第44話:黒猫オーケストラ3

 それから、あっという間にリハーサルを終えて、本番当日になる。

 開演前に劇場の様子を確認すると立見席も増設されて、満員御礼になっているのが舞台袖から見える。

「うわぁあああっ」

 モカとシオンがそれをみて控室に引っ込んでいく。

「なんで、ボクたち出番最後なんすかね!?」

「セーレのネームバリューじゃないかな~」

 俺がそう言うと、モカがセーレの胸ぐらをつかんで揺らしている。

「セーレさんのせいっすか、うわーん」

「まぁまぁ、モカさん。ラーメンでもいかがですか?」

 いつの間にか料理スキルをあげたらしいセーレが、濃厚豚骨醤油ラーメンを控室のテーブルに置く。

「こんな状況で……」

 そこまで言って、モカはすっと席に座ってラーメンを食べ始める。

「私は、ご飯喉通らないなぁ……」

 シオンがどんよりとした表情で壁に寄り掛かる。

「よしよし」

 マリンがシオンを抱きしめて頭を撫でる。

「うう、マリンちゃん……」

「俺も緊張するなぁ……」

「よしよし?」

 セーレがマリンの真似をして、俺の頭を軽くポンポンする。

「あっ、その光景いいね」

 シオンが親指をぐっと上げる。

「まぁ、出番まで時間ありますし、失敗しても気にしませんから」

「失敗とかそういうの関係なくさぁあああ! よし、セーレ」

「はい」

「ちょっと手合わせしよう」

「はい」

「なんでそーなるかな?」


 マリンのツッコミを無視して、劇場の裏に出て手合わせを始める。皆劇場にいるからか、人の姿はない。

 ステージ衣装のままだが、ダメージを受けても直るものなので気にせずに戦う。手合わせは、いつも通りセーレに一方的にぼこぼこにされてしまったが、だいぶ緊張はほぐれた。

「ついでに、ステップ通しでやりますか?」

「おう」

 二人で軽く口ずさみながら、芝生の上で踊る。

「ふぅ……」

「ふふっ、だいぶ上達しましたね」

「どういたしまして」

「……賞品目当てではありますが、思ったより楽しいものですね」

「あー、うん。初めは嫌々だったけど、完成見えてきたら結構楽しくはなってきたな。今更、青春してる気分」

 適当に周囲に合わせて参加した学校の文化祭などよりとても楽しい。

「ああ……確かに。十代の頃よりよほど」

「さて、戻るかー」

「はい」



 そして、いよいよ出番だ。

 円陣を組んで、マリンが掛け声をかける。

「アダマンティアリング取るぞー!」

「おーっ!」

 照明が落とされスモークの炊かれた暗いステージの中を歩いて行き、それぞれ位置につく。

 セーレとマリンが前列で背中合わせに立ち、そこから一段上がったところに俺とモカとシオンが立つ。

 タンタンタンとドラムのスティックの音がした後、バックで迫力のあるサウンドが鳴り響き、足元から煙が吹き上がって、眩しい照明がステージ上を駆け巡って行く。

 観客席はたくさんの観客で埋め尽くされて沢山のカラフルなペンライトが光っている。

 セーレとマリンが片手を観客席に突き出して歌い始る。堂々とした迷いのない歌声だ。

 それに合わせて俺たちも踊り始めれば、緊張など一瞬で吹き飛んで行った。

 全体を通してテンポの速い曲なので、最初から観客もスタンディングでペンライトを振っていたが、サビに入れば縦に飛び跳ねる動作が加わって激しさを増し、観客も盛り上がってジャンピングを始める。

 味わったことのない光景に、テンションが上がっていく。皆の踊りのキレもいつもよりいい気がする。

 そして、出番が来てマリンと入れ替わりラップを始める。

 セーレが挑発的な表情をして、片手で「来い」という仕草をするので、頭を近づけて至近距離で歌う。

 それから後半が始まって、「もっと湧け」という風に手を下から上に何度か振り上げれば、観客たちもノってくる。しばらく前列で歌った後は、女性陣と場所を入れ替わって、後ろで激しいステップを踏んで、また元のフォーメーションに戻って、ラストのサビで盛り上がりは最高潮だ。

 そして、バーンと曲が終わり銀のテープが舞い散ってセーレが短く言葉を発する。


「Thank you」


 そうすれば観客は大きな歓声を上げる。所々黄色い声が聞こえてくるのにセーレが軽く手を振ってステージから退場していく後に俺たちも続く。普段愛想の欠片もないセーレだが、アダマンティアリングがかかっているからだろう。ファンサービスを怠らない姿に、少し笑いそうになってしまう。


 舞台袖に引っ込めば、その場にシオンが崩れ落ちる。

「す、すごかったね」

「う、うん」

 モカもふらふらと座り込み、俺も壁に背を預ける。

 ステージの方からは「これより審査に移ります」とアナウンスが聞こえてくる。

「皆よかったよ~!」

 マリンが屈んで、モカとシオンを抱きしめる。

 セーレが俺の前にきて軽く拳を突き出してきたので、それにこつんと合わせる。セーレも珍しくテンションが上がっているのか、あまり見せたことのない晴れやかな笑顔で歯を見せて笑う。

「なんかまだ目がチカチカして耳鳴りがする」

 舞台照明とペンライトの光が目に焼き付いて、オーケストラの音と観客の声援が聞こえているような錯覚に陥る。

 しばらく休憩しているとシャノワールが現れて、他の出演者たちも姿を現す。

「では、皆さん順番にステージの上にお願いしますにゃ」

 その言葉に従って、ぞろぞろとまた舞台に戻って行く。


「本日は、お集まりいただきまして誠にありがとうございます。出演者の皆様、ご来場の皆様に改めてお礼を申し上げますにゃ」

 シャノワールが深々とお辞儀をする。

 それから、ライブの感想をつらつらと喋り、各賞の発表を始める。

 最優秀賞が一組、優秀賞が二組だ。

「優秀賞一組目は、チョコレート・レインの皆様」

 人数の多い女性チームが手を取り合ってぴょんぴょんしている。

「二組目は、レペゼン・東風の皆様」

 男性三人組が、拳を振り上げる。

「そして……」

 ごくりと唾を飲み込む。

 ステージに立った時とはまた別の緊張が走る。

 歌も踊りもしっかりこなせていたと思うが、他の出演者でプロ顔負けのグループもあった。

 ドキドキとしながらシャノワールの言葉を待つ。

 そして――。


「最優秀賞は、サウザンド・カラーズの皆様!」


 自分たちのギルドの名前が呼ばれ、自然と「よっしゃ!」という声が出て、皆でハイタッチをする。

 観客席からは盛大な拍手が巻き起こる。

「賞品は、後ほど代表の方にまとめてお渡しします。さて、最優秀賞を獲得された皆様、一言ずつお願いできますにゃ」

 まずはマリンが司会からマイクを受け取って、笑顔で手を振る。

「はい! 優勝できて嬉しいです! 皆で一緒に練習したり、衣装や振り付け考えたりしたのをステージで披露できてよかったです! ありがとうございました!」

 そして、隣にいたモカにマイクを渡す。

「えっ、えっと! まだ現実感ないっすけど……あっ、そもそもここ現実じゃないかもだけど、すっごく面白い体験させてもらったっす! たぶんこの先ずっと覚えてると思うっす。楽しかったっす!」

 次にシオンがマイクを受け取ってはわはわとしている。

「ええええっと……。えええ、あの。ありがとうございました。まさか、自分がステージに立って歌ったり踊ったりとかするとは思っていなくて、ええっと、でもすごくいい経験になりました」

 シオンが俺にマイクを押し付けるように渡してくる。

「踊りとかしたことなくて最初は不安でしたが、皆とやっていくうちに楽しくなってきて、賞まで頂いてとても有難いです。一緒に盛り上がってくれてありがとうございました!」

 最後にセーレにマイクを渡す。

「ご声援、ありがとうございました」

 セーレはさらっとそれだけ言うと、司会にマイクを渡す。

 もうちょっとなんか言えよとは思ったものの、アダマンティアリングが確定した今、ファンサービスをする気はないのだろう。

「それでは、せっかくですし、サウザンド・カラーズの皆様、再度曲を披露お願いできますかにゃ」

 突然の振りに驚いたものの、快く引き受けて皆で再度歌い始める。

 他の出演者もバックで踊り始めて大盛況の中、舞台は終幕した。


 ふわふわとした気持ちで劇場を後にして、ハルメリアの城に行くと大広間に出演者打ち上げ用のパーティー会場が作られていた。

 ギルドのメンバーと一緒に部屋の扉を通ればクラッカーが飛んでくる。

 立食式らしく、適当にその辺の机に皆で集まる。

 シャノワールのねぎらいの言葉のあと、乾杯が行われて打ち上げが始まる。

 机の上にポンポンと料理が置かれていき、大きな窓の前にはシャンパンタワーが作られる。照明に照らされてキラキラと輝くシャンパンタワーはなかなか綺麗だ。

「わっ、わっ。シャンパンタワー初めて! 写真撮りたいなぁ~」

 シオンがそわそわとしている。

「シオンさん、お酒飲みすぎたらダメだよ」

「がーんっ」

 釘をさすとシオンが悲しそうな目で見上げてくる。そんな目で見られても、他のギルドの人間も多いのだから仕方がない。

「まぁまぁ酒の代わりにセーレでもつまんでおきなよ」

 マリンが言うと、シオンはセーレをじっと見つめる。

「何かリクエストでも?」

「あ、あの。歌ってる時にやってたバーンってヤツやってほしいな……」

「Bang」

 セーレが指で銃のシルエットを作って、シオンに向けて撃つと、シオンは両手を額の前で合わせてセーレを拝み始める。

「はぁ~、今の……いや、今日のライブ円盤にして売ってほしい」

「あー。映像でみたいっすよね~」

「そうだな。録画機能あったらいいのにな。スクリーンあったけど録画はついてないのかな」

「あれは、カーリスの闘技場の観戦システムを持ってきたものらしく、今あるものを映しているだけで、そういった機能はないそうですよ」

「そっかぁ……」

「あーでも、楽しかったね~」

「うんうん」

 皆で飲み食いをしながら喋っていると、他の出演者が遠慮がちに話しかけてくる。

「今日はおめでとうございます」

「ありがとー」

 皆でありがとうを返すと、チョコレートなんとか言うグループの女子数名がチラチラとセーレを見ている。

「せ、セーレ様、めちゃくちゃかっこよかったです」

「歌すごく上手いし、踊りのステップも綺麗で……」

 一人が喋り始めると、他も次々に喋り始めて、あっという間にセーレの周りに女子が集まって行く。羨ましいような面倒くさいような。そう思っていると、ポンと肩を叩かれる。

「よう、兄ちゃん。いいフロウだったぜ」

「ふ、ふろう?」

 振り返ると、レペゼンなんとかいうチームの男が三人並んでいる。皆、少々オラついた容姿をしていて思わず一歩下がってしまう。

「普段からラップやってるの?」

「いや……初めてで……めちゃくちゃ練習した」

「いいねぇ、見どころあるよ」

「俺、お兄さんの声好きだな」

 俺はなぜか男たちに囲まれてしまい、しばらく酒を一緒に飲んだ。初見では近寄り辛いかと思った男たちだったが、話せばなかなかいい人たちだった。


 俺が男たちと話し終わる頃にはセーレの方も女子から解放されたのか、シャンパンを飲んでいる。

 モカとマリンは黒猫オーケストラの奏者がいるテーブルに話をしにいっていて、シオンはいつの間にか隣に来ていたシャノワールと話をしている。

 俺とセーレが解放されたことに気付いてシャノワールがペコリと頭を下げる。頭を下げると小さなシャノワールは机に隠れて頭がほとんど見えなくなってしまう。

「改めて、本日はお疲れ様でしたにゃ」

「主催お疲れ様でした」

「はい。盛況に終わったのは、皆さまのおかげでございますにゃ。また機会があればぜひお願いしたいですにゃ」

「……考えておきます。そういえば、あのスクリーンは闘技場から持ってきたものなんですか?」

 セーレが話していた内容を思い出して聞いてみる。

「はい。なんと取り外せましたのでカーリスのギルドの方々に許可を得て、ありがたく使わせていただきましたにゃ。ついでに近隣の都市にもライブビューイングで届けられているはずですにゃ」

 闘技場の観戦用のスクリーンは確か四つあったはずで、闘技場の上空に丸い球が浮いていた。あれがたぶん映像を転送するシステムで、今回は劇場に持ち込まれていたのだろう。

「へー……。皆、色々考えるなぁ」

「それでは、引き続きお楽しみくださいにゃ」

 シャノワールはお辞儀をすると、他のテーブルに移動していった。

 その後は、皆と話したり、他の出演者と話したりで打ち上げは楽しく過ぎていった。

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