第76話:鍛冶の街グバル
航海は何事もなく賑やかに過ぎていき、最寄りの街の港に船を止めて降りる。
鍛冶の街グバル。
直線的な石造りの建物が多い街は、工房が立ち並び、あちこちから煙が上がっていて独特な臭いが漂っている。
グバルの背後には、鉱山地帯の山脈が広がっている。
それなりにプレイヤーの人数が多くみられるのは、製作の環境が整っているからギルドハウスや個人の家で人気だからだろう。
「バル爺、家ここだったよねー?」
「そうじゃよ。泊まっていく?」
「そうしよー。探索は明日!」
「ほいほい。布団買わないと足りないから途中で買っていくね」
布団を買うついでにアダマンティア関連のクエストがないかと調べたが、それは見つからなかったので、明日また目的地周辺で探すことにして、バルテルの家に入る。
「わー」
バルテルの家は中に入ると畳が敷かれた和室が広がっている。部屋の奥の床の間には刀が飾られて、その後ろには一刀両断と書かれた掛け軸がかかっている。
「武家屋敷みたいっすね。あっ、靴脱ご」
「バル爺、殿様似合いそう~」
「ほっほっほっ。机出すね」
畳の上に座敷机が二つと座布団が置かれ、適当に分かれて座る。
「和室って落ち着くなぁ~」
シオンが部屋着のパーカーに着替えたので、皆もそれぞれの部屋着に着替えていく。
「寝る前に枕投げとかしたいっすね」
「オレもやってみたいです」
「やっぱやめにするっす。セーレさん参加したら死人が出るっす」
「アクセ外しますよ」
「ダメっすー。パッシブだけでも死ぬっすー」
「さすがに死にませんよ」
「はいはい、お二人ともその辺で。ご飯にいたしましょう」
モカとセーレが喧嘩を始めそうなところに、クッキーが割って入る。
釣った魚をクッキーが調理して机に並べ始める。刺身や焼き魚中心の和食の料理だ。
「やったぁ。いただきまーす」
シオンが嬉しそうに箸を持つ。
「お酒も欲しいな~」
シオンがちらっと皆を見る。
「飲もう飲もう。わしも今日は焼酎にしようかな」
「じゃあ、俺は……熱燗で」
クッキーを除いて、皆それぞれ適当に酒を用意し始める。
「かんぱーい」
普段と違う環境で食べる飯というのはなかなかよいものである。
船に乗ったこともあり、新鮮な話題もあって会話に花が咲く。
そして、酔っ払いが次々に出来上がってくる。
「マリンちゃーん、あれでしゅよぉ。あれ……」
「あーこれぇ? わはははは」
マリンとシオンがよくわからない会話をしていて、モカは俺の髪にリボンをつけて遊んでいるが、短い髪なのでつけたリボンはほとんど床に落ちてしまっている。バルテルは飲んでいてもいつも通りで、飲んでいないクッキーと話をしている。
「セーレ、これ飲む?」
「なんですか?」
「マティーニ」
「いただこうかな」
セーレが酒を一口飲んでから俺を見る。
「もしかして、オレのこと酔わせようとしています?」
「皆、こんな状態だしお前も楽しんだらどうかなーって」
「いけない人ですね。でも、これくらいじゃ酔わないですよ」
そう言って、セーレは手元のカクテルを一気に飲み干すと、新しいグラスを二つ置いて片方を俺に渡してくる。
「これは何?」
「ここの街で売っていたゲームオリジナルの酒です。グバル・スピリッツって名前でした」
「ふーん」
顔に近づけると濃いアルコールの匂いがし、一口飲むと喉に焼けつくような刺激があってむせる。
「うーん、俺はこれ微妙」
セーレも口をつけてから、グラスを眺める。
「んー……。火つけると燃えるって書いてあったので、興味を惹かれましたが……。そうですね、オレもそんなにですね。他の物にしましょう」
今度はセーレがトレードで酒を渡してくる。
名前を見ると威土帝と書かれている。アダマンティアを表す名前だ。
机の上に出すと琥珀色のウィスキーが出てくる。
飲むとほんのり穀物の味がして、後味はすっきりしていて飲みやすい。
「これはありだなー。これも売ってたの?」
「はい」
「モカも飲む?」
横にいたモカにグラスを渡すと、一口飲んでからグラスを返される。
「もっと甘いのがいいっすぅ」
モカは文句を言うと、俺の膝を枕にして寝始める。
「こらー。そこで寝るな」
「セーレしゃん、私もそれ飲んでみたい~」
酒に目を付けたシオンがセーレにもたれかかる。シオンと一緒に話をしていたマリンは力尽きたのか畳の上で座布団を枕にして転がっている。
「シオンさんはダメです」
「えーっ」
シオンが抗議するように、少し尖ったセーレの耳をひっぱる。
「やめてください」
「じゃーこっちー」
シオンがセーレの耳を引っ張っていた指を移動させて、首をこちょこちょとする。
「ひゃっ!?」
セーレがシオンの手を振り払って、シオンから距離を取って首を抑える。
「可愛い声でましたねぇ……うへへ」
シオンが両手の指を広げてセーレに近づく。
「ダメなおっさんみたいな言動やめてください!」
手を伸ばしてセーレに触ろうとするシオンの両腕を、セーレが掴んで止めている。
俺は心の中でシオンを応援しながら、二人の様子を見守る。
「セーレしゃん、おとなしくしなさーい」
「いや、それはあなたの方でしょう!?」
「んー。らんどぐりーず、らーずぐりーず」
「はっ!?」
セーレにデバフのエフェクトがかかって、シオンに押し倒される。
「ちょ、ちょっと……! なんでパーティーメンバーにかかるんです……うわっ、やっ」
「シオンさんすげーな……」
「そーれ」
デバフがかかって力が出せないでいるセーレの首を、シオンがこちょこちょとしはじめる。
「やっ、やだ。やめてくださ……! レオさ、ヘルプ……!」
「んー。酔いが回って動けないなー。モカに枕にされてるしー」
セーレからヘルプ要請とは珍しいことであるが、こんなに面白い光景を止めることなどできない。
「白々しいですよ……! ハルトさん!」
セーレの発言に、俺は飲みかけていた酒を吹き出す。
「お前な」
「あれ、もしかしてハルトが本名?」
バルテルが俺を見る。
「わーっ、違いまーす!」
「ふーん。レオンハルト……。ハルトくんね。わしはカツヒサ。よろしく」
「おやおや……。わたくしはシゲルと申します。草木が茂るのシゲルでございます」
「セーレのばかー」
俺は語彙力の欠片もない言葉でセーレを罵って、手で顔を覆って俯く。
しばらくそうしてセーレの悲鳴を聞いていると、部屋が静かになって顔を上げる。
デバフがきれたのか、セーレがシオンを取り押さえておとなしくさせている。セーレの顔は真っ赤で、髪は乱れて肩で息をしている。
「もうシオンさんとは酒飲みません」
「そのセリフ聞いたの何回目かわからないぞ」
シオンはセーレとの格闘で力尽きたらしく寝息を立て始める。セーレはシオンを少し横に移動させてから飲みかけだった酒に口をつける。
「もー、アクセ外しておくんじゃなかった……」
「なんで外してたの」
「……ま、枕投げの話題の時に……」
「そんなにしたかったの……ぷっ、あはははははっ」
「笑うな、この野郎」
「セーレ様、言葉遣いが悪うございますよ」
「何、そこの毛玉はオレに文句あるの?」
セーレがクッキーを睨むと、クッキーはバルテルの後ろにぎゅんっと隠れる。
「いやー、わははははは。お前も可愛いとこあるよなー。……わぶっ!?」
なおも笑う俺の顔面に、座布団が飛んできて衝撃で後ろに倒れる。
「それ以上笑ったら息の根止めて差し上げますよ」
「ご、ごめん」
顔面に飛んできた座布団をはぎ取り起き上がって、セーレの様子を見る。少しむくれた表情で、また酒を飲んでいる。
「クッキーさん、何かデザートください」
「は、はい。レオ様もお召し上がりになりますか?」
「じゃあ、もらおうかな」
クッキーが黒蜜と黄な粉のかかったバニラアイスを置く。ゲーム内で見たことがないものなのでクッキーの自作だろう。その横に温かい緑茶も追加される。
「ありがとうございます」
「クーさん、わしもほしー」
「はいはい」
あっさりとしたアイスの味に濃厚な甘さの黒蜜と黄な粉が絡んで美味い。
「美味いなこれ」
デザートでセーレも機嫌を直したのか、表情がいつも通りに戻っている。セーレはデザートを食べて緑茶を飲み終わると、畳の上にごろりと転がる。
「そこで寝たら風邪ひくぞ~」
「寝ませんよ。それに風邪ひくわけないでしょう」
などと言っていたが、少しするとセーレは寝てしまったらしく反応がなくなる。
「バルテルさん、布団用意できる?」
「はいよ。ここの部屋に出しちゃうね」
目の前の机が消えて、空いているスペースに布団が出てくるので、その辺に転がっているメンバーを手分けして運ぶ。
「女性陣はもうちょっと警戒心持ってほしいよな」
「レオくん人畜無害そうじゃし」
「うーん、反応に困る評価です」
「まぁ、いつもはセーレくんが最後まで面倒見てくれてるからね」
「そうだなぁ」
「ほっほっ」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ~」
「おやすみなさいませ」
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