第88話 瞳の光

「ほお……」

 少彦那すくなひこなの感嘆した呟きが響く。その理由は、彼の目下にある。

「ぐ、ぐぁ……」

 杖の圧力から逃れようと抗う阿曽の瞳が苛烈に輝いた。赤ではなく、目の覚めるような黄色に。

 光に応じるかのように、徐々に阿曽の体が杖を押し返す。少彦那も想定外だったのか、力を加えるも効果は薄い。

「あ……あぁ」

「これはこれは……。噂は真実だった、ということか」

 何処か、こうなることを予想していたような声色で呟く少彦那。震えながら杖が押し返され、そして勢いよく阿曽はそこから離れるために後ろへ跳んだ。

「はぁはぁ……はぁ。何だ、これ」

「それが、お前の真の力の表れだということだろう?」

「これ、が……」

 阿曽は両手を広げてじっと見る。視界がより明瞭になり、自分の体が黄色く光って消えるのは気のせいではないらしい。

 彼自身からは見ることが出来ないが、温羅たちにはわかった。阿曽の瞳の黄色がより鮮やかに輝いたことを。

「あれは、あの時の」

「阿曽の闘気の色が、黄だということだね」

「……全てに降り注ぐ、日の光の色みたいだ」

 留玉とめたまの策略に嵌まり、自我を失った時のことを三人は思い出した。あの時、窮地を救ったのは阿曽の持つ日月剣から放たれた光ではなかったか。その色は、今思えばこのような温かな色だった。

「くっ」

 阿曽は日月剣を握り締め、呼吸を安定させた。何故か、緊張が和らいで落ち着いている自分がいる。

 真っ直ぐに目を向ければ、少彦那がこちらを見返した。その唇が弓なりになっている。そして、二文字分動く。

(『来い』か。勿論、行かせてもらう)

 日月剣が力をくれる。お前ならいける、いかなくてはならないと背を押す。まるで、須佐男たちが背を押してくれているかのように。そして、日子ひるこが傍にいてくれるかのように。

 おごってはならない。呑み込まれてはならない。しかし、自分のものとしなくてはならないことだけはわかっている。

「だああああぁぁぁっ」

 阿曽が地を蹴る。金に近い黄の力をまとい、剣と共に駆け出す。少彦那は危機を感じ、杖で結界を構築した。

 足を前に出すごとに、体が軽くなっていく。その分足の運びが速くなり、阿曽は高く跳び上がった。そして、心の奥から浮かび上がった言葉を叫んだ。

「――日伝ひのつたえ陽蓮乱舞ようれんらんぶ!」

 一閃。そこに黄の衝撃波が生まれ、少彦那の結界を切り刻む。刻まれた欠片は花びらのように舞い、弾けて消えた。

「ぐっ」

 少彦那は結界を斬っても尚残る波動に襲われ、身を固くした。容赦なく襲い掛かった剣技は、少彦那の衣の一部を裂き、髪を一房切り取った。

 剣撃により生まれた風に吹きつけられ、少彦那は足を踏み締めた。そして風が止んだ後、阿曽が自分に背を向けて剣を握り立ち尽くしているのを見付ける。

「父から受け継いだ力、それをものにしつつあるようだな。日子の息子、阿曽」

「少彦那さん……。あなたはそのことまで」

「確証はなかったがね。お前の見せてくれた技を見て、そうなんだと確信したに過ぎない」

 側頭部から流れる血を手の甲で拭い、少彦那は微笑んだ。先程の剣技を受けた際、躱し切れなかった攻撃の一部がかすったのだ。

「少彦那さん、その怪我……」

「お前はわしよりも、自分の心配をした方が良い」

「え? ……あ、あれ?」

 かくん。急に足に力が入らなくなり、阿曽はその場に座り込んでしまった。立ち上がろうにも、それすら出来ない。

「真の力を体が受け止め切れていないのだろう。徐々に慣れて行けばいい」

「で、でも……」

「合格だ。安心していいぞ」

「へ……?」

 ぽかん、と阿曽は少彦那を見上げた。彼が何を言ったのか、頭で理解出来ていないという顔だ。しかし阿曽は理解出来なくても。仲間たちには少彦那の言葉の意味が十分に伝わった。

 大蛇と須佐男、そして温羅がお互いの顔を見合って笑う。三人は走って来て、阿曽を囲んだ。

「よかったな、阿曽」

「ああ。これで、残るはオレ一人か」

「阿曽、よくやったな。……阿曽?」

「……」

 頭を撫でられ、大切な仲間たちの喜びの声を聞いて、阿曽は意識を手放した。その体を、温羅が受け止め苦笑を漏らす。

「ふふ。寝たみたい、だね」

「安心したんだろ、少彦那に認められて」

「だね。頑張ったね、阿曽」

 須佐男と大蛇も阿曽の顔を覗き込み、微笑んだ。

 いつの間にか、阿曽の黄色の輝きは消えている。瞳の色を確認することは出来ないが、おそらくもとの赤色に戻っているのだろう。

 四人の様子を見ていた少彦那は、こほんと咳払いをした。

「これで、温羅、大蛇、阿曽は条件を満たした。……須佐男、お前が対峙すべき相手はわかっているな?」

「――ああ」

 一転して険しい表情を見せた須佐男に、少彦那は「わかっているなら、いい」と微笑を返した。

 そして、持っていた杖で地面を軽くトントンと叩く。すると杖にひびが入り、幾つもの欠片に分解されて崩れてしまった。

「……。耐えられなんだか」

 阿曽の剣撃を受けたのは、結界だけではない。結界は杖を軸としていたため、結界が崩されると同時に杖にも力が加わっていたのだ。そして今、耐え切れずに壊れた。

 杖の残骸に触れることなく、少彦那は眠る阿曽と三人に目を向けた。

「……明朝、酒を授けよう。わしと共に来ると良い」

「では、今夜はわたくしたちの神殿へ泊まってもらえれば良いかと。部屋は余っていますから」

「そうさせてもらおうか」

 天照に導かれ、少彦那は神殿へと姿を消した。その身は傷だらけだったが、傷の数と深さでは阿曽の方が重傷だった。

「―――!」

「おお、お前が桃太郎か」

 神殿に入る直前、少彦那は神殿の入口に隠れながら阿曽の戦いを見ていた桃太郎と遭遇した。びくっと肩を震わせて一歩下がる桃太郎に、少彦那はわずかに微笑んだ。

「……お前もまた、阿曽によって定めが変わる者だな」

「なんの、こと?」

 桃太郎が振り返った時、少彦那の姿はもう見えなかった。彼女は小首を傾げ、それから眠る阿曽と仲間たちの仲睦まじい様子をしばし見つめていた。

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