第56話:雪血華4

「盾の人、この辺に並んでください。ファランクスのスキルの使用タイミングはオレが指示します。レオさん、個人スキル使う前はファラ切れる少し前に入れてください」

「了解」

「ヒーラーの皆様。二人一組になって交代でヒールお願いします。MP半分になったら交代で。ヒーラーは私が取りまとめますので、ヒーラーの報告は私に上げてください。ヒーラーでパーティー移動できる方はこちらへ」

「私、他に動ける盾かヒーラーの人いないか探してくるね!」

「俺も行こう。嬢ちゃん、東側行ってくれ。俺は西側行く!」

 シオンとタケミカヅチが走って行くのを見送って、ちょうど外からも内からも射線が通るところに盾を構えて立つ。

「セーレ。最初に俺がファラ使って、その次にイージス入れるから後の指示お願い」

「死んだら許しませんよ」

「ああ」

 俺の返事を聞くと、セーレは他のパラディンと打ち合わせを始める。

「声、聞こえない可能性あるので手で指示しますね。スキルウィンドウも念のため出しておいてください。合図はこれで」

「消耗品足りなくなったら言ってください」

「応援呼んできました」

 誰かが声をかけている。

 緊張で、だんだんと皆の声が遠ざかっていく気がする。

 ガトリング砲の有効射程範囲は定かではない。ガトリング砲の砲身や射手が動き出す瞬間を逃がすまいと瞬きせずに凝視する。

 肉声では間に合わないかもしれないのでスキルウィンドウを出して、ファランクスのところに指を添える。

 脈打つ己の心臓の音が聞こえるようだ。

 世界がやけにスローモーションに見える。

 ガトリング砲を乗せていた台車の動きが止まり、そして――。


 俺がファランクスのスキルを押した直後に、眩い火花を散らしながら弾丸の嵐が向かってくる。

 すさまじい衝撃は積もった雪ごと大地を抉り、雪と土を吹き飛ばしていく。弾丸が当たった城門の壁は抉れて石の礫が飛散する。そして、その激しい弾丸の嵐はファランクスの上から俺の身体を削っていく。盾が削れて鎧にもひびが入り、弾丸のいくつかは身体にめり込む。

 敵のガトリング砲の後ろからは弓矢と魔法も飛んできて俺の身体に降り注ぐが、それをカバーできるだけのヒールが味方から飛んでくる。

 ガトリング砲の音と、銃弾が鎧に着弾する音で、何も聞こえなくなる。声を発してもかき消される。痛みに悲鳴を上げても、誰にも届くことがないであろうことだけが幸いだ。

 土や破壊された石の臭いに、俺の血の臭いと硝煙の臭いが混じる。

 ファランクスが消える少し前に、開いたままになっているスキルウィンドウのイージスを押す。

 無敵が発動して途端に身体は楽になるが、まだ全身焼き付いているようで耳鳴りがひどい。

 ひとまずファランクスのみでも耐えきることができたから、この作戦の続行が不可能ではないことがわかった。

 そして、イージスが切れる直前に、他のパラディンからのファランクスが入る。


 どれくらい自分のHPが削られているかなんてわからない。ただ、死んでいない。それだけだ。時折、足へのダメージで体勢を崩しそうになるが、なんとか踏みとどまる。

 ガトリング砲の残弾を確認しようにも、攻撃が飛んでくる上に、硝煙や土埃が舞って視界はよくない。

 何回目かのファランクスがかけられて自分のファランクスも再度利用できるようになる。

 ファランクスのデフォルトのディレイは10分。セーレに渡されたマントで短縮されているだろうが、短縮時間の詳細は聞いていないので不明だ。きっと15%かそこらだろう。

 少なくともローテーションは可能だということが判明したので、あとは、ひたすら耐えるしかない。

 ヒーラーはどうなっているかわからないが、ヒールが止む気配はない。

 時折モカが泣きながらヒールをしている声が聞こえるような気がする。

 もう身体が麻痺してしまったのか、痛みは感じなくなっている。ただ、燃えるように熱い。

 ひたすら倒れないように体勢を維持し続ける。前にも後ろにも一歩も動くことはできずに、弾切れを待つしかない。


 スキルを押す前に腕や指が飛ばなければいいな。

 城壁が崩れて落ちてこなければいいな。

 後ろに流れ弾がいかなければいいな。

 もう、考えることはそんなところだ。


 稀に煙が晴れることがあるので、眼前に構えた盾を少しずらして一瞬向こう側を見る。

 ガトリング砲も敵パラディンも、その後ろの後衛も健在だ。

 表情までは見えないが、時折敵が顔を見合わせたりしている場面が増えてきた。

 焦っているのかもしれない。

 ガトリングを動かして突入しようとするような動きも見えたが、やめたようだ。城門付近に来れば城内メンバーによる範囲攻撃の集中砲火を浴びることを想定してだろう。

 向こうはこれが最終兵器で最大火力のはずだから、もうここは根競べだ。

 頭は不思議なくらいに冴えている。

 まぁ、冴えているからと言って、これ以上何ができるわけでもなく、ただそこに立っているくらいしかできないのだが。

 セーレならスキルの指示をミスすることはないだろう。

 二回目のファランクスを押してもヒールが止むことはないので、ヒーラーのMPもきっと大丈夫だろう。

 俺が矢面に立ってはいるが、ミスができないのはどちらかというと後ろの皆の方で、あとは皆の集中力次第だ。

 城壁の上からガトリングに向けての攻撃も続いていて、もしかしたらそちらがどうにかしてくれる可能性もある。


 ファランクスが何度かけられたかは、もうわからない。一体何発の弾を受けたのかもわからない。何千、何万、あるいはもっとか。


 ただ、そこに在り続けていると、やがてその時は訪れる。


 四度目のイージスを押したしばらく後に、砂埃が晴れていき視界が開けていく。


 弾切れだ。


 そう思った瞬間、俺の背後から疾風のようにセーレが敵陣に飛び込んでいく。赤いオーラを纏ったセーレは、敵の攻撃を受けてもまるで怯む様子がなく、鬼神の如き猛攻であっというまに敵パラディンを殲滅していく。

 敵パラディンの妨害が消えたことで、ガトリング砲の後ろにいた敵の遠距離職たちには、城壁の上から矢と魔法が降り注いで、ものの数秒で鎮圧される。

 セーレから少し遅れて他の城内メンバーも外へと駆けて行って、周囲の掃討を始める。


 ああ、俺は耐えきったのだ。


 そう思ったら、途端に力が抜けて、その場に膝をつく。

 モカが駆け寄ってきて、俺に抱き着いて何事かを言っているが、まだ耳鳴りがしていて声が聞こえない。

 いつの間にか空にあった雲は少なくなって、東の空は明るくなってきている。

 眩い朝日に照らされながら、最後に残ったブラックナイツのパラディンとセーレが一騎打ちをしている。

 恐らくディミオスだろう。セーレと同じ銀髪のヴァンピールの男で、黒い重鎧を着ている。ディミオスは耐えた方だが、他のプレイヤーからの支援がなくなった今、セーレに敵うわけがない。

 やがてディミオスの首が飛んで地面に落ちる。

 白い雪の上に咲いた真っ赤な血の華の上で、柔らかな朝日の光に照らされたセーレがディミオスを見下ろしている。凄惨な光景であるはずなのに色々と感覚が麻痺してしまって、まるで絵画のようだなと思う。

 セーレは、他に敵がいないことを確認し終わると、こちらに駆け寄ってくる。

 その頃には、俺の耳はだんだんと聴覚を取り戻してきて、すすり泣くモカの声が聞こえてくる。

「おつかれ」

 近くまで来たセーレにそう言うと、セーレがモカごと俺を抱きしめる。

 一瞬見えた表情は、見間違いでなければ涙目だったような気がする。

「レオさああああん!」

 後ろからシオンの声がして、また抱き着く人間が増えた。

「レオくん!」

 さらにマリンが城壁の上から飛び降りてきて皆の上から俺に抱き着く。

 陽が昇ってきて、徐々に光のあたる面積が増えていき、周囲が明るくなっていく。

 しばらく待機していても敵襲はない。時間経過で復帰ポイントに戻ったであろうディミオスたちも再び攻めてくる気配はない。

 壊れたガトリング砲だけがポツンと残っていて、朝日の光で雪の上に長い影を作っている。

 時折、偵察や伝令が駆けまわっているだけで、これ以上戦いが起きる気配はない。


「終わった……のかな……?」

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