3章 にゅうめんマンの過去
にゅうめんマンの過去(1)
数日後、約束通りにゅうめんをご馳走してもらえることになり、にゅうめんマンは三輪さんが一人暮らししているアパートへ招かれた。だが、にゅうめんマンが喜び勇んで三輪さんの部屋を訪ねると、思いがけず先客がいた。見たところ三輪さんと同じくらいの年頃の、茶髪の女の人だ。まさに両手に花の状況だが、にゅうめんマンとしては三輪さんと2人で親密ににゅうめんをすすりたかった気持ちもあり、喜ぶべきかどうかは極めて微妙な問題だった。
「はじめまして。平群(へぐり)です」
にゅうめんマンが部屋へ入ると、食事の準備を手伝っていたらしいその女があいさつした。
「あなたがにゅうめんマン?」
「そうです。平群さんは三輪さんのお友達ですか」
「そういうわけでもないんだけど」
「え。違うの?」
そこで三輪さんが平群さんに代わって説明した。
「平群さんはこの間用事でうちの研究室へいらしたんですが、そこで私と会って、にゅうめんマンさんの話になったんです。ほら、にゅうめんマンさんはこの間ちょっとしたニュースになったでしょう」
「僕はニュースになってたんですか」
本人の知らない間に、にゅうめんマンは、悪党としりとりをして負けそうになってごまかしたヒーローとして地元で話題になっていた。
「そのとき平群さんに、にゅうめんマンさんににゅうめんをふるまう話をしたんです。そしたら平群さんもぜひ一緒に食べたいというので、来てもらいもらいました」
「なるほど。平群さんも三輪さんの手作りにゅうめんが食べたかったんですね。そりゃあ三輪さんみたいなきれいで優しい人がにゅうめんを作ってくれるなら食べたくもなりますよね」
「いや、きれいで優しいとかは別にいいんだけど……」
* * *
にゅうめんは間もなくできあがった。夏であるにもかかわらず、ダイニングテーブルで湯気を立てているにゅうめんを見ると、にゅうめんマンの食欲は俄然高まった。
「すごくおいしそうですね」
「うん。おいしそう」
「口に合うといいんですけど。ともかく伸びないうちに食べましょう」
「そうですね。いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
にゅうめんマンは器の前で手を合わせ、さっと七味を振ってから、うやうやしくにゅうめんに箸をつけた。そして、芸術作品を鑑賞するかようにめんをすすり、具を噛みしめ、汁をすすった。そして急に箸の動きを止めた。不思議に思った三輪さんがたずねた。
「どうしたんですか」
「……なんてうまさだ」
にゅうめんマンは、にゅうめんの優れた出来栄えに味に心を打たれていたのだった。
「干し椎茸と合わせたあごだし、絶妙な硬さのめん、バランスの取れた具材の取り合わせ、上品に添えられた薬味。ついでに言うと、季節を意識したキキョウの柄の清水焼の器。……個性的で、非の打ち所がないほどうまい」
「そんなに気に入ってもらえましたか」
「ええ。料理が趣味というのは伊達(だて)ではありませんね」
にゅうめんマンの言葉は料理人を満足させたらしく、三輪さんは得意そうな顔をした。
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