第19話:緑の襲撃者2
セーレがオークにスキルのコンボを叩き込むが、やはりレイドボスなのだろう。HPの減りは緩やかだ。
「二人では時間かかりそうですね。バフスク使えますか?」
「ちょい無敵いれる」
戦いながらアイテムを使うのは非常に困難だ。
「イージス!」
一定時間無敵になるスキルの後にアイテムを使って、インベントリを開いたままにし、いつでも回復POTを使えるようにしておく。
ちらりと門の方を見ると、モッフルはなんとか門にたどり着けていた。他のプレイヤーは誰もいない。
「応援は期待できそうにないな」
幸い動きは大振りで予測しやすいため、防ぐことはそれほど難しくなく、動きは遅いのである程度は防御するまでもなく避けられる。その間に着実にセーレがオークのHPを削っていく。
これならなんとかなりそうだな。と、ハルバードの軌道に集中していると、突如オークが動きを変えて大きく足を振り上げる。
「うわっ!」
どうやら、オークは足で俺を踏みつけようとしたらしい。
俺は、寸でのところで後ろに下がって、踏みつけられるのは避けるもバランスを崩し、その上からハルバードが叩きつけられる。
「いってぇ……」
鎧に守られて怪我はしていないようだが、骨にヒビでも入っていやしないかという痛みが右肩に走り、右手に持っていた剣を取り落とす。
「レオさん!」
「大丈夫、攻撃続けて!」
剣は放置したまま盾で防御に専念する。どっちみち剣で攻撃できる状況でもない。
始めのうちこそ順調に思えたが、途中で受けた一撃が影響して、どうにも動きが鈍くなって攻撃を防ぐことが少々遅れる。
軽くかすった程度でも徐々にダメージは蓄積されていって、回復が追いつかなくなってくる。
オークの攻撃を受け続けていると、全身の骨が軋んで、足は地面にめり込んでいきそうに思える。
「きっついな……」
オークのHPを確かめると、まだ半分近くある。
「グオオオオォッ!」
HPに気を取られていた直後に、オークが雄たけびを上げながら、今までと違った攻撃をしてくる。オークは横に一回転させるように、両手でハルバードを持って、大振りの薙ぎ払い攻撃をしてくる。
俺は防ぎきれずに胴に一撃をくらい弾き飛ばされ、さらにオークの後方にいたセーレにまで攻撃が及ぶ。オークの刃はセーレの脇腹を切り裂いて、そこから鮮血が吹き出す。
「いっ……つぅ……」
「セーレ!!」
セーレのHPは一撃で60%ほどになっている。いくらセーレが強いといっても、クラスの性能の差で俺より受けるダメージが明らかに多い。ゲーム内であれば、まだ余裕のあるラインだが、今はそうもいかない。セーレは眉間に皺を寄せて、左手で脇腹を抑えている。
「下がって、POTで回復して!」
急いで体勢を立て直しながら、セーレに言う。
あの様子では、セーレはもう一度同じ攻撃を受ければ、HPが残っていたとしても動けなくなるだろう。
「いいえ、回復は……」
セーレが、負傷したところを抑えていた手を離して、大剣を両手で握る。
「こうするんです!」
そう言って、オークに斬りかかる。オークに一太刀浴びせるごとにセーレのHPは吸収で回復していき、あっという間に全回復する。
「……タフだな」
メンタルどうなってんだと思いつつも、その姿に勇気づけられて気持ちが少し持ち直す。
しかし、気持ちだけでは戦えない。攻撃を受けた個所が鈍い痛みをもたらして、盾を持ち上げるのすら辛くなってきて、その盾も端が削れて飛び散っていく。
「レオさん。オレがなんとかするから、下がってください」
セーレなら本当にどうにかしてしまうかもしれないが、先ほどの様子を見た後では、そんなことはさせられない。
「いいや、下がらない」
「馬鹿なんですか?」
「お前に言われたくないわ!」
この状況だというのに、ついツッコミを入れてしまった。
もちろん逃げたい気持ちはあるが、逃げる体力がもうなさそうだし、背中を見せたらリーチの長いオークの攻撃を受けかねない。
このペースなら、ぎりぎりセーレが倒してくれるはずだ。
何度目かのオークの攻撃を防いだ時、ふいに身体が軽くなる。
「ベネディクション!」
男性の声でそう聞こえた。
全身の痛みが消えて、疲労感も薄くなる。
「スッチーさん!」
「助太刀します」
現れたのは色即是空のギルドハウスで料理を出してくれたスチュアートというエルフの男性だ。
「範囲あるから、できるだけ離れてください」
「はーい。状態異常あります?」
「それはなさそうです」
「了解です。パーティ入れてください」
「はい」
セーレがスチュアートをパーティーに誘う。
ヒーラーが助太刀に来たとあれば、一気にHPにも心にも余裕ができる。
「グオオオオォッ!!」
オークが吠える。
「ファランクス!」
先ほど、とっさに使うことができなかったパーティー全体防御アップのスキルを使い範囲を凌ぐ。
セーレは、すでに範囲外に退避していて、スチュアートは離れていたので無事だ。
スキルが多少無駄になったが、攻撃を受けずに済むならそれに越したことはない。
時間はかかったが、ドスンと地面に土埃を立てながらオークが倒れて、無事討伐が終わる。
「はぁ~~」
思わず地面に座り込む。
「お疲れ様です」
スチュアートが近寄ってきて片手を軽く上げて挨拶をする。
「加勢ありがとうございます。スチュアートさん」
「はい。卵買いに来た途中で、なんか騒がしいなーって思ってたらウサギさんが走ってきて、戦ってる人を助けてほしいって言ってたので来てみました」
「よくそれで一人できましたね」
他のプレイヤーは誰一人としてこなかったのに。
「まー、とりあえず様子見て、人足りなさそうならギルドから応援呼ぼうかなって感じだったけど、セーレさんいるしいいかなぁ。って……セーレさん何やってるんです?」
セーレはオークの周りをうろうろしている。
「はい。ドロップが落ちていたので拾っています」
セーレが落ちたドロップ品に触れると、一瞬光って消える。
「セーレさんはマイペースですねぇ」
「オレからすればスッチーさんの方がマイペースだと思いますけど……。ドロップ品から推察するに、これは92から95程度のレイドですね。あとで分配しますね」
「あ、私はいいよ~。少しヒールしただけだし。それより、ここ臭いから早く離れよ? 鼻曲がりそう」
エルフの綺麗な顔面で、スチュアートがイーっと顔をしかめる。
「ああ……そういえば、臭いっちゃ臭いですね……。戦ってる間に感覚麻痺したのかな」
そう言って俺は立ち上がる。
門に行くと、先ほど助けたモッフルが出てくる。
「ありがとうございました。ありがとうございました」
と何度も何度もお辞儀をして、お礼を差し出そうとする。
「ドロップあるからいいですよ。それより、あれどこにいたやつですか?」
セーレがモッフルに聞くと、それほどレベルの高くないオークがいる狩場をショートカットしようと抜けた時にひっかけたそうだ。
「まぁ、色々と変わってるってことか……。街道以外は注意して進んだ方がいいな」
「そだねぇ。帰ったら姐さんに報告しておこうかな。それじゃ、私は買い物の途中だからこれでー。またねー」
スチュアートは手を振りながら街の中に消えていく。スチュアートは、話し方や仕草からして、中身は女性なのだろうか。
ギルドハウスに向かいながら、セーレと歩いているとセーレが口を開く。
「レオさん、店に少し寄っていいですか? 先ほど拾ったいらない素材、店に売ります」
「うん。ドロップは何が落ちたの?」
「価値ありそうなのはレシピとイヤリングくらいですね。というわけで、差し上げます」
トレードウィンドウに、クラウ・ソラスという95の剣のレシピと92から装備できるイヤリングの現物が表示される。
「待って、この剣のレシピ10G以上する」
「それくらい知ってますよ」
「じゃあ、なんで確定押してるの!?」
これでは、こちらが何も支払わずに受け取るだけになってしまう。
「うーん……。では、頑張ったご褒美ということで?」
「いやいやいや。売って分配しよう? その剣使うにはまだレベルも足りないし」
「面倒くさい人ですね。いいですか。オレの総資産はT余裕で超えていますし、現状オレが潤うより周りに強くなっていただいた方がメリットは大きいんです。10Gなんて適当なもの売ればすぐできます。なのでOK押してください」
そう言って、昨夜ふざけてやった壁ドンを近くにあった壁でされる。
「お、おう……」
ヴァンピールの瞳は瞳孔が縦になっていて、間近で睨みつけられると怖い。セーレの勢いに押されてOKを押すと、睨んでいたセーレの表情が和らぐ。
「わかればよろしい」
「……ありがとう。でも、やっぱり貰いっぱなしってのもなんだから、俺にできそうなことがあったら言ってほしい」
「でしたら、PvPの練しゅ」
「それはダメ」
セーレが言い終わる前に、言葉を遮る。
「うーん……では、確かここ練兵所に案山子あったはずですから、そこ付き合ってください」
「それくらいなら」
街の外れの方に行くと案山子が置かれたエリアがあて、セーレはひたすら案山子を斬っている。案山子は斬られた後にしばらくすると復活して元通りになっていく。
「楽しい?」
「楽しいかと言われると……微妙です」
「じゃあ、なんで来たの?」
「間合いやスキルディレイの確認などですね。常にウィンドウを開いておくわけにもいきませんし、ディレイは身体で覚えたほうがいいかなと思いまして。さっきはスキル中に攻撃受けてしまったので、硬直時間なども……」
「あー。それなら俺もちょっとやっておこうかな」
俺もセーレから離れたところにある案山子の前に立って、剣を振り始める。
「敵がこう来たらこう……かな。うーん、盾か剣かどっちかになるなぁ……」
スキルの時は勝手に身体が動くからいいのだが、通常攻撃はどうしても自分でやらなければいけない。なんらかの補正があって多少は動けるのだが、今日のような敵相手だとどうしようもなかった。
「それにしても、セーレはタフだよな。あの攻撃受けておいて、戦うの怖くない?」
「次からもっと上手く立ち回ればいいだけだと思いますけど……?」
やはりセーレは他の人と少々違うなと思う。
「そういうものか」
「レオさんこそ嫌にならないんですか?」
「んー、痛いのは嫌だけど……。でも、俺が防御力一番高いし、いざという時は皆守れるようにはしたいから……。備えあれば憂いなしで」
「さっきのは、レオさんが戦う必要はなかったと思いますけど」
「いやー。生き返るって言っても見捨てたら後悔しそうだし……。あの強さは予想外だったけど。それに、俺行かなくてもセーレ行ってたんじゃない? そしたら結局俺も行ってたと思う」
「まぁ、そうですけど、オレより先にレオさんが行ってしまったのは驚きました」
「あはは……」
しばらく二人で黙々と案山子を斬っていると、セーレが声を発する。
「あっ。できた」
「どうかした?」
「はい。スキルなのですが、スキル名を言わなくても、自分で動きを再現すれば使えますね」
「俺にはちょっと何を言っているかわからないです」
通常のゲーム内の時から、セーレは時々常人には理解しかねることを言う。
「では、お見せしますね。これがスキル名を言った場合。アサルトラッシュ!」
セーレが、ずばーんと直線で突進しながら案山子を数体切り裂いていく。
「で、スキルディレイあるのでちょっと待ってくださいね。…………では、いきます」
セーレが今度は無言で、突進して案山子を切り裂いていく。無言だが、スキルのエフェクトは纏っていて、スキル名を言った時と同じ動作になっていた。
「どうですか?」
若干ドヤ顔でセーレが言う。
「うん。すごいけど……、俺には無理かな……」
「いえ、スキルを何度か使っていれば、自然と身体が覚えていくので、できないこともないと思いますよ。ヒールやバフは系統が違うのでなんとも言えませんが……」
「そ、そうかなぁ……」
それから二人で案山子を殴り続けたが、自分の場合は単純な動きのスキルでもスキルの再現は安定せず、実戦で使うには難しそうだ。しかし、知っていて損はないし、それなりに有意義な時間だった。
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