第55話:正体

 正直に言えば、わざわざ記憶を消してもらった彼女の前で能力を使うなんてことはするべきではないのかもしれない。

 それでも俺はそれを理由に誰かが傷つくなんてことをよしとはしたくなかった。もちろん、俺の体だったら、あの程度の飛来物どうってことなかっただろう。


 それなら身を挺して彼女を抱きしめ、全ての攻撃を俺自身が受けるという選択もできたはずだ。だけどしなかった。それはやっぱり、少しでも彼女に俺のことを思い出してもらいたかったという願望があったからかもしれない。


「み、なみくん......?今のは......?」


 後ろで高崎さんの驚いているのが感じ取れた。この場合、後ろを振り返らなくても彼女の顔は驚愕に染まっているに違いない。

 それと同時に目の前の男も声を発した。


「てめえ!何しやがった!?何の能力シンだ?」


「しん?何のことだ?」


「とぼけやがって!!くそっ!」


 男は大きな焦りとともに周囲を見渡すが先ほどのように飛ばせるものがない。正確には先ほど全て飛ばしてしまったため、俺が一つ残らず破砕した。


「く、くるな!」


 俺は後ずさる男を目掛けてゆっくりと近寄る。


「ちっ!このやろう!」


 男はそのまま拳を振りかぶり俺の顔に向かって突き出してきた。

 しかし、その拳が俺の顔に当たった時、鈍い音と共に何かが砕けた音がした。


「三波君!?」


「高崎さん大丈夫だから」


 後ろから再び、俺を心配する高崎さんの声。しかし、それは杞憂に終わる。


「ぎゃあああああ、手があああああ」


 男は俺の殴ったその拳をもう片方の手で押さえながら悶絶している。大方骨でも砕けたんだろう。俺の顔面めちゃくちゃ頑丈だからな。


 そして俺は力を最小限に込め、小突いた。


「ギャッ」


 男はそのまま後ろの壁に激突し、気絶してしまった。なんだか呆気なかったが誰も怪我しなかったんだよかったことにしよう。


「三波君!」


 そして男が気絶してから高崎さんは相変わらず心配そうな声のまま、駆け寄ってくる。


「顔、大丈夫!?」


「あ、えっと大丈夫!」


「ほんと!?」


 高崎さんはよほど心配なのか、振り向いた俺に顔をぐいっと近づけてくる。ち、近い......


「高崎さん!大丈夫だから少し離れて......?」


「あ......ごめん......」


 高崎さんは顔を赤く染め、後ろに下がった。そんなに俺のことを心配してくれるなんて思わず胸が熱くなった。しかし、高崎さんはすぐに顔の熱を引かせるとすぐに真剣な表情になる。


「それで、さっきの三波君のあれはなに?」


「あーえっと......琥珀に少し、特殊な魔術を教えてもらったんだよ!」


「本当......?」


 高崎さんは目を細め、まるで信じていない様子で再度、俺ににじり寄った。


「いやーその......」


「ま、今はそう言うことにしといてあげる」


 俺はその言葉に思わずほっとしてしまう。その様子を見るに魔術を使っていないことは明らかだっただろう。さらに言えば、今頃思い出したが、魔術師は魔力の波動を読み取れるらしい。つまり、今俺が使った力に全くの魔力が篭っていないと言うことはバレバレだったはずなのである。


「だけど、だけど......いつかちゃんと教えてね?今は猫神様に免じて聞かないであげるから」


「あ、ああ......いつかちゃんと教える」


 本当にそれだけだったのだろうか。彼女にも思うことはあったみたいだ。記憶が戻ったのかとも思ったが彼女の態度からそんなことはないのだろう。


 この記憶っていつ戻るんだろう......


「それで、コイツ、どうするの?」


「とりあえず、目を覚ますまで待とう。そんで目を覚ましたらコイツらのことや碧人のことを聞き出そうか」


「ええ、そうしましょ」




「う、ううん......」


「あ、やっと目を覚ました」


「っ!!お、お前ら!!」


 男は起きてすぐ、目の前に俺がいることがわかると後ろに壁があるのにも関わらず後ずさろうとした。


(俺の顔、そんなに怖い?)


 地味にショックを受けた後、俺は男に質問することにした。

 すると男は俺は質問しようとしていることを察したのか、何も話さないと言った様子でそっぽを向いたため、俺が軽く横のコンクリートを拳で砕くと、冷や汗を流しながら「何でも話す」と慌てながら行った。


 その様子に若干高崎さんが引いていたのが心苦しかった。


「それで何が聞きたいんだよ」


「まずはそうだな。お前どうやって現れたんだ?」


「へっ、なんだそんなことか。そりゃあれだ」


 男が顎でクイッと向こう側を指し示す。しかし、そこには何も存在していない。


「あそこに転移陣があるんだよ。文字通り、転移陣間を移動できる代物さ」


「な!?ありえないわ!魔術の形跡もなしにそんなこと!?」


 高崎さんが男の言葉にひどく狼狽し、話を遮った。


「はん、その魔術が何だか知らねえが俺らはただ与えられたものを使ってるだけだ」


 高崎さんはまだ何か言いたそうであったが、とりあえず次の話に進めることにした。


「じゃあ、次。お前らは何もんだ?」


「はん、それは俺のセリフだがな。俺らは強欲の使徒。組織の目的までは俺は下っ端だから知らねえけどな。最近じゃあ、資金集めとかで人を襲ってたりしてるな、へへ」


(使徒......?使徒って、俺のあれと何か関係があるのか......?)


 使徒といえば、俺があの日入った不思議な門で聞いた言葉だ。使徒候補。それが俺の今の立場らしい。でもこいつらは使徒を名乗っている。つまり、こいつらもあの門を潜ったのだろうか。一度にいろんな疑問が俺に襲いかかる。


「三波君?大丈夫?」


「え?ああ、大丈夫......」


 そんな俺は高崎さんに肩を揺すられ、現実に引き戻された。ダメだ、ボーッと考えていたようだ。高崎さんが心配そうな顔でこちらを見ている。


「そんでお前らのその力ってのは......」


 あの門の向こうで手に入れたものか?俺がそう聞く前に目の前の男は先に答えた。


「はん、この力は勝手に出来たものさ」


「......どういうことだ?」


「その言葉の通りさ。気づいたらできるようになってたんだ。そんでそんな人を組織が集めていて俺にも声が掛かったってわけだ」


(気づいたらってことは、俺とは違うのか?使徒っていうのは偶然?いや、このことは後で考えよう)


 俺は首を振り、質問を続ける。


「じゃあ、最後。お前、碧人を知っているよな?」


 俺は一番知りたかったことを最後に聞いた。

 この男は一度碧人のマンションで見ている。そしてなぜか知らないが碧人を探しているようだった。知らないとは言わせない。


「はーん?なるほど?お前らもあいつを追ってるのか」


「それで?お前の知ってること話せよ」


 俺はついつい口調が激しくなってしまった。やはり男が親友である碧人のことを知っている風だったからだろう。俺は分かっていたはずなのに動揺してしまっていた。


「わあったよ。あいつは、元俺たちの仲間さ。ただ途中で抜けやがったけどな。だから見つけて始末してやるんだっておい!なんだよ!やめてくれ!」


 俺は気づいたら男の胸ぐらを掴みかかっていた。そして男をそのまま宙に浮かせる。


「お前らと碧人を一緒にすんな」


「三波君!」


 俺はまたもや高崎さんの一言で我に帰り、男を掴む手を話した。急に手を離したことにより男はその場に尻餅を強くつき、咽せた。


「ケホッケホッ」


「ごめん、高崎さん」


「ううん、篠山君のこと心配だもんね、当然よ」


「ぐあああああああ」


 しかし、俺が高崎さんの方へ振り返っている時に異変が生じる。男が急に苦しみだしたのだ。


「な、なに!?」


「くそ!一体どうしたんだ!?」


 男はそのまま喉を苦しそうに押さえ、悶えている。俺は暴れる男を無理やり押さえ、高崎さんに治癒魔術を使うように依頼した。


「な、なんで?」


「ああああああ、どうしてですかあああああ」


 高崎さんの手から淡い光が放出され男を包むが男は依然として苦しみ悶えている。


「拒絶される......」


 そして高崎さんがそう言うと同時に光がまるで弾かれたかのように拡散した。そして周囲が一瞬その光で明るくなり、目を瞑って開けたときには男は目を見開いたまま息絶えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネビュラの使徒 mty @light1534

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ