第23話:モラクス
少々無茶な計画なような気はしつつも、作戦を決行する。村の中は異臭が立ち込めていて、煙が目にしみる。
「そちらの納屋の裏にもう一人いました。先にこちらから行きましょう」
「わかった、行こう。あまり周り見ないで」
セーレの案内に従って先行しながら、村の中を走る。
「う、うん……」
納屋の裏に行けば、ドワーフが倒れていて、その周囲には家畜の足が転がっている。
「リザレクション!」
モカが復活のスキルを使えばドワーフは起き上がる。
「……あ、ありがとう」
「もう一人起こしたら村から離れるので、後衛と一緒に来てください」
「は、はい」
納屋から村の中央の方に出ると、大きな魔獣が一体と小さい魔獣が三体襲ってくる。
「カルネージ!」
セーレの範囲スキルで小さい魔獣は一斉に倒れるが、大きい魔獣はあまりHPが減っていない。そして、生き残った大きい魔獣が俺に飛びかかってくる。
「痛っ、すばしっこいな」
巨体に似合わずに、魔獣は動きが早くガードが難しい。
「ディヴァインヒール!」
「サンキュ。でもかすり傷だから、これくらいなら平気」
「う、うん……」
セーレが攻撃する合間にシオンが槍で突いて攻撃する。先ほどの少年とドワーフは完全に戦意消失しているのかモカの近くで武器を持ったまま俯いて立っている。
そんな調子でも村の中を着実に進んでいく。
「近いな」
レイドのほぼ足元にエルフの女性が倒れている。
「俺が引いてくから、その隙にリザお願い」
「わかったっす」
「もし、他に敵来たらセーレ頼める?」
「お安い御用です」
「じゃあ、行くぞ!」
レイドに向かって走っていき、名前が確認できるところまで近づけば頭の上に『モラクス』という名前が表示されている。頭部は人間の男に似ているが角が生えていて、身体は獣に近く背中には赤い悪魔の羽が生えている。大きさは五メートル以上ありそうだ。モラクスは、手にこん棒のような杖を持っていて、こちらに気付くとそれを振り上げる。まだ杖の一撃が届くような距離ではないが、杖の先端が不気味な赤い光を帯びる。
「魔法か……!」
しかし、今立ち止まってスキルを使えば後ろにまで被害が及びそうなので、モラクスの背後まで走る抜ける。
ごうっと身体が熱に包まれて、髪がチリチリと焼けて皮膚が焦げる。それに構わずに走っていくと、後ろからドスッドスッとモラクスが追いかけてくるのが感じられる。
入ってきた門とは反対側の門を目指して、走って行くと魔獣も何体か群がってくる。
魔獣の足は速く、何体かの魔獣が折り重なるように飛びかかってきて、そのまま地面に叩きつけられる。
「……っ」
うつ伏せに倒され、さらに上に乗られるとガードのしようがない。
そのまま身体のあちこちに噛みつかれる。
「いってぇ……」
逃げようとしても魔獣の重量で思うように手足は動かず、身動きが取れない。
やばいやばい。
そう思うものの、抜け出す手段もない。
もうすぐモラクスも追いついてくるはずだ。
どうしようもないが、生身の頭だけ手でなんとかガードしていると、セーレの声が聞こえてくる。
「無敵使って!」
「……イージス!」
焦りすぎて、セーレに言われるまでスキルを使うことすら忘れていた。
無敵を入れた数秒後に黒い嵐のような剣の軌跡が俺もろとも敵を切り裂いていく。無敵があるとは言え、寿命が縮みそうな光景だ。
「助かった。ありがとう」
「は……はい。あなたに当たらなくてよかった……」
倒れた俺に手を差し伸べるセーレの表情はこわばって、声は微かに震えていた。俺の身を案じてくれたのかと思うと、こんな状況だが口の端に笑みが浮かぶ。セーレに引っ張られて起こされ、また走り出す。
「後ろ戻りますね」
「ああ」
村の外れの門をくぐっても、モラクスは相変わらず追いかけてくる。やはり通常のレイドとは挙動が異なるようだ。スピード自体はそこまで早くはなく、追いつかれることはないが離すこともできない。そんなわけで、走り続けていればいずれこちらが力尽きるだろう。
しばらく走り続けていると、モラクスとは違う重い音と馬の嘶きが聞こえてくる。
「レオさん!」
馬車から差し伸べられたセーレの手を取ると、そのまま勢いよく馬車の中に叩き込まれるように放り投げられる。
「いってぇ! もっと優しく……!」
「すみません……」
「ディヴァインヒール」
馬車の上には、モカとシオン、助けた他のプレイヤー三人が乗っていた。
「ひとまず、村からは抜け出せたな」
走っていればモラクスは引き離せるだろうが、距離を離してもずっと追いかけてくる可能性はあるし、途中で他のプレイヤーに危害が及ぶ可能性があることを考えると処理をしたいところだ。
セーレがバリスタでモラクスに攻撃すると、ほんの少しHPが削れる。
「これは……。自然回復もあるので、バリスタだけでやるとかなり長期戦になりますね」
「ボ、ボクも魔法で攻撃してみるっす。ライト!」
モカが魔法を放つが、モラクスのHPには変わりは見えない。それから何度も攻撃魔法を使うが、やはりモカの魔法では今一つだ。もともとヒーラーの攻撃魔法はそれほど威力が高くないので仕方のないことであるが。
モラクスの周囲に魔法陣が出現して、そこから魔獣が数体現れる。
魔獣の足は速く、馬車の速度に負けじとくらいついてくる。
「モカさんはMP温存しておいて。シオンさんバリスタ変わってください」
セーレの周りにクラスチェンジのエフェクトが現れて、装備の見た目が変わる。氷やクリスタルを思わせる透き通る輝きを持つ青い弓に、白と青と金の縁取りで構成された軽鎧。レベル90の弓職の装備だ。
「アローレイン!」
セーレが弓を構えて空に向けて放つと、矢の雨が魔獣に降り注ぎ、何体か倒れる。
「すみません。メインほど火力でないから撃ち漏らした敵が来たらレオさんお願いします」
そう言って、セーレが皆にてきぱきと指示を出して矢を番えて攻撃をしていく。
「せ、セーレさん……。私じゃ、バリスタあまり当たらないみたい……」
「レベル差かな。とりあえず続けてください。あと、進行方向たまに確認しておいてもらえますか」
「うん、わかった」
俺は馬車の後方に乗り込んできた魔獣を盾で叩き落とす。
「あ、あの……僕も攻撃します」
少年が杖を握りしめて、モラクスに魔法を放つと、他の二人も武器を構える。
「おれも……」
エルフの女性が弓を持ってセーレの横に並ぶ。
「こっち来たの対処します」
ドワーフが俺の横にきて、飛びついてきた魔獣に斧を振り下ろす。
「ありがとう。魔法とか攻撃きたら全員俺の後ろに隠れてください」
モラクスとは距離があるため攻撃の頻度は低く、遠距離での攻撃だけ気にしていればいい。その攻撃も盾でガードしていれば被弾は俺一人ですむ範囲だし、馬車にもある程度の防御力が備わっているので、俺以外にはほぼ攻撃は飛ばないはずだ。
モラクスのHPはじりじりと減って行くが、倒すにはかなり時間がかかりそうだ。
「セーレさん、前方に馬車見える!」
「わかりました。進行方向変えるので、しばらく攻撃離れます」
馬車はガタンと、街道から離れて平原を走り始める。舗装されていない道はデコボコで馬車がガタガタと大きく動いて、皆攻撃の手を止めて馬車につかまる。
馬車の進行方向だった街道を見れば、別の馬車は異変に気付いたのかその場に止まる。モラクスや魔獣たちはこちらをそのままこちらを追いかけてきているので、被害は及ばないだろう。
そして、別の馬車を迂回して十分だと判断したところで、再び街道に戻って攻撃を始める。
攻防を続けているうちに、ある程度パターン化されてきて危ない場面はないが、かれこれ一時間は戦っているのではないかという時間に差し掛かってくると、さすがに皆の疲労が色濃い。距離を取りすぎると攻撃が当たらなくなるので、セーレがたまに馬車を操作してつかず離れずの距離を保っている。
「あと、もうちょっとだから頑張ろう」
モラクスのHPは残り5%。
杖から飛んできた赤い稲妻を盾で防ぐとビリビリと腕に痺れが走るが、もう何度も喰らって慣れたものだ。
「ガァアアアッ!」
突如モラクスが咆哮を上げて赤いオーラを纏い、こちらに突進してくる。モラクスの移動速度が上がって、それがぎりぎり馬車の速度より早いようで、じりじりと近づいてくる。
「なんか、やばそう」
「MPある人放出してください! ペネトレイトショット!」
ステータスウィンドウを開いてみないことには、自身のMPは感覚的なものなので、どれだけあるのかイマイチ把握し辛いが各々何らかの遠距離スキルを使い始めると、モラクスのHPの減りが加速していく。
「あ、あれ、自爆のエフェクトと似てるっすよ!」
言われてみれば似ている。多くの自爆は、自爆する際のHP残量によって威力が変わるのだが、残りもう数%と言えども桁違いなHPのレイドの自爆を喰らったらどうなるかなど目に見えている。
「俺が囮になって無敵で……」
馬車から飛び降りようとしたところをセーレに首根っこを掴まれて、引きずり戻される。
「この距離で範囲攻撃なら囮もクソもありません!」
「お、おう」
皆、もうMPがなかろうがディレイ中だろうが関係なしにスキル名を連呼し始める。
モラクスの残りHPは1%。
なんとかいけそうかと思った次の瞬間赤い衝撃波が飛んでくる。
「イージス!」
皆の前に立って盾を構えて叫ぶ。無敵は、本来自分にしかかからないスキルだが、間に入れば範囲スキルでも多少は皆へのダメージを軽減できるかもしれない。
衝撃波がビリビリと空気を振動させて通りすぎていって、モラクスは倒れる。
「皆……大丈夫?」
恐る恐る後ろを振り向けば少年とエルフとドワーフはみっちりと身体を寄せ合って、恐怖にひきつった顔でこくこくと頷いていて、セーレはモカとシオンを庇うように抱きしめていたが、俺の言葉に顔を上げて、それからモラクスの姿を確認してから馬車を止める。
「髪が少し焦げました」
「あっ……セイクリッドヒール」
モカが全体回復をする。俺は特にHPは減っていなかったが少し身体が軽くなった気がする。
「た、倒したぁ……」
シオンは腰が抜けたという風にへたり込んで、モカもその横で尻もちをつく。俺もどっと疲れて、馬車に身体を預けて座り込む。
「少し休憩してから出発しますか?」
一人だけ立っているセーレが皆の様子を見て聞いてくる。
「うん。そうしよう……」
皆ぐったりと、そのうち馬車の上に寝ころび始める者も出てくる。
「オレはちょっとレイドの様子を確認してきますね」
セーレは身軽に馬車を飛び降りて、まだその場に残り続けているモラクスの死体のところに走っていく。レイドは倒しても通常の雑魚より長く、その場に死体が残るようだ。
モラクスの身体はバラバラになって、離れたところに杖を握りしめた腕が落ちている。見ても楽しいものではないので、そちらからは目を背けるが、時折風に乗って焦げた肉や草の臭いが漂ってくる。
「セーレ元気だよな……」
「やっぱあの人、おかしいっすよぉ……」
「あはは……。タフだよねぇ……」
ぐったりとしていると助けた三人がおずおずと話しかけてくる。
「あの、本当にありがとうございました」
「まぁ、通り道だったし見捨てても寝覚めが悪いし……レイド倒すの協力してくれてありがとう」
「は、はい。……ところで、あのセーレさんって方は、ベルセルクのランカーのセーレさんですか?」
「そうっすよー」
「へ、へぇ~……。ああいう感じの人なんだ……もっと怖い人かと思ってた」
セーレの方を見ると、すでにいつもの装備に戻してレイドの周囲を歩いていて、しばらくしてから満足したのかこちらに戻ってくる。
「何か気になることあった?」
「いいえ、普通に倒れているだけでしたね。ストラ……レアなバイオリン落ちていましたが、どなたかいりますか?」
その場の全員が首を横に振る。元からゲーム内で楽器は演奏できるようになっているが、リアル演奏スキルが必要となるので欲しがる人は稀だ。レアだと何が違うかと言われるとよく知らない。きっと音色か見た目くらいだろう。ピアノなら軽く弾ける人間はぼちぼちいるが、バイオリンとなるとまともな音が出るかどうかも怪しいので、レア物でもゲーム内価格はNPCに売却する価格に毛が生えた程度の価格で取引されている。
「では、お金だけ分配しておきますね」
「さんきゅ。さて、そろそろ街に移動するか」
「それでは、馬車動かしますね」
「あのー。この馬車、座り心地はイマイチっすから、ボクの馬車試しません?」
モカがげっそりした顔で言い、セーレは皆の様子を見て頷く。
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