第54話:雪血華2
何度も何度も攻撃を受けて、その度に敵プレイヤーを殺す。
過去に野良パーティーで一緒に狩りをしたプレイヤーの名前も見かけたが、今は敵だ。思い出していては枷になる。
感覚は麻痺していき、罪悪感などは消えて行く。戦意喪失して逃げて行くプレイヤーを追うことはさすがにないが、向かってくる敵はただの記号となっていく。
武器、防具、装備のグレード。それらを見て適切な対処をする。
そんな調子で、かれこれ二時間は敵陣で剣を振り回しているが、敵は後から後から湧いてくる。
理由は簡単だ。
「ゾンビアタックきついっすね……」
敵も味方も死んでも生き返るので、お互いに何度でも戦場に戻って交戦となる。さすがに向こうの士気は下がってきているようで、交戦頻度は減ってきてはいるが敵がいなくなることもない。そして、こちらも戦場を走り回っているので疲労の色が濃いメンバーもいる。俺もだいぶ注意力が散漫になってきている気がする。
「相手を完全に戦意喪失させるまでは、向かってくるでしょうね」
「ってーと、やっぱ大将首か?」
セーレとタケミカヅチの会話に、ディミオスらしき人物がいたかと思い出してみるが、今のところ戦場で見かけていない。
「誰かディミオス見かけた?」
「いえ、見ていないですね」
「俺も見てねぇなぁ」
ディミオスの特徴は全員把握しているはずだが、誰も見かけていないとなると、やはり付近にはいないのだろう。
他のパーティーからも報告はなかった。
「かーっ、自分は前線来ないってか」
タケミカヅチが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
指揮官が最前線に来るのは良し悪しだろうが、死んでも生き返るこの状況で全く見かけないというのはどういうことなのだろうか。別の場所にいるのか、自分が動くつもりはないのか、それとも何か別の策でもあるのだろうか。
近くに敵影がなくなって余裕ができたので城の方を見るが、城はもう攻撃を受けていないようだ。
「伝令―!」
イーリアスのマントを付けたプレイヤーが走ってくる。
「近接第一部隊、一旦城内の兵舎へ」
「了解」
まばらにいる敵を殲滅しながら、皆で兵舎に向かう。
歩きながら城壁を見上げると、突貫で補修が行われているのが見える。
兵舎に入ると、軽く現在の戦況の説明があって、消耗品を補給後に休憩との指示だ。部屋は暖炉が燃えていて暖かい。
部屋の隅で、うずくまって泣いているプレイヤーの姿が目に入るが、励ます気も責める気もおきない。
被害に関しては、死んでも生き返るため防衛設備の説明が主だ。城壁が一部崩れた以外は、半数以上は機能しているということなので、悪くはないだろう。街の防衛も問題ないとのことで、そうなると敵は補給できないはずなので長引けばこちらに有利だ。
「つ、つかれたぁ~」
シオンが机に突っ伏す。モカは言葉もなくぐったりと机に伏せている。
バルテルがビールを取り出したが、今は水だと思って見ないことにした。
メロンは人目を気にしてか背筋を伸ばして、お茶に口をつけている。
「腹減ったなぁ。寒いし、誰かシチューとか作れんか?」
タケミカヅチが伸びをしながら言う。
「あー。今日は材料持ってないなぁ」
「そこの入口にいるNPCが食材売ってますよ~」
メロンの言葉を受けて、俺はNPCのところに向かう。それほど種類はないが、基本的な食材は売っているので、シチューは作れそうだ。
「ありがとー。他に何か食べたい人いる?」
「では、オレもシチュー。南瓜と豚肉のシチューがいいです」
「よく食えるっすね……。あーでも、ボクもちょっと欲しいっす」
「とりあえず全員分作っておくね。食べる食べないはご自由に」
そう言って、皆の前にシチューを置く。
「あざっす」
タケミカヅチが一瞬でシチューを飲み干す。
「……おかわりいります?」
「そうだな。あと二杯くらい」
他の皆は口をつけたり、つけなかったりだ。
「お隣いいですか?」
他の隊のプレイヤーがぞろぞろと部屋に入ってくる。
「どうぞ」
他のプレイヤーの皆も席に着くとぐったりとしていて、表情は一様に暗い。
「セーレよぉ。お前、何人倒した?」
「すみません。すぐに数えるの面倒になっちゃって」
セーレとタケミカヅチが、普段通りの表情で雑談を始める。
「だよな。ガハハ! ブラックナイツをミンチにし終わったら焼肉一緒に行こうぜ」
「いいですよ。しかし、焼き肉屋あるんですか?」
「おう、カーリスの鍛冶屋裏に……」
「この状況で肉の話はしないでほしいっすぅ」
「おう。すまんな嬢ちゃん」
モカは嬢ちゃんではないような気もしつつ、ツッコミを入れる気力はない。
外からたまに砲撃の音が聞こえるが、音はまばらで攻撃を受けているわけではなく、敵陣に飛んで行っているもののようだ。
ふと窓の外を見ると雪が降り始めている。雨は降ることはあっても雪は雪国以外では基本的に降らない。
「珍しいな」
俺の言葉にシオンも顔を上げて外を見る。
「クリスマスだからですかねぇ?」
そういえば、ゲームの時もクリスマスの日は雪国以外でも雪が降っていたことがある。
「セーレさん、バイオリンないっすか?」
トラソルンでの出来事を思い出してかモカが口を開く。
「邪魔になるので倉庫です」
「そうっすか……」
皆、戦争用の装備や消耗品を詰め込んでいるので、普段持ち歩いているものも倉庫に入れているのだろう。
ぐったりとしていた隣の隊のプレイヤーが顔を上げる。盾を背中に背負っているのでおそらくパラディンだろう。
そのパラディンが俺に話しかけてくる。
「レオンハルトさん、すごいですね」
「俺?」
「はい。一番先頭で突っ込んでいくのって、勇気いりますよね。見てたけど、僕は無理だなーって」
「門が壊れる前は緊張してたけど、始まったらもう必死だったから怖いとか、そういうのはあまりなかったですね」
出陣した時はなるようにしかならなかったし、戦場に慣れてきてからは怖いだとか焦りだとかの感情はどんどん消えていった。適応力とは怖いものだ。こんなものに慣れても嬉しくはないが、今はそれなしではやっていけない。
「そっかー……。確かに、僕も交戦始まったらそんな感じだったな……」
「うん。お互い頑張りましょう」
「はい」
戦いは膠着状態となり、お互い牽制するだけになっている。
俺たちはたまに出陣しては、一周回ってから城に帰還することを繰り返して、時間はもう夕方だ。セーレの姿を見るだけで逃げていく敵プレイヤーも多く、だんだんと交戦頻度は減ってきている。
空は雲に覆われて日差しはないが、外は刻一刻と暗くなっていく。雪は相変わらず降り続いていて、地面に薄っすらと積もり始めている。
「いつまで続くのかのう」
ビールではなく緑茶をすすりながらバルテルが言う。
「さぁ……。そもそも、どうやったら決着になるんだろうな……」
ゲームの時のように既定の時間がきたら終了ということもない。
プレイヤーの数は変わらずに、減るのは消耗品と精神だけだ。消耗品は城で補給できるので、お金の続く限りは戦い続けることはできるだろう。一週間でも一か月でも一年でも。
夜襲があるかもしれないから。と、俺とバルテル以外は仮眠を取っていて毛布にくるまっている。伝達がすぐ行えるように兵舎で男女関係なく雑魚寝だ。
「わし起きてるからレオくんも寝たら?」
「そうさせてもらおうかな。交代したくなったら起こしてください」
「はいよ」
皆が雑魚寝しているところに潜り込んで横になれば、すぐに睡魔は襲ってきた。
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