第42話:黒猫オーケストラ1
暑さもやわらいで来たある日。
「ただいまー。ねーねー。面白そうなものあったよー」
皆がギルドハウスの大部屋くつろいでいるところに、マリンとモカが外から帰ってくる。
「ん? フリマ?」
夏祭り以降、プレイヤーが作った制作物を売買や交換するフリーマーケットがぼちぼち開催されていて、今日はその日だ。
マリンとモカは、それによく出かけている。
「ううん。それもあるけど~。これ見て! 黒猫主催のコンテスト」
マリンが黒猫のイラスト描かれたチラシを持っている。黒猫とは、『黒猫オーケストラ』というハルメリアを拠点にするギルドで、その名の通り楽器演奏に長けたプレイヤーが多く所属している。よく街で演奏している姿を見かけるので、自然と名前を覚えてしまうギルドだ。
「黒猫オーケストラの演奏で、歌って踊るイベントっす。皆で出ようってマリンさんと話してたっす」
「いや、興味ないな」
「私もないなぁ~」
「オレもないですね」
「わしも無理じゃよ。見るのは楽しそうじゃけどね」
「わたしくも無理です」
皆が一斉に、首を横に振る。
「セーレ、あんたは強制参加」
「はぁ? なんでオレがそんなイベント出ないといけないの?」
マリンの言葉に、セーレが不機嫌な表情になる。
「歌上手いじゃん? あんたなら踊りもいけるでしょ」
「馬鹿馬鹿しい」
「どうどうどう。一旦落ち着くっす」
モカが両手を広げて二人の間に割って入る。
「マリンさん、大事な説明忘れてるっすよ」
「ああ、そうそう。優勝賞金が10Gと、エレメント各300個、そしてなんとアダマンティアリング」
アダマンティアリングとは竜装備の一つで、地の竜アダマンティアを倒すことで手に入る。初期の方に実装された竜のドロップなのでそれなりに流通はしているが、それでも高価な品だ。防御面で優れている装備なので、俺もいずれは欲しい逸品だ。
コンテストの報酬としては破格だろう。
「いや、リング持ってるし、他のも間に合ってるからいらないよ」
「うんうん。でも、これをレオくんにあげたらいいと思わない?」
「突然の俺」
マリンの言葉にセーレは右手を顎に上げてて、しばし考え込む。
「……いいね。募集要項と、評価基準教えて」
「いいの!?」
手の平を返したセーレに思わずツッコミを入れる。
「まず、三名から二十名までのグループ参加で、応募は今週末〆切。使いたい曲もその時に提出ね。評価は、歌と踊りと衣装。観客の盛り上がり具合も加味。開催は〆切の一か月後で、ハルメリアの劇場で開催」
「じゃあ、オレとマリンと、まぁアクセあげるんだからレオさんは出ますよね」
「いやいや。俺は出たくねーよ!? そんな無理してアクセもいらないし!」
歌はともかく踊りなんて、それこそ直近の盆踊りくらいしかしたことがない。
「盾なら防御力上げていきましょう? アダマンティアリングは最終値に加算ではなく、乗算前に加算されるのでいいですよ」
セーレが俺に、にこりと笑いかけてくる。俺が女だったら一瞬で恋に落ちていたかもしれない魅力的な笑顔だ。なお、ゲームシステムはあまり気にしていないので、計算式について言われてもあまりピンとこない。
「モカちゃんも出るよね?」
「はいっす!」
「じゃー……。全体のバランス考えるとシオンちゃんもいるといいなぁ~。チラッ」
「わ、わわわわ私は無理ぃいいいい! 歌も踊りもむりむりむり」
シオンが頭を横にブンブンふる。
「シオンちゃん出てくれるなら、お好みの衣装をセーレに着せていいんだよ~」
「えっ……。えーっ……。セーレさん着てくれるの……?」
「どうぞ、なんなりと」
セーレが先ほど俺に向けた笑顔をシオンに向けると、シオンが頬を染める。
「じゃ、じゃあ、後ろで踊るだけ……とかなら」
シオンはあっけなく買収されて、俺の逃げ場はなくなりコンテストに出場することが決まってしまった。
「それでは、僭越ながらわたくしが進行を務めさせていただきます」
すぐに作戦会議ということになり、クッキーが口を開く。
「さて、何はともあれ選曲ですが、二、三十代のプレイヤーが多いかと思われますので、その辺りがターゲットになりますね。また、マイナーすぎますと応募の段階で蹴られる可能性もございます。曲の雰囲気としては、観客も盛り上がれるアップテンポで馴染みのあるライブ向きの曲がよろしいかと思います。というわけで、皆さんでその辺りの条件に当てはまりそうな曲をリストアップしてみましょう」
クッキーが学校の先生のように進行を始めて、皆が紙に何曲かリストアップしていく。
俺はカラオケで上位に入っている曲を思い出しながら紙に書いていくが、いざ書こうとするとタイトルが出てこなかったり、あやふやだったりする。タイトルを修正したり、補足をいれたりしてだいぶぐちゃぐちゃなリストになってしまった。
「では、一旦確認いたしましょう」
モカは俺以上にぐちゃぐちゃで「なんとかのOP」とか「だれだれが歌ってるやつ」みたいな感じになっている。それをもう少し綺麗にしたリストがシオン。マリンはよく覚えているなというレベルで迷いなく大量に書き出している。セーレとバルテルとクッキーは数曲メジャーな曲を上げている。
「はい。皆様ありがとうございます。では、照らし合わせ……の前にタイトルが不明な曲を解決しましょうか」
「えへへ、すいませんっす」
「えへへへへ……あまり歌わないから覚えてなくて……」
モカとシオンが申し訳なさそうに笑う。
不明なタイトルはだいたいマリンが解決して、わからないものはそのまま不採用ということになった。
被っていたタイトルからいくつかを候補に残して相談を始める。
メジャーで人気なアイドルグループの曲、昨年アニソンで爆発的にヒットした曲、カラオケ上位の定番アニソンなど。
「女性アイドルのは、レオさんとセーレさんに合わないと思うっすよ。意外性はあると思うっすけど……」
「そうだね~。じゃあ、他の三曲の中からかなぁ」
「えーっと、私、この曲わからないなぁ……。聞けばわかるかもしれないけど」
「じゃあ、歌ってみようか。ついでに他のも」
と、マリンがそれぞれの曲のサビを歌っていく。伴奏がなくとも音がぶれずに、発声も安定していて上手い。
マリンが歌い終わるとパチパチと拍手が起こる。
「いぇい! っとまぁ、こんな感じだね~」
どれもノリのいい曲だ。
「うーん、歌いやすいのはこの曲だけど、他の出場者とかぶる可能性あるよね」
と、男性アイドルグループの曲を指してマリンが言う。
「となると、これっすかね? 途中でラップみたいなの入ってた気がするっすけど……」
モカが昨年のヒット曲を指す。ダークファンタジーなアニメの主題歌であり、男女ユニットの曲で激しめでロック。そんな雰囲気の曲だ。
「いけるいける。セーレと一緒にカラオケで歌ったことあるし。あーでも、ラップは低音欲しいから、このメンバーだとレオくんが担当するといいかも」
「いやいやいや。ラップとか無理」
確かに出場予定のメンバーの中だと一番声は低いが、ラップは歌えない。
「オレが一緒に歌ってあげますから」
「おっ、いいね。確かマイクあるって書いてあったから、マイク持って向かい合って歌ったら映えると思う」
俺の意見は無視して話は進められていく。
そして、何はともあれ練習ということでクッキーのピアノの伴奏で、皆で歌の練習を始める。
セーレの歌声は、以前聞いたことがあったが、相変わらずめちゃくちゃ上手い。
マリンも先ほど聞いた通りで、モカも参加に乗り気なだけあって上手いし、感情の乗せ方がいい。シオンは、可もなく不可もなくだったが、俺もそんなものだろう。
「マリンさんとセーレさん上手いっすねー」
「わたしカラオケ好きだから~。よく一緒に行くの」
「いいなぁ」
「モカちゃんも上手だよ~」
きゃっきゃしているマリンたちとは対照的に、俺は憂鬱だ。
「レオさん。そこは一息で、ここでブレス」
「いや、その前に滑舌が」
「練習しましょう」
やる気になっているセーレはスパルタだ。
「振り付けはどうしようねぇ」
マリンがうーんと考える。
「フレにわかりそうな人おるから、声かけてみようか? カーリスにギルドあったと思うし」
「じゃあ、バル爺おねがーい」
「ほいほい。ついでに応募用紙出してくるね」
皆で練習をしているとバルテルが帰ってくる。バルテルの後ろには、黒髪ポニーテールで和服を着たヒューマンの男性と、金髪ツインテールでゴスロリ衣装のヴァンピールの幼女がいた。
「某、
「我はリルなのじゃ」
「なんか濃いの連れてきたね」
二人の挨拶に、マリンが正直な気持ちを言う。衣装と口ぶりから、二人はロールプレイが好きなタイプなのだろう。
「陽炎くんはドルオタで、リルくんはリアルでバックダンサーとかしてるの」
「バル殿、その紹介の仕方はやめていただきたく候」
「我にリアルなどないのじゃ」
「ほいほい。そんで、振り付けとかなんかそういうの頼むよ」
二人の言葉をさらりと無視して、バルテルが話を進める。
「そうですな……。ちなみにセンターは?」
「こちらのマリンくんとセーレくんかな? たまに入れ替わる感じで」
「ほう……セーレとな……。いや、セーレさん」
リルがセーレの名前を確認し、びびって名前を言い直す。
「セーレでいいですよ」
「う、うむ。ではセーレと呼ばせてもらうのじゃ」
「あっ、そうそう。紹介してなかったね。こちらがレオンハルトくん、モカくん、シオンくん」
「皆様、よろしく頼むでござる。では、基本のフォーメーションは、マリン殿とセーレ殿が前列。後列の中央にレオ殿、左右にモカ殿とシオン殿が並ぶのがよろしいかと思われます」
「我もそれでよいと思う。元の歌にも振り付けはあるが、覚えておる者もおらんじゃろうから、それは忘れて、合いそうなものをつけていこうかの」
「なぜこんなことに……」
歌の練習や打ち合わせが終わって、俺は机に突っ伏す。
「が、がんばろー? 私も振り付け覚えられるか不安……」
「歌いながら踊るとか無理」
「えっ、カラオケいったらついでに踊ったりしないっすか?」
俺とシオンの様子にモカが首を傾げる。
「しねーよ!?」
「はいはーい。これから毎日午後はレッスンだから、時間空けておいてね」
「わしは、演出道具でも考えてみようかのう」
「オレ、完璧だし狩り行っててもいい?」
セーレは、リルからスカウトされるくらいのキレのあるダンスと、滑舌もよく低音から高音までパーフェクトな歌に、シオンが卒倒するアドリブまで披露していた。
「だーめ。皆で合わせないとでしょ」
「レオ様とシオン様は居残りレッスンです」
「うおぉ……」
「ふえぇ……」
口調は丁寧であるが、クッキーも意外と鬼である。
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