第33話:銀世界
翌日は、カーリスに向けて移動することとなり、消耗品を買い込むついでに店を覘く。
「スキー板売ってるけど……」
「私滑れない……」
「ボクもやったことないっす」
「スノボならできますけど……」
「じゃあ、見なかったことに」
「他に使えそうなものはないねぇ……」
「徒歩しかないっすかね……」
諦めて徒歩で移動を開始する。このエリアは馬も馬車も使えないようだった。
雪原は砂漠とはまた違った移動のし辛さだ。
購入した登山用の杖で、雪の積もった足元を探りながら前に進んでいく。通った後に四人分の足音が雪の上に残る。一面の銀世界で目印になるようなものはほぼないので、マップを頼りに進んでいく。
敵はいないが途中に村も見当たらない。
息を吸い込めば凍てついた空気が喉を通っていき、自然と無口になる。
「今日はここで」
猟師が使っている山小屋だろうか。日が落ちる前に暖炉とベッドが一つある建物を見つけたので、そこにお邪魔する。
「あまり進んでないっすね……」
モカが毛布にくるまってマップを確認する。
「まぁ、焦っても仕方ない」
ベッドはシオンに譲って、皆早々に眠りに着く。
翌朝、目が覚めると、いつの間にか俺の布団に誰かが潜り込んでいる。隙間からピンク色の髪が見えるのでモカだろう。まだ少し眠たく、二度寝しようかとも思ったがセーレの姿が見当たらず、気になって外に出る。
外に出ると探すまでもなく、山小屋から少し離れた木々の間で、セーレが短剣を二刀にして振り回しているのが見える。
「おはよう」
「おはようございます」
「短剣使うの?」
「障害物多いところですと、大剣は不便だなと思いまして練習を」
「元気だな……」
「まぁ、身体動かすのは好きですので」
「そっか。スポーツとかするの?」
「スポーツと呼べるようなものは、それほど。……オレ、集団競技とか苦手で」
セーレがポツりと呟く。
「パーティーだと結構皆の動き見てるし、いけるんじゃない?」
「いえ、その……」
「その?」
「わかるでしょう?」
「何が」
セーレが、本気で何が言いたいのかわからずに首を傾げる。
「……コミュニケーション、苦手なんです」
「ああ。自覚あったんだ」
俺の言葉にセーレが俯く。
「はい……。人見知りコミュ障で、すみません……」
「ご、ごめん! てか、そこまで言ってないって! でも、最近は皆とも仲良くなってきたし、俺もお前と話すの楽しいよ。それに、ほら。マリンさんとはすごく仲いいだろ?」
慌ててフォローしようとすると、セーレが顔を上げる。
「マリン……か。どうしてるかな……」
「心配?」
「まぁ……そうですね。このゲーム。マリンに誘われて始めたから、責任感じてなければいいけど……」
「それは……俺だったら気にしてしまうなぁ。……っと」
何か音がしたような気がしてきょろきょろとする。木の枝でも折れたような、そうでもないような、音の発生源が近いとも遠いともわからない。セーレにも聞こえたようでぐるりと周囲を見渡して、セーレの「うわっ」という言葉を聞いた後はもう、説明を求めるまでもなく俺に理由がもわかった。
山の上方から大量の雪が滑り落ちてくる。所謂、雪崩だ。
セーレが俺の手を引いて山小屋に駆け出すが、山小屋に到着する前に二人とも雪の波に飲み込まれる。
どうすることもできずにそのまま流され、雪の動きが止まったころには視界は雪に覆われて何も見えなくなっている。雪の中から這い出ようとしても、雪の重みで身体が動かない。スキルで出ることができないだろうかと試してみるが、動けずに発動できない。凍死、もしくは窒息死というワードが頭に浮かぶ。
一緒にいたセーレは無事だろうか。山小屋にいた二人は……。
それほど時間が経ったとも思えないくらいの時間で意識が朦朧としてくる。何か聞こえたような気がしたが、反応することもできずに雪に埋もれていると、身体が軽くなってきたような気がする。
「レオさん……!」
すっと光が差し込んできて呼吸が楽になる。
「大丈夫ですか!?」
「ん……」
セーレに助け出されて外に出ることはできたが、身体が思うように動かない。
「ええと……どうしよう」
珍しくセーレが狼狽えている声が聞こえてくる。
「……ベネディクション!」
クラスを変更したのかヒールが飛んでくる。少し楽になったが、相変わらず身体は動かず、痺れのような痛みがある。
「なんか……身体動かない……」
「そ、そうですか。でしたら……」
セーレがいくつか状態異常回復系のスキルを使ってくれたが変化がない。とにかく寒くて全身氷になったような気分だ。
「麻痺か、それに近い状態だとは思いますが解除できないみたいですね。では、ひとまずどこか……」
セーレが顔を上げた瞬間、複数の狼の遠吠えが聞こえてくる。結構近いように思える。
「ええ……、今CCディレイ中なんですけど……」
セーレが悪態をついて手に杖を持つ。
俺の首はわずかに動く程度で、状況がわからない。
「ライト。……ライト。……ライト」
セーレがヒーラーの攻撃魔法を連打している。声色から苛々しているのが伝わってきて、獣の吐息がだんだんと近づいてくるのがわかる。
「ああ、もう……面倒くさいな」
その言葉の後に、ドカッ、バキッと鈍い音がし始める。
時折ローブ姿のセーレが杖を振り回していたり、氷でできた狼に蹴りを喰らわせていたりする様子が視界に入る。
それを眺めていると、やがて獣の吐息は聞こえなくなった。
「ふぅ……」
「ごめん……」
「いえ、元はと言えばオレが外にいて、それに巻き込まれた形ですし」
「でも、セーレひとりなら逃げられていたかもしれないし」
「それはそうですね」
セーレが頷く。
「否定されないのも悲しいな!?」
「ひとまず……。マップを確認する限りでは、モカさんたちはたぶんまだ山小屋ですね。位置的に目視では確認できませんが……」
「結構離れてる?」
「距離的にはそこまでではありませんが……。崖から落ちてしまったみたいで、上に出られるところを探さないといけませんね」
そう言って、セーレは俺を抱き上げて歩き始める。
「なんか……情けないなぁ……」
「オレも砂漠で、その気分を味わいました」
「あー……、あれは焦ったな……。セーレめちゃくちゃ苦しそうで……涙目なってたし」
「そ……そう……。まぁ、あの時は正直、一回殺してほしいくらいでした……。それで解除されるかはわかりませんが……」
「そういう手もあったか。でも、それは嫌だな……」
「でしょうね。でも、それモカさんにも提案されたんですよね」
「モカが……?」
「ええ……さすがにモカさんには頼めなかったですけど」
「……相手が俺だったら頼んでた?」
「さぁ……。どうでしょう。レオさんこそ、頼んだらやってくれるのですか?」
「え、うーん……。よほど切羽詰まった状況なら……やるかもしれない……けど、わからないな……」
親しい人の身体に刃を突き付けるのは、考えただけでも嫌だ。とは言え、死んでも生き返るなら……。あの時、解決策が見つからないままセーレに頼まれていたら……。もしかしたら、そうしたかもしれない。
「それにしても、さっきのお前はヒーラーとは思えない動きだったな」
「オレ、支援職とか遠距離職向いてないんですよね。近くで殴ってないと落ち着かないというかなんというか」
「俺も近接の方が好きだから気持ちはわかるけど、よくそれで全職レベル上げたな」
「まぁ、そこはフレとローテで適当に上げていたので、そこまでストレスではなかったですよ」
「そういうもんか。……はっくしょいっ!」
「冷えますか?」
「冷えるというか、全身氷みたいで少し痛いかな……」
「普通に喋っていらっしゃたので、動けないこと以外は問題ないのかと思っていましたが……困りましたね。HPも少しずつ減っていきますし……。リジェネーション」
セーレが継続回復の魔法を俺に使う。
「うーん、やっぱ……。ヒーラーにお姫様抱っこされて、守られるナイトってなんだかなぁ……」
「寒いなら燃やしてみますか?」
「死ぬからやめて」
最初こそ無駄口を叩いていたものの、だんだん喋る気力もなくなっていって、ぐったりとセーレに身を預ける。
しばらくセーレに運ばれていると、セーレの呟きが聞こえる。
「あれは……」
セーレの顔を見ると、目を細めて何かを見ている。
「どうかした?」
「煙……? のようなものが見えます。とりあえず近くまで行ってみましょう」
近づくにつれて独特な臭いがしてくる。あまりいい臭いではない。
「何、この臭い」
「硫黄……でしょうかね」
「硫黄ってーと」
そこにあったのは天然の温泉だった。ゴツゴツとした岩の間に、小さな温泉が湧いている。
「結構熱いですね。とは言え入れないほどでもなさそうなので、身体を温めるにはよいかもしれません。もしかしたら、これでレオさん治るかも……」
セーレが温泉の温度を確かめている。
「しかし、オレではレオさんの装備脱がせないので、このまま放り込めばよいでしょうか?」
「せめて足からゆっくり」
「はい」
セーレに支えられながら温泉に浸かっていく。初めは痛いほど熱く思えた温泉だったが、慣れてくれば心地よくなってくる。
「はぁ~生き返る。あ、身体動くようになってきたかも」
「それはよかったです」
「装備邪魔だから脱いじゃおう」
「え」
俺の発言にセーレがポカンとした表情をする。
「鎧で浸かってもイマイチだろ?」
「それは……そうですが、敵がきたら……」
装備を外し始めると、セーレが俺から視線を逸らす。別に見られても気にはしないのだが。
「お前がいるなら大丈夫だろ」
「まぁ……そうですけど」
セーレはどこか不満気だったが、止めても無駄だと思ったのだろう。装備をベルセルクの物に戻し、温泉を背にしてその辺の岩の上に腰掛ける。
温泉に入っていると、冷えていた身体が芯から温まっていき、ホカホカとしてくる。
「極楽極楽」
湯から出ている顔にだけ冷たい空気が触れて、それが逆に心地よい。
「セーレ、お前も入ったら? 敵全然いなさそうだし」
「オレはいいです」
「なんで?」
「こんなところで裸になりたくありません」
「そうかー」
無理強いするものでもないので、しばらく一人で温泉を堪能する。
「よし、復活!」
温泉から出て装備を着用する。
「では、山小屋に向かいましょうか。お二人は移動していないようなので、きっと大丈夫でしょう」
そして、どうにかこうにか山小屋に戻る。雪崩は山小屋にはかかっていなかったようで、山小屋に入ると中にモカとシオンが待っていた。
「心配したっすよ~! どこ行ってたっすかー!」
「ごめんごめん。雪崩に遭って流されてた」
「はぁ~。まぁ、二人一緒に動いてるようだったっすから、とりあえず待ってたっすけど……」
「無事でよかったねぇ……」
あまり無事ではなかったのだが、無駄に不安を煽っても仕方がない。
「そういえば、温泉あったぜ」
「えっ、いいな。ボクも入りたいっす」
「距離があるので却下します」
「ちぇーっ」
「今日は、ここでもう一泊かな?」
シオンが時間を確認している。
「そうだな……。ごめんね」
「ううん。大丈夫だよ~」
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