第60話:火竜の住まう山3
フレイリッグは眠っているのか、地面の上で身体を丸めている。
ゲームでも大きいとは思ったが、今見るとさらに大きく存在感がある。自分など、フレイリッグの足の指くらいの大きさではないだろうか。
攻撃を防げる気がまるでしない。
遠く離れているが、フレイリッグから熱気が漂ってくる。標高が高く寒い山で、本来なら有難いはずのその熱気が恐ろしい。
フレイリッグの首が微かに動いたのを見て、三人ともそっと足場から降りて岩陰に隠れる。
「この状況で我の棲家に入り込むとは、酔狂な人間もおったものよ」
低く重い声が空気を振動させながら響き渡る。声の主は確認するまでもなくフレイリッグだ。
フレイリッグは目を閉じていたように見えたが、あっさり気づかれたらしい。
そして、あれ? と思う。
フレイリッグは喋らないはずだ。
恐ろしさはあったものの立ち上がって再度岩に登ると、フレイリッグは、身体を起こしてこちらを見ている。俺の様子を見てセーレも岩に登ってきて、メロンは岩の隙間からこっそり覗く。
「今の状況を作ったのは……お前が俺たちの願いを叶えたからなのか?」
恐る恐るフレイリッグに話しかけると返事が返ってくる。
「ああ、そうだとも」
「じゃあ……お前を再び倒せば、また願いを叶えてくれるのか?」
俺の言葉を聞いたフレイリッグは、地鳴りのような音と熱風を吐き出して笑いだす。
「はっはっはっはっ! ああ、願いは叶えてやるとも。しかし、我を再び倒す? 愚かなり」
フレイリッグの足元に赤い魔法陣が浮かびあがる。
やばい。
他の二人に覆いかぶさるように岩から降りて、無敵のスキルを叫ぶ。
「イージス!」
次の瞬間には、耳元で轟々と音が鳴り視界が炎で真っ赤に染まる。
炎が去ると、二人への攻撃までは完全に防ぐことはできなかったのか、二人のHPが少し減っていてメロンがヒールを使う。
「ふん、咄嗟のことにしては悪くない動きだが……」
無敵が切れると、今度は俺たちの足元に赤いマークが浮かぶ。
この攻撃がなんなのか俺たちは知っている。
三人とも立ち上がって、その赤いマークの範囲から逃れる。
「逃げ……」
「愚かな考えは捨てることだ」
坂の下に向かおうとするが、前も後ろも辺り一面に次々と赤いマークが浮かんで、隙間なく重なっていく。
空を見上げると、まるで世界の終末のように、空に炎が渦巻く異様な光景が広がっている。
バフがある状態でも即死級の攻撃だ。
なんとかしなければ、なんとかしなければ。
しかし、できることなど何もない。
着弾地点を示す赤いマークは視界全体を埋め尽くして、地面は真っ赤に染まっている。
せいぜいできることと言えば、死ぬまで数を数えるくらいだ。
まだ攻撃が来ていないというのに上空からの熱気で、すでに蒸し焼きにされそうだ。熱による汗と冷や汗が交じり合って額から頬へと落ちていく。
やがて空から真っ赤な隕石のような火球が大量に降り注いでくる。
その様子を、俺は絶望してその場から動くことができずに、メロンは恐怖に目を閉じてセーレに抱き着き、セーレは緩慢な動作でメロンを抱きしめながら呆然とした表情で、真っ赤に染まった空を見上げながら炎に焼かれた。
熱い、痛い、苦しい。
身体中の水分が蒸発したのではないかという熱に焼かれ、その上からさらに炎を浴びせられ、攻撃による凄まじい轟音とともに地面に倒れる。
そして、ふっと何も感じなくなる。
視界から彩度が消えて、世界が灰色になっている。山も、炎も、空も、全部が灰色だ。
金縛りのように身体は重く動かず、声も発することができない。何も聞こえない。
ああ、つまり、死んだのか。
きっと二人も……。
俺が誘ってしまったばっかりに。
しかし、何の準備もしていなかったとはいえ、こうもあっさりやられるなんて。戦争でさえ死ななかったのに。
しかも、フレイリッグは意思を持った動きで攻撃をしてきた。それはつまり既存の動きを前提に討伐の進行ができないことを意味する。
いや、既存の動きだったとしても、あの攻撃を受けても折れずに戦いを継続できるような人間を、相当数集めるなど到底無理な話だ。
絶望の内に灰色の世界を見上げながら、あれに立ち向かおうなどという意思は俺の中から消えていった。
どれくらい灰色の世界を見上げていたか。
ふっと視界に色が戻ると、ベレリヤの街に立っていた。
そして、そのまま崩れ落ちて膝をつく。
一瞬遅れて、セーレとメロンも目の前に現れて、倒れそうになったメロンをセーレが抱きとめる。
「ごめん……俺のせいで」
「いえ、オレは元から一発殴りに行こうかと思っていたので大丈夫です」
「わ、私も死ぬ可能性は想定していたので気にしないでください」
セーレに支えられていたメロンが自分の足でしっかり立って答える。
「でも……」
死ぬ間際に見た二人の表情は……。
「ひとまず、宿に戻りますか」
セーレが俺に手を差し伸べてくる。
「……ああ」
宿に戻ると、俺はぼんやりと外を見る。何かをしようなんていう気力はない。
生き返ったのに、世界は色あせて見える。
「少し散歩してきますね」
「あ、私も……一緒にいいですか?」
「どうぞ」
俺に気を使ってか二人は部屋を出て行く。
ため息をついて、布団の上に転がる。
見上げた木目の天井は実家にあったものと似ている。もう、あの家を訪れることはないだろう。
ガトリング砲に耐えて、戦争に勝って、皆に称えられて、もしかしたらその調子でフレイリッグにも立ち向かえるかもしれない、などという淡い期待は見事に打ち砕かれた。
格が違いすぎた。
ガトリング砲には勝てても天災級の化け物には勝てない。
しかも、それに俺一人だけが耐えればいい話ではない。
皆が、覚悟を持って臨まなければならないのだ。
正常なゲームの時の討伐で、150名でぎりぎりだった。今のフレイリッグ相手に、その人数で足りるとは思えない。
以前、話したアンネリーゼの言葉が思い出される。
『今の状態でフレイリッグ討伐とか誰もやりたがらないと思うけど、ね……。あたしも、ごめんやわ』
全くその通りだということを、改めて認識させられた。
討伐は、やはり無理だ。
◇◇◇
「レオさま大丈夫ですかねぇ……」
メロンがセーレと街の中を歩きながら言う。
「あの人、案外タフだからそのうち立ち直るんじゃないですか」
「セレさまにそう言われるのって、相当ですね。でもまぁ、そうかもしれませんね。ガトリングの時のレオさま、やばかったです」
「ガトリング……か」
「どうかしました?」
ため息をついて立ち止まったセーレの顔をメロンが見上げる。
「……前に闘技場のトーナメントで、オレ倒したかったらガトリングでも持って来いって挑発しちゃったから……。オレのせいだったら嫌だなって」
「なるほど。でも、めちゃくちゃ弾ありましたし、結構時間かかってると思います。前から作ってたんじゃないですかねぇ……。イーリアスで大砲作るのも結構時間かかってたから……」
「だったらいい……とも言えないですけど……」
「あはは……。まぁ、なんとかなりましたし、気にせずいきましょー」
「……はい」
「あっ、甘味処です。セレさま」
暖簾のかかった木造の店を指して、メロンが表情を明るくする。それにセーレも微笑みを返す。
「食べるならお付き合いしますよ」
◇◇◇
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