8章 にゅうめん乱用防止キャンペーン

にゅうめん乱用防止キャンペーン(1)

「私をここから出してください」

 どこか真っ暗な場所から三輪さんがにゅうめんマンに訴えた。周りにはほとんど何もなくて、暗いだけの空間が広がっていた。

「……僕はどうすればいいんですか」

「助けてほしいんです」

 にゅうめんマンは三輪さんに歩み寄ろうとした。でも、なぜかうまく先へ進めなくて、すぐ近くにいるはずの相手の所までたどり着けなかった。自分も悲しい気持ちになった。


   *   *   *


そこで目が覚めた。野原の松の林の陰の小さな瓦葺きの自宅で、にゅうめんマンは眠っていたのだった。

「夢か」

 三輪さんの夢を見るのは普段からそのことを考えているからだ。だが、こういう夢を見る原因はそれだけではないと、にゅうめんマンは感じていた。しばらく前のことになるが、宗教法人六地蔵の副管長と話して以来、あの人物の持つ暗く重苦しいニューメニティが、にゅうめんマンの心に影響を及ぼしていた。


三輪さんを連れ帰ることに失敗したにゅうめんマンはしょげかえり、それ以来、完全にやる気をなくしていた。だが、シャカムニとの契約により市民の平和を守る義務があるので、その務めを申し訳程度にこなしつつ、悲しみをまぎらすために、にゅうめんにおぼれる毎日を送っていた。この日も相変わらず意気消沈していたが、にゅうめんマンは腹ごしらえをしてから街の様子を見に出かけた。


   *   *   *


街へやって来たにゅうめんマンは、六地蔵の坊主たちが行列を組んで街を行進し、悪趣味な踊りを踊って、市民をいじめている現場に出くわした。


そしてすぐに、坊主たちの身に起こっている異変に気がついた。坊主たちの頭が坊主頭ではなくなっていたのだ。これまではツルツルにそっていたのに、みんな髪を伸ばして、七三に分けたり、長髪にしたり、すだれにしたり、辮髪(べんぱつ)にしたり、七色に染めたりして、思い思いのヘアスタイルをエンジョイしていた。


だが、にゅうめんマンはそんなことには興味がなかった。特に髪のことには触れず、行列を解散して街を出て行くよう、行列を率(ひき)いる先頭の坊主に、もとい七三分けの信者に警告した。


「またやってるのか。市民に迷惑をかけるのはやめてもう帰れよ……」

「おう、おう、おう。威勢が悪いじゃねえか。元気だけが取り柄のにゅうめんマンがどうしたんだ。そんなことで俺たちを止められると思ってるのか。あぁん?」

「いいから帰れって。街を行進するよりも、家(?)に帰ってポケモンでもしてる方が楽だし楽しいだろ」

「嫌だね。俺はポケモンよりも囲碁(いご)の方が好きなんだ」

「囲碁でも何でもいい。いっつもやられてるんだから、また痛い目に合う前に引き上げたらどうだ」

「俺たちのプライドがそれを許さない」

「そうかい――」


にゅうめんマンは七三分けの坊主との会話を切り上げて、そばの床屋に入った。どうするのかと思ったらバリカンを借りてすぐに戻って来た。

「どうしても嫌だと言うなら、こうしてやる!」

 見せしめのために、にゅうめんマンは坊主の頭を捕まえ、髪の毛の7割をバリカンで刈り取って、ゼロ三分けにした。これを見た他の坊主たちはショックを受けてパニックにおちいった。

「何てことを!せっかく管長が髪を伸ばすことを推奨し始めて、多様なヘアスタイルを楽しめるようになったのに」

「退散だ!撤退するのは屈辱的だが、髪を守るためにはやむをえん!」


そうして坊主たちは1人残らず逃げ出した。にゅうめんマンも床屋にバリカンを返し

《今日の仕事はこれで終わりでいいかな……》

 と帰途についた。


家に帰ると、まだ日も高いのに、敷きっぱなしの布団に横になった。

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