第23話:未知

誰も彼も俺のことなどまるで理解していない。


昔から俺は誰よりも優れた存在だった。そんな俺を周りの人間はまるで神でも扱うかのように接してきた。そして俺自身もそんな人間たちの期待に応えるような行動をしていた。

それは皆が望む理想の俺を只々、演じているだけに過ぎない。


友も恋人も両親でさえも、周りが作り上げた俺と言う存在を崇め、褒め称えている。

そこに俺の真意などない。

本当の俺はこんなことをしたいのではない。


そんな俺を見て両親は言う。「あなたは自慢の息子よ」

恋人は言う。「あなたを愛しているわ」

友は言う。「お前と親友で本当によかった」

どれも全てまやかしだ。

俺は、自慢の息子でもなければ、誰も愛していない。親友など存在しない。


結局全て上部だけなのだ。

俺が昔からいくら人を殺そうともそんなは虚像の下に全てに隠れてしまう。俺がそんなことをしたとは誰も思わないのだ。

人を殺す瞬間だけが俺の心を一時的に満たしてくれる。


空虚な人生だ。そんな人生を今日も俺は退屈に生きている。

そう今日までは。そして俺に転機は訪れる。

俺の心を満たしてくれるような何かがそこにはあるような気がした。



家に現れた謎の門をくぐるとそこはまるで絵物語から飛び出したような美しい世界だった。

だがそんな不思議な世界は俺を追い詰める。小さな悪鬼が俺を殺そうとし、ナイフを振り回してくる。

数度体を切られ、刺されたりもした。傷口からは血が溢れている。俺は笑った。そして生まれてからおおよそ感じることのなかった生を久方ぶりに実感することができた。


楽しくて仕方なかった。普通の人間なら発狂するであろう受け止めきれない現実も俺は全て信じることができる。

俺が、今ここにいる現実こそが全て真実なのだと。


そうして楽しい日々を数日、その空間で過ごすことにはなったが、何事にも終わりは来るものだ。



目の前には醜く汚い豚のような生物だったものが横たえていた。元から醜かったその姿は血だらけで、もはや原型を止めてはいなかった。


なんだ、これで終わりかつまらない。結局は初めの方だけだった。ここにいるモンスターというべき、生物たちは初めこそ俺に刺激を与えてくれていたが、どれも俺を満たしてくれる存在にはなりきれなかった。

やはり、人間がいい。感情のない生物を殺してもつまらない。


『第一試練の終了を確認。』


門をくぐった時と同じ抑揚のないアナウンスが響く。


『体組織の再構成を開始します。』


「ぐっ...。」


おびただしい痛みが全身を駆け巡る。しかしこの痛みは不思議と心地よく、自分を新たな存在へと進化させてくれるという確信があった。


『再構成の完了を確認。万物への干渉の権限を容認。*****を正式に候補者の一人に選定します。』


アナウンスは続く。


『称号を付与。称号:天璇てんせんを取得。同期しています。』


『...。...。...。』


『同期が完了しました。第二試練に移行します。座標を確認。これより転送を開始します。』


なんだ。もう終わりなのか。結局この世界もダメだったか。

生まれ変わった俺がどんなことができるか試して見たかったんだがな。

力がみなぎって仕方がない。

次はどこに飛ばされるのか。どこでもいい。早くしてくれ。



目を開けるとそこは、門をくぐる前にいた自分の部屋だった。

なんだ戻ってきたのか。つまらない。


いや、そうでもないか。この新しい体があれば、新しい力があれば、もしかしたらこのつまらない世界でももっと楽しくすることができるかもしれない。


思わず笑みがこぼれた。いつもの笑みではない、心からの笑いだ。ダメだ、止まらない。


「くふ、ふふふふ。」


さあ、まずは何をしようか。

とりあえずは眠い。一度寝てから考えるとするか。


ピンポーン。


チャイムがなる。

なんだ、寝ようと思っていた時に、邪魔しやがって。まあいい。今の俺は気分がいい。


ドアを開けるとそこには女性がいた。


「あ、いるじゃない!昨日の夜から連絡取れないから心配してたんだよ!中入らせてもらうね!」


あー。そういえば約束をしていた気がする。

面倒だな。今の気分が台無しだ。


「もう聞いてるの!?」


うるさいな。邪魔だよ。




「え!?ちょっ!?」


俺は女の唇を貪った。


「んっ....」


扇情的な声が木霊する。

今はただ、性欲の赴くままに女を抱くことにしよう。

普段こんなに大胆なことをしないので女は驚いていたようだったが、次第にその甘美な喜びに身を落としていった。



「ふぁぁ」


眠たくて仕方ない。横には女が生まれたままの姿で寝ている。

あの瞬間、殺しへの衝動が走ったがどうにか抑えることができた。

今はまだその時ではない。今はまだ、いい自分を演じていよう。


俺は目を閉じ、目が覚めたら迎えるであろう素晴らしい日々を想像しながら眠りに落ちた。



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