか色々必要になってくるんじゃないかのう」

 バルテルが顎髭を撫でながら言う。

「うーん、オレはこういうの考えるの向いてないですね。バルさん一緒に考えてください」

「いや、言うてわしもわからんけど。まぁやるだけ」

 セーレが俺の向かいに座って、傍らにバルテルを呼び寄せて相談し始める。

「いやー、なんか会社っぽいね……」

 シオンが呟いて、俺の隣に座ってチラシのデザインを再開する。文字よりそちらが楽しいと思ったのか、モカとマリンはシオンの作業を眺め始める。

 クッキーが皆の前に飲み物とお菓子を置いていくので、作業を進めつつお茶をいただく。


 しばらくすると、バルテルが椅子の背に持たれてペンを投げる。

「人足りないね!」

「そうですね……」

 紙には、大まかなスケジュールと、これから必要になるであろう担当や作業がびっしりと書かれていた。

 討伐希望者の受付、編成、兵器開発の進行管理、拠点製作進行管理、フレイリッグの洞窟内の舗装、広報、全体の進捗管理者、各種相談窓口……。途中まで見たところで、すでにキャパオーバーに見える。

 役割は兼任できるものもあるだろうが、少なくとも各街へ宣伝に行って、さらにベレリヤ周辺とターハイズで船の建造の進捗確認も必要になるものもあるので難しい。討伐予定日を変えればだらだらと行けそうでもあるが、引き延ばしはよくないだろう。

「他に協力頼めそうな人探した方がいいんじゃないかのぅ……」

「そうだなぁ……。でも、そもそも人集まるかな……」

 討伐を決行するには、ゲームの時に討伐した人数の倍程度の400人は欲しい。さらにレベル90以上という制限もつく。

 炎を気にしなくていいと言っても、他のプレイヤーが討伐に協力してくれるかどうかは大いに疑問だ。

 好き好んで痛い思いはしたくないだろうから、帰りたい気持ちがあっても大半のプレイヤーは人任せにしてしまうのではないかと思う。


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