第42話 剣と弓

 櫛名田くしなだにまで最後通牒を突き付けられたようだ。あしたよいは顔を見合わせ、ふっと苦笑し合った。

「負けたよ、阿曽」

「じゃあ……!」

「ただし」

 ぱっと顔を明るくした阿曽に、晨は軽く首を振って見せた。

「ただし、おれたちは一緒には行かない。必要な時の戦力として捉えてくれればいい」

「おれたちはまた二人で旅を続けるよ。父上に認められるよう、強くならなければならないから。でも、絶対に駆けつけるから心配するな」

 余程不安そうな顔をしていたのだろうか。阿曽の頭をぐしゃぐしゃと撫で回し、宵は笑った。

 最早、阿曽たちと敵対し殺し合いをした双子の影はない。互いのことを知り、誤解を解いた。これまでとは違った関係性を築いていける、阿曽はそう確信して頬を緩めた。

 阿曽と双子の様子を見て、須佐男たちも顔を見合わせる。くくっと笑い、須佐男が楽しげに腕を組んだ。

「全く、予想外だぜ」

「阿曽だから。敵を味方につけるなんて思わなかったけど」

「須佐男も温羅も甘いよね。……でも、彼じゃなきゃこんなことにはならなかっただろうさ」

「お前も大概だと思うぞ、大蛇」

 須佐男に指摘され、大蛇は「五月蠅いな」とそっぽを向いてしまった。

 それそれが新たな関係性を結ぼうとしている。櫛名田は穏やかに見守っていたが、ぽんっと手を叩いた。

「そうでした。両面宿禰のお二人に、お渡ししたいものがあります」

「おれたちに?」

「渡したいもの?」

 同じ角度に首を捻る晨と宵を待たせ、櫛名田は家の外へと姿を消した。

 一刻(約三十分)後、櫛名田は二つの布で巻かれた何かを抱えて戻って来た。それらを晨と宵の前に置き、二人に布を取るよう促す。

 晨が手に取ったのは、重さのあるごつごつとした布。宵が手にしたのは、薄手の細い布。それぞれの布をはがす。

「これは……」

「弓だ。そっちは剣……?」

「そう。晨さんの剣は『神度剣かんどのつるぎ』、宵さんの弓矢は『天之麻迦古弓あめのまかこゆみ天波波矢あめのははや』。どちらも、高天原ゆかりの品です」

 神度剣は、その柄に赤い宝玉がはまっている。天之麻迦古弓には、丁度天波波矢をつがえる位置の少し上に、青い宝玉がその存在感を放っていた。天波波矢は一本しかないが、それは望めば何本にでも増やすことが出来るのだという。

 まさに、晨と宵のためにこの地で待っていた武器のようだ。

 しげしげと手渡された武器を見ていた双子に、櫛名田は「そちらを差し上げます」と微笑んだ。

「「えっ」」

 驚き顔を上げる晨と宵に、櫛名田は言った。

「お二人が人喰い鬼から受け取った剣は、その鬼の力が宿っています。だからこそ、堕鬼人だきに成鬼人なきびとと渡り合うことが出来ました。それらを倒すための武器でしたから。……しかしその庇護のもとを離れた今、あなた方は戦えど相手を倒し切れるかはわかりません。再びのもとへと引き寄せられることのないよう、わたしからこちら側の武器をお渡しします」

「確かに、おれたちのもとには奴から貰った剣がある。これを使っている限り、奴から逃れ倒すことは難しい、か」

 宵、どう思う。晨に問われ、宵はくすりと笑った。

「晨、もう答えは決まっているだろう? 何を試すようなことを言う」

「ふっ。その通りだ」

 晨は傍に置いていたそれまでの剣を手に取り、櫛名田に差し出した。

「これは、あなたに渡そう。壊すなり焼くなり好きにしてくれ。……おれたちにはもう、必要ないものだ」

「承知致しました」

 櫛名田は剣を受け取ると、それに白い布をかけ、ふっと息を吹きかけた。するとどうしたことか、剣が消えてしまったのだ。後に残ったのは、ただの布一枚である。

「えっ……!」

 驚く阿曽たちに、櫛名田は悪戯が成功した少女のように笑ってみせた。唇に人差し指をあてる。

「ふふっ。これで、あやつの力とこちらとのつながりは断ち切られました」

「助かった、櫛名田さん」

「礼を言うぞ、櫛名田さん」

 口々に言う晨と宵に頷き、櫛名田は二人を真っ直ぐに見つめた。

「その剣と弓には、あなた方二人と阿曽さんたちとをつなぐ役割もございます。阿曽さんたちがあなた方を呼べば、その声は必ずお二人に届きます」

「それは、何処にいても?」

「ええ、阿曽。何処であろうと、互いを結び付けてくれます」

「なら、離れていても安心ですね」

 顔をほころばせる阿曽の頭を、須佐男はぽんぽんと撫でた。温羅と大蛇も晨と宵に頷く。ここに、不思議な縁が生まれた。


 翌日、晨と宵は旅立った。鬼を倒すためではなく、自らを高め強くするための旅路だ。次に会った時、必ず人喰い鬼を倒すために。

 阿曽は須佐男たちと旅支度を整え、櫛名田にひと時の挨拶を告げた。

「じゃあ、櫛名田さん。また」

「ええ。四人共、お気をつけて。……次は何処へ?」

 彼女の問いに答えたのは、須佐男だった。

「一度、高天原に戻ろうと思う。姉貴と兄貴から、昨晩一度帰ってくるようにと連絡を受けたんだ」

 昨夜、須佐男は一人で祭壇に向き合っていた。水面のように揺らぐ鏡の中に、天照と月読が現れるのを待っていた。ようやく現れた彼らに、須佐男は「話したいことがある。仲間と共に一度帰って来なさい」と命じられたのだ。

 それを聞き、櫛名田は首を傾げた。

「わかったのでしょうか。天恵の酒のありか」

「それはわからない。だが、報告も兼ねて顔を見せに行くよ」

「あ、そうでした」

「どうした?」

 ぱたぱたと何処かへ駆けて行った櫛名田は、何かを持って須佐男のもとへと戻って来た。彼女の手の中にあったのは、一枚の木簡だ。

「前回から、わたし自身も調べを進めていました。すると、とある書物に不思議な酒を知るという神の名が記されていたのです」

「神、か。その名は?」

 須佐男に尋ねられ、櫛名田は皆に見えるように木簡を前に突き出す。阿曽たちもそれを覗き込んだ。

「えっと……すくな、ひこな?」

「そうですわ、阿曽さん。少彦那すくなひこなという神の名を見つけました」

「もしかしたら、この神が天恵の酒のことを知っているかも、ということだね」

「温羅、これはつながるかもしれないよ」

 温羅と大蛇も言い合い、須佐男と阿曽も頷いた。くしゃっとした笑みを見せ、須佐男は櫛名田を振り返った。

「助かったぜ、櫛名田。姉貴たちにも聞いてみよう」

「お役に立てば、幸いです。……では、天へとつながる道を開いておきましょう」

 櫛名田はそう言うと、祭壇の前に戻ってぬさを手にした。

 シャンと澄んだ音は響き、神聖な気配が満ちる。何処かで、何かが開くガコンという音がした。

 阿曽たちを振り返り、櫛名田は微笑む。

「この小屋を出て、山を東へ真っ直ぐ向かって下さい。そこに高天原への近道が開いていますから」

「それは、戸のようなものかな」

 温羅の問いに、櫛名田は頭を振った。

「いえ。言うなれば、光の穴です。その先に、天照さまたちの神殿があるのです」

「わかった。ありがとう」

 櫛名田に別れを告げ、阿曽たち四人は再び高天原へと向かったのである。

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