第66話:海戦2
昼食を取ってから船着き場に行くと、船に乗り込むところでバルテルが、討伐メンバーの名前をチェックしながら案内をしている。
「レオくんたちは甲板待機ね。少し寒いけど我慢してね」
「天気いいし平気平気」
「じゃっ、また後での」
途中で伝声菅のテストをしているプレイヤーを見ながら、セーレとタケミカヅチがいる場所に向かう。
「いいですか、タケさん。クラーケン出てきても飛び移って殴りにいったりしないでくださいね」
「うわ、セーレがまともなこと言ってる」
「レオさん、文句があるのなら海に沈めますよ」
「滅相もない」
「おまたせー」
シオンが走ってきて、その後ろから犬まっしぐらが歩いてくる。シオンはセーレの前に来ると、セーレを見上げる。
「提督~。ちゃんとご飯食べました?」
「はい。昼食はいただきましたよ」
「えへへ~。じゃあ大丈夫~」
船の上を見渡すと参加者は、ほぼ乗り込んでいるようだ。見張り台の上にはミストラルの姿が見える。
「うわー。あそこ乗るの怖そうっすね」
モカもミストラルを見上げて言う。
「見張り台は、意外と人気だったようですよ」
「へぇ~……」
「上からなら弓撃ちやすいのかもねぇ」
シオンも上を見上げる。
見張りしながら撃てるのかという問題はあれど、弓職が遮蔽物の少ない高いところから撃ちたい気持ちはわからないでもない。
しばらく甲板で待機しているとバルテルがとことこと走ってくる。
「セーレくん」
「バルさん、乗船確認ありがとうございます」
「ほいさ。全員乗って出航準備おっけー」
「では、予定通り十三時出発で」
海に出てからしばらくは遭遇しないだろうから気楽に。と言われたものの、やはりそわそわしてしまうし、モカは目の前をウロウロと歩き回っている。
「クラーケンはタコっすかねぇ。イカっすかねぇ」
「俺が前やったゲームだとタコだったなぁ」
「私が見たアニメだとイカだったなぁ」
「食えるっすかね……」
「魔物は毒あるかもしれないし、やめたほうがいいんじゃないかな……」
水平線を眺めるが、空も海も平和な青だ。時折、カモメが上空で鳴いている。
それから一時間ほど何事もなく進んでから、そろそろ警戒態勢と指示が出る。
マップでみるとクラーケンの出現エリアが近づいている。
「うおー……お腹が……」
「痛くなってきた?」
クラーケンに一泡吹かせてやりたいと言っていたわりには、モカの様子はある意味いつも通りだ。
俺たちのパーティーの初期配置は船首に近いところなので、進行方向がよく見える。今のところ海に変わった様子はない。
「く、来るなら早く~」
モカが唸っている。
しばらく何事もなく進んでいると上からミストラルの声がする。
「右舷前方、渦潮発生!」
言われた方向を確認すると、確かに海の様子が少し変わってきている。
「速度このまま。大砲用意!」
俺は渦潮に近い方向へと走って行って構える。
渦潮はだんだん大きくなっていき、やがて中心から青い生き物の一部が見えてくる。
「砲撃開始!」
セーレの指示が下に伝えられて大砲が一斉に発射され、クラーケンに向かって飛んでいく。いくつか命中したように見えたが怯んだ様子はない。何かを探るような動きで、長い触手が数本海上に出てくる。そして、それに向かって大砲がまた飛んでいく。
「こっからじゃHP見えねぇなぁ……」
俺の横に来たタケミカヅチが、やや暇そうにクラーケンを眺めている。
しばらくするとクラーケンは海中にゆっくりと戻っていき姿が見えなくなる。
「クラーケン海中から船に接近中です!」
影でも見えるのかミストラルから報告が上がる。
「各自、何かにつかまっておいてください!」
俺は目の前の手すりにつかまって、来るかもしれない衝撃に備える。
それから数秒の後、船がぐらぐらと動いてあちこちから悲鳴が上がる。転覆するほどでもないが結構な衝撃だ。
ぐらぐらと揺られ続けていると目の前に触手が数本這いあがってくるので、それにスキルを入れる。
「総員攻撃開始! 遠距離は本体見えたら本体優先! 大砲も当たりそうなら続けて!」
そう言いながら、セーレが手近な触手を斬りつけていくが、多少傷がつく程度で、セーレの火力でもあまり手応えはなさそうだ。触手は大きく動き回って狙いは定め辛いし、相変わらず船は揺れて歩くことはままならない。それでも、セーレとタケミカヅチはガンガン攻撃をしている。
俺は構えていたものの、クラーケンは船を揺さぶるばかりで今のところプレイヤーに攻撃する気はあまりないようだ。
セーレとタケミカヅチの的になっていた触手にだんだんと傷が増えてきて、さらに攻撃を加えると触手はそろそろと海中に引っ込んでいく。
「一時攻撃停止! 海から離れて待機」
触手が一本引っ込んだことによって、何事かあるかもしれないし、何事もないかもしれない。そんな感じでしばらく様子見しているとザパァと水飛沫とともにクラーケンが姿を現して船に乗り上げてくる。
ぎょろりとした大きな目を持つそれは青いイカの化け物だ。
船は沈むことはないが衝撃でぐらぐらと揺れている。
「レオさん、そちらの方に誘導して」
「うわっとと、おっけー」
ふらつきながらも船首に近い方に移動していくとクラーケンが甲板の広い部分へと移動してくる。
「攻撃再開! 大砲A班B班は待機! C班D班は甲板へ!」
セーレの指示を伝令が船の中に伝えているのが聞こえてくる。
クラーケンは触手をうねうねとさせながら俺に攻撃を仕掛けてくる。盾を構えたが太い触手の怪力によって俺は後方へと吹き飛ばされる。
「いってぇ」
すかさずモカからヒールが飛んできて、再び前に出て盾を構える。
クラーケンの一撃は重いが、攻撃頻度は低いようで、ガードできていればなんとかなりそうだ。俺に攻撃してくるのは前の方にある触手だけで、他の触手は身体を支えるためなのかそれほど動いてはいない。
クラーケンの上部にあるHPを見ると、減りは遅くまだ一割減っているかどうかといったところだ。セーレの見立て通り大人数用のレイドで間違いないだろう。
まぁ、竜と比べれば大したことはない。そう自分に言い聞かせてクラーケンの動きに集中する。
しばらく攻撃を防いでいるとクラーケンの動きが止まり、クラーケンの両目がギョロギョロと動く。
「離れて!」
セーレの言葉が終わった直後に、クラーケンからぶわっと黒い煙、いや液体が出てきて俺はそれを全身に浴びてしまう。
思わず目を閉じたが、再度目を開いても真っ暗で何も見えない。それでも、盾は構えたが攻撃が横から飛んできて床に叩きつけられる。
衝撃に一瞬息が止まる。
周囲には悲鳴が溢れていてどうなっているかわからない。皆、口々に見えないだとか真っ暗だとか言っている。
「状態異常。回復して!」
セーレの声が聞こえた後、視界がクリアになる。
クラーケンの周囲には何人かのプレイヤーが倒れている。死んではいないようだがHPが半分以下になっているプレイヤーもいる。
まだ状態異常が回復されていないプレイヤーもいて、目をこすったりバランスを崩して倒れたりしている。それに向かってクラーケンが触手を振り回している。
「おい、イカ野郎。こっちだ!」
スキルを使うがクラーケンはその場から動かずに触手を振り回し続けている。
「動けなくなってる人は、動ける人で移動させてください!」
そう言いながらセーレが近くのプレイヤーを抱えて後方に移動させているので、俺も危険な位置にいるプレイヤーを抱えて移動させる。
「すみません解除できないです。スキルレベル足りないかも!」
どこかのパーティーのヒーラーが叫んでいる。
「解除可能なヒーラー対応してください。状態異常解けてない人は申告! 立て直し終わるまでは攻撃控えて!」
皆がクラーケンから距離と取りつつ、慌ただしく立て直しがされていき、あらかた動ける状態になったところで攻撃再開の指示がある。しかし、クラーケンは相変わらず触手を振り回していて、セーレとタケミカヅチ以外の近接職は迂闊に近寄れない。
「近接、無理せず離れて」
俺もクラーケンに近づいてもダメージを負うだけのような気がして、しばらく距離をとっておく。
近寄れないのはもどかしいが遠距離職にとっては、触手で攻撃が弾かれることはあるもののただの的だ。だんだんとHPが削れていって、またクラーケンの目玉がギョロっと動く。
「注意!」
皆が、さっと離れるとクラーケンは攻撃せずに大きく飛び上がって海へと消えて行く。
「なんだ、逃げたのか?」
タケミカヅチが海を覗き込む。
「タケさん、不用意に近づかない!」
「おっと、すまえねぇ」
タケミカヅチが身を引いた瞬間に、長い触手が海面から直前までタケミカヅチのいた位置を薙いでいく。
「ヒューッ。危なかったぜ」
タケミカヅチは口ではそう言いつつも、あまり緊張感はない。
「セーレ、次どうすんだ……。あれ?」
タケミカヅチが話しかけたが、セーレの姿はいつの間にか消えている。
「上行ったっすよ」
見上げればセーレは見張り台に登って、ミストラルの横でクラーケンの動向を探っているようだ。ミストラルが海の方角を指さして指を左右に振って、セーレと二言、三言会話をするとセーレが見張り台から飛び降りてくる。
普通、飛び降りる高さではないと思うのだが、落下ダメージを受けている気配もないので口をつぐむ。
「クラーケンは水中をランダムに移動中。甲板にいる砲撃班戻って、クラーケンが見えたら攻撃。甲板にいる人は海に近づかないこと」
ドンドンと砲撃の音が鳴り始める。
時折甲板に現れる触手には矢と魔法が降り注ぐ。
「俺も攻撃してぇなぁ……」
「弓貸しましょうか?」
「ちげーよ、殴りてぇんだよ」
「ボクは仕事ない方がいいっすけどねぇ……」
セーレとタケミカヅチのやりとりを見ながらモカが言う。
「俺は仕事ないと不要みたいで悲しいかな」
「私も~」
そんなリクエストに応えてか、海中から水の音とともに何かが飛来してくる。
それは大きな蟹だった。立ち上がれば俺の身長くらいはあるかもしれない。甲板に数匹現れて、近くにいたプレイヤーを襲い始めるので、慌ててスキルで引き寄せる。
蟹は全部で五匹いたようだ。集中攻撃をされるとさすがに痛いので、無敵を入れて対応するが蟹のHPは多く、すぐに数は減らなさそうだ。かと言って、甲板はそれほど広くもないので走り回っている間に倒してもらうということはできそうにもない。他の緊急回避スキルもここで使ってしまうかどうか悩むところである。
「蟹の処理終わるまで、レオンハルトに他PTのヒーラーもヒールお願い。アタッカーはタゲ合わせて」
悩んでいる間に、セーレが指示を出してくれたのでスキルは使わないことにした。まぁ、ガトリング砲と比べれば大抵の攻撃は霞む。とは言え……。
うおおお、いてぇえええ!
と、心の中で叫ばずにはいられない。
しかし、声に出したらきっとモカが焦るだろう。
叫びは心の中だけに留めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます