第45話:戦いの後に待つもの
新の心はあの門を、試練を越える前と越えた後で大きく異なっている。あの強烈な体験をもってして、元より優しい人格が損なわれなかったことは奇跡といっていいのかもしれない。しかし、優しさと同時に本来持つはずのなかった感情まで新には加わってしまった。
目の前を倒れる化け物を見下ろし、新は小さくため息をついた。初めて人を殺した。ショックと言えばショックなのだが、実際はそこまで新の心を乱すということはなかった。あまりいい気分とは言えなかったが、その殺した相手が、人の形をしていなかったことがせめてもの救いだったかもしれない。
この行為は必要だった。それは真白たちを守るためにしたこと。自分の中で殺人を正当化させるつもりはないが、そう割り切れてしまった。
自分の中の心の変化に気づき、少し戸惑ったが、それもすぐになくなってしまった。
本当の自分とは一体どんな自分だったのだろうか。
奇しくも、頭の中により鮮烈に残るその言葉が新の心を掴んで離さなかった。
新は目を伏せ、先ほどまで敵対していた人物に対し、軽く黙祷を行った。
「はあ......」
もう一度、小さなため息をしたことで一度自分の感情に区切りをつけ、振り返った。
そこには、安心したような瞳で、だけど心配そうな眼差しでこちらを見つめる真白が立っていた。
もしかしたら、自分が人を殺したということに頭を悩ませていると思われたのかもしれない。それならそれで好都合だった。今の自分の感情は誰にも打ち明けられそうにない。
「新君!」
服は汚れ、顔にも少しの土が付いている。その様子になっても美しい少女はそのまま真っ直ぐにこちらを見据え、胸に飛び込んで来た。
突然のことに破顔したまま、彼女を抱きとめた。
先ほどまで冷静に物事を考えていた新だったが、今は目の前の少女のことで頭がいっぱいになるのが分かった。
ああ。生きていてよかった。ちゃんと真白が生きていることを実感した新は無意識のうちに力強く、真白を抱き寄せた。
「ごめんね......」
第一声は謝罪だった。
何に対するごめんだろう。新は真白が何に対して謝まっているのか全然わからなかった。今、戦わせてしまったことに対する謝罪だろうか。だとすれば、それはお門違いというものだ。それは新が自分の都合で勝手にしたこと。真白が謝る理由などどこにもないのだ。
「あの時、信じてれあげられなくてごめん」
お門違いな考えをしていたのは自分の方だったようだ。あの時というのは今日。正確には昨日の公園での出来事だ。自分の話を聞かず、一方的に攻め立てたことだろう。
「俺も遅くなってごめん......」
ここで新も謝る必要は全くないのだが、自分が遅れたせいで真白は死にそうになっていた。それだけで新の謝る理由としては十分だった。
「ううん、また、新君に助けてもらっちゃった」
そういえば、いつの間にか下の名前で呼ばれてるな。俺も下の名前で呼んだ方がいいのか。うーん。
そしてしばらく、真白の感触を堪能した新は、凛が遅れてやって来たことにより、名残惜しくも彼女を自分の腕の中から解放した。
凛がやって来たことで急に自分たちが抱きしめ合っていることを思い出した新は急に気恥ずかしさを覚え、顔を紅潮させた。
真白もきっと同じ思いだっただろう。彼女の顔を見ることはできなかったが、その耳は真っ赤だった。
そして彼女を離す途中、小さく「あっ」と声が聞こえたが気のせいだと思うことにした。
「三波君、改めて協会を代表して礼を言う。ありがとう」
「いや、俺は自分の都合で勝手に入って来ただけですから。その......遅くなってすみませんでした」
「ふふ、君はまるでヒーローみたいだな。君の方がよっぽど厨二染みているのではないか?」
微笑みながらもいつかのやり返しと言わんばかりの言葉が新に突き刺さった。
そんな返答に新は「ははっ」と愛想笑いをすることしかできなかった。
「それで、彼は、相良は完全に......?」
「ええ、生物としての機能は完全に停止していると思います。そんな攻撃をしました」
「そうか......この死体は協会が引き取っても?」
「ええ、構いません」
一体こんな化け物の死体を引き取ってどうするんだろう?と疑問に思うこともあったが、なんとなく嫌な想像しかできなかったので、口を噤んだ。
そもそも通常のオウムなら息絶えた後には、粒子となるはずだが、未だ遺体は残っている。死んでいないということは確実にない。そう断言できる。
そう思っていた時、その死体が淡く光始めた。まさか、オウム同様粒子となって消えてしまうのか。今、凛としたやりとりが無駄になるなあと思っていたら、その姿は元の相良へと戻ってしまった。
見たくないものを見てしまった。やはり、自分は人を殺したんだなと再度自覚しつつも、目を逸らすことはしなかった。
「うっ......」
突然人の姿を戻した相良に、真白は思わず目を伏せた。やはり、魔術師と言っても人の死を直接見ることはそうそうないのだろうか。
「協会に連絡して、要員を呼んでもらおう。流石にこの人数を背負って帰るのは勘弁させてもらいたいのでね」
「そうですね......」
凛の視線の先には、その他の生徒会のメンバーがいた。その姿は未だに眠っているようだ。
とそこへ琥珀がこちらに寄って来て、首で新にしゃがむように指示して来た。最初は意味が分からなかった新も内緒話がしたいがための指示だということに気がついた。
〈それで、お主この後どうする気じゃ?〉
琥珀は真白たちに聞かれないように小さな声で話しかけた。
「どうって......」
何も考えてなかった。
とりあえず真白たちが危険ということを聞いて文字通り、飛んでやって来たのでその後のことなんか一切考えてなかった。
〈今回の件は、明らかに協会の本部も無視することのできないことじゃ。教団の関係者が2年振りに姿を見せた〉
教団の関係者と言われても、魔術協会側の世情に疎い、新にとってはなんのことを言っているのかはまるでわからなかった。推測の域をでないが、先ほど戦った非常勤講師が協会と敵対した危険な組織の一員か何かなんだろうと自己解釈した。
そもそも、この猫はあの山に祀られていた、もとい、封印されていたはずだ。新がその封印を壊すまで一切あの場所から外に出ていないはずである。それにも関わらず、なんでこんなに魔術師事情に詳しいかも疑問だった。
そして琥珀は目の前の新の懐疑心を知ってか知らずしてか、続ける。
〈これだけでも異常事態だというのにそんな危険な人物をあっさりと倒してしまった奴がおる。しかも、そいつは魔術師協会とは全くの無縁で魔術も使えないよくわからん存在。こやつの存在がどれだけ協会にとって危険視されるか、アホのお主でもわかるじゃろ?〉
アホと言われたことに少し、カチンとはきたが話の腰を折ることはしなかった。
「確かに......でもそれは、会長や高崎さんが口添えしてくれれば大丈夫だろ?」
〈そう簡単な問題でもない気がするがの......そもそも彼女らは組織の末端の構成員に過ぎぬのじゃ。上が決めた決定に逆らえるとは思えん〉
正直、笑えない。命がけで助けたのにも関わらず、その協会から敵視されるなど冗談にしたって笑えない。もちろん、真白たちを助けたことに一切の後悔もないのだが。
とりあえず、相良の前で話している二人に自分の処遇を聞こうとした時だった。
『候補者同士の接触を確認。これより第二試練を開始します』
無情にもそんなアナウンスが頭の中に響き渡った。
そして目の前の二人と相良の間に大きな爆発にも似た衝撃が広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます