第36話:急襲

真白の様子がおかしい。

支部に集まって第一に思ったことはそのことだった。

なんだかいつもより、少し...いや、かなりだ。目に見えて元気がない。

彼女の目元を見ると泣きはらした跡が見られた。何かあったのだろうか。いつもなら軽く聞けるところ、今はそれどころではなかった。


「急に集まってもらって済まない」


「支部長、それはいつものこと。前置きはいいので話してくれますか?」


私たち、相良さんを含む7名は緊急事態との通報を受けて至急、集められていた。


「神楽山にオウムが現れた。それも上位種が3体だ」


「なっ!?3体もですか!?」


いつもなら冷静な誠が驚きの声をあげた。彼だけではない。ここにいる皆が今驚愕に包まれている。


上位種というのは、上級魔術師単体でも倒すことが難しい魔力量を持つ個体だ。それが3体というのはかなり厳しい状況だ。しかも集団で現れることなど滅多にないと言っていい。

今、この場にいる上級魔術師は私と八代の2名。

相良さんはさらにその上の階級である準特級の魔術師である。


この3名を除く他のメンバーは一級魔術師にあたる。

準特級の相良さんがいれば、安心と思うかもしれないが彼は攻撃系統の魔術がそこまで得意ではないのだ。補助系統の魔術が得意でその腕で準特級まで上り詰めた人だ。それでも上級魔術師くらいの攻撃力は持っているのだが。


「状況は切迫している。と言ってもなぜか奴らは出現した地点から動こうとしないのだ」


「それは、もしかして誘われているということか?」


「そうとも取れる。まるで私たち協会の人間を待っているようだ」


八代と支部長の言葉に警戒が高まる。


「これは...罠だな」


「ああ、十中八九そうだろうね」


そう、これは教団の連中が明らかに何かこちらに仕掛けてきている。

オウムが移動せず、その場に留まり続けるなど普通はありえない。

なんらかの外的要因が働いているとしか思えない。


「どうするんすか?様子見っすか?」


「オウムが発生しているのに放っておくわけにはいかないだろう」


私より下の世代は教団というものを深く知らない。やつらの思惑は不明だが、その誘いに乗らずとも何かを仕掛けてくるのは明白だ。放っておいたからといって奴らが帰ることはない。やつらはそんな生易しい連中ではないだから。


あの、2年前のが思い出される。奴らのことを知らない。ただ、それはそれで幸運なことかもしれない。


「では、こうしましょう。私、音坂さん、八代君。班をこの3つに分けます。一番強そうなのは私の班が引き受けましょう。それ以外の2体を音坂さんと八代君の班で対処してください。班分けは、そうですね。私の班に佐之さんと中城君。その他の班は音坂さんと吉岡君、八代君と高崎さんでいきましょう」


相良さんが眼鏡を中指で直しながら提案した。


「ええ、異論はありません。一級魔術師とはいえ、いのりも悠馬も上位のオウムと戦うのは初めてだろう。相良さんのサポートをよろしく頼む」


「「はい!」」


「ちょっと待ったあああ!」


そこへ突然、会議室の扉が開かれ、赤い髪をした女の子が乱入してきた。


「な!?深春!?」


思わず、私は声をあげてしまった。そうそこに現れたのは、今まで西部の支部に所属していた筒井深春つついみはるという少女だった。


「こうちゃん、ひさしぶりーーー!」


「ああ、深春!久しぶりだ!」


そうやって彼女は八代に抱きついた。彼もその突然の抱擁に何も戸惑うことなく、受け止めた。


彼女、深春は八代にゾッコンである。周りの目など気にせず会えばすぐにこうやって抱きつきに行く。


「あ、凛さんもお久しぶりでーす」


「あ、ああ。久しぶりだな」


彼女が来ただけでかなり騒がしくなった気がする。


「会長、このやかましいお方はどちら様ですか??」


「た、確かに。八代さんとの関係が気になるっす」


いのりが軽く毒を吐きながらも聞いてくる。悠馬も彼女が気になるようだ。詳しくは彼女と八代の関係か。


「彼女は筒井深春。八代や真白と同世代の魔術師だよ。去年まではうちの支部にいたんだけどね。事情があって別の支部の所属になっていたんだ。しかし、支部長。彼女がここにいるということは...」


「ああ、そうだ。彼女は今日からこちらの支部の所属になる。だから彼女を先ほどのどこかの班にいれてやってくれ」


「そんなのもちろん!こうちゃんと同じ班に決まってるわ!」


ああ、彼女なら絶対にそういうと思った。


「よろしくね、ましろん?」


彼女は真白に対し、意地の悪い笑みを浮かべている。彼女は真白を敵視しているのだ。なぜなら八代が時折彼女をパートナーではなく、女性として見ているふしがあるからだ。意中の男性が別の女性を見ているというのは本人にとっては面白いものではないだろう。

真白は八代からの好意には気づいていないようだが。


その笑みを浮かべられた当の本人は全く反応を見せようとしない。


「...」


「ちょっと、聞いてるの!?」


「え?あ、ごめん。もう一度言ってくれる?」


真白は決して煽っているわけではない。心ここにあらずと言った調子なのだ。


「ふん、もういいわ!なんか調子狂うなぁ...」


いつもの調子と違う真白の様子に深春は諦めてしまった。


「その辺でいいかね...?今から神楽山に向かってもらう。目標はオウムの殲滅と教団の関係者に思しき人物の特定だ。十分に気をつけてことに当たってくれ!」


「はい!!」


支部長は呆れながらも私たちに任務を言い渡した。

そして私たちは装備を整えるために調整室に移動した。


調整室は更衣室も兼ねているため、女子と男子で分けられている。

私たちは女子組は深春以外、制服で支部まで来ていたため、それぞれ戦闘着に着替えた。

この戦闘着はダメージをある程度吸収してくれる魔術が施されており、破れたりしても元に戻るように形状を記憶している特殊な繊維でできている優れものだ。


私は横で着替える、真白を見つめていた。その細い曲線美はどこか折れてしまいそうな儚さを持っている。


「真白、出撃前に言うのもなんだが、何かあったのかい?」


「.....」


「言いたくないならこれ以上聞かないが...。一つ言っておく。今の調子では怪我をするぞ?もしかしたらそれだけでは済まないかもしれない」


「...すみません。切り替えます」


彼女は私の言葉にハッと目を見開いた。

本当に大丈夫だといいんだが。


「むむむぅ。なんだか空気が重苦しいです」


いのりはこの空気に耐えられずに何か呻いていた。


3人で着替えを終えると調整室を後にした。


「みなさん、遅いですよ?」


深春は調整室には入らず、待機室で待っていたようだ。


「済まない。準備に手間取ってね。男子は...もういるみたいだね。では準備も整ったことだ。行こうか」


私たち7人はそれぞれ身体強化を行い、協会の屋上から飛び去った。


しばらくすると神楽山が見えて来た。


「神楽山に入ったら、私がさきがけを務めます。その後、中腹まで登ったらそれぞれ班ごとに散開しましょう」


準特級魔術師である相良さんが指揮する。

そして神楽山に入山した。


「!?」


「これは...」


「なんすか、この重厚な魔力は...」


これほど強い魔力にも関わらず、街に魔力が漏れていない。それは敵がこの神楽山を限定して結界を張っているからだろう。

それにしてもこれほどまでの魔力の波動。上位種でもかなり手強い相手になりそうだ。


体にこべりつくような濃密な魔力をその身に背負いながら、山道を掻き分けて行く。もうすぐ中腹だ。


「では、先ほどの取り決めの通り、3班に別れましょう。私たちは一番波動の強い、山頂付近の方に向かいます」


「では俺たちは、本殿側、左翼に回ります」


「私たちは右翼というわけだな。承った」


私は誠に目配せを行う。彼はそれに気づいたのか静かに頷いた。

そして私はもう一人の方に視線を向ける。

真白は、先ほどとは違い、目の前の任務に集中してそうだ。これなら職務を全うできるだろう。


「ふん、こうちゃんと一緒にオウムなんかすぐに倒してみせるわ!」


「油断は禁物だぞ、深春?」


「これは油断ではなく、自信ですよ、凛さん。それにこうちゃんと私のコンビネーションにかかれば余裕よ!」


「ええ、そうですよ会長。俺と深春、そして真白がいればどんな敵も相手じゃありません」


ああ、心配になってくる。確かに彼は私と同じ上級魔術師としての資格を持っている。実力も申し分ない。私も単純な力比べであれば彼に勝つことはできないだろう。それに神器を解放した状態の彼は間違いなく同世代で最強だ。


だがどこか彼は少々驕りがあるような気がしてならない。それに深春の存在も気がかりだ。今の真白が彼たちと一緒で問題ないか本当に心配になってくる。

真白をこちらの班にいれるか?いや、もうそんな議論をしている暇はない。


致し方あるまい。


「ではみなさん、よろしいですか?かなりの強敵だと予想されます。命の危険もあります。十分に気をつけてください。散開!」


相良さんの号令により、私たちはそれぞれ3手に別れ、それぞれの敵の方向へ向かった。



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