第40話 闇との邂逅

 おれたちがと出逢ったのは、村を出てそれ程時の経たない頃だったと思う。

 実の父のもとを去り、ただ鍛錬に明け暮れた。毎日のように互いに刃を交え、山賊や盗賊との戦いを繰り返した。時には村人に礼を言われることもあったけど、おれたちの心には響いて来なかった。

 ある時、宿を借りた村で鬼が出た。お前らが言うところの堕鬼人ってやつだ。

 戦う術を持たない村だったから、おれたちが斬り捨てたんだ。返り血を浴びて立つおれたちに、村長むらおさは礼を言ってくれたが、その顔は引きつっていた。

 村を出る時、おれたちを見た幼子が泣き出したから、きっと戦う姿を恐れられたんだろう。

 その後も何度か堕鬼人や、時には成鬼人とも戦っていた。どれだけほふったかなんて、覚えていない。

 戦う暮らしを一年程続けた頃、ある日の夜だった。

 おれたちは火を焚いて、目的地もない旅の次にたどり着く場所について話していたんだ。それはいつものことだったんだが。

「こんばんは。良い新月の夜だな」

 男は突然現れた。おれたちは心底驚いたよ。何故って、周囲の警戒を怠ったつもりなんてなかったんだからな。

 晨は剣を抜く暇さえ与えられず、宵は鞘を手に取るだけで精一杯だった。

 男は戦意や敵意を微塵も見せず、火の前に胡坐をかいた。服装は、お前たちが初めに着ていたものに近いものだった。ほうとかいうんだろ。

 特徴的だったのは、その目の色だ。茶でも黒でもなく、黄金の色をしていた。

 男は警戒心を露わにするおれたちを気にすることなく、ただにこやかにそこにいた。晨が剣を抜いて斬りかかると、宵も負けじと剣を振りかざした。

 だが、それが男に届くことはなかった。

 男は指で剣の切っ先を挟んで、止めてしまった。それも二人の剣両方だ。どれだけ力を入れようと、びくともしない。

「それだけの強さを身に着けているのなら、わかるだろう? ……私に勝つことは出来ないと」

「……くっ」

「むぐっ……」

 一瞬だけ見えた、深い陰のある表情。それがおれたちに恐れを植え付けたのは間違いない。

 おれたちは戦意を失くし、諦めて男に促されるままに腰を下ろした。

「お前たちは、鬼狩り人か?」

「……鬼狩り人? 何だそれは」

 晨の問いに、男は微笑を浮かべて無言を貫いた。そして話題を逸らせてしまった。

「それはそうと、きみたちの力を見込んで頼みがある」

「頼み……?」

 宵が首を傾げ、男は「そうだ」と頷く。

「きみたちには、『鬼』と名のつく者を殺してほしいんだよ」

 虫も殺せなさそうな笑みを浮かべつつ、男は躊躇することなく言い切った。

「鬼は、本来この中つ国にはいなかった存在だ。彼らを黄泉に返せば、この国は穏やかに治まるとは思わないかい?」

「「……」」

 二人で押し黙った。村じゃ、堕鬼人に何人もの人が殺されたし、鬼に対する思いが良い方にある者は極端に少ない。

 そして、鬼が存在しなければ、自分たちが虐げられることもなかったかもしれない。

 黄金の瞳を持つ男は、おれたちの心を読んでいたのかもしれない。二人で顔を見合わせると、奴はこちらに右手を伸ばした。

「受けてくれるだろう? 晨、宵」

「……わかった。な、宵」

「うん。おれたちも、鬼をこの国からなくしたい」

「では」

 おれたちは男と契約を交わし、それぞれが持つ剣に『鬼殺し』の力を与えられた。

 男によれば、普通の剣でも切り殺すことは可能だというが、それには何度も鬼の急所を突かなければならない。確かに、初めて堕鬼人を斬った時も一度では斬り切れずに三度はかかった。

「そうだ」

 男は去り際に、言い残して行った。

「鬼となって死んだ命は、未来永劫蘇ることはない。何処かにはそのことわりを覆すものが存在するらしいけどね」

 男は消え、おれたちは新たな力と共に『鬼狩り人』の宿命めいた何かさえも受け止めなければいけなかった。


 それから後、おれたち二人は中つ国各地を渡り歩いた。各地で『鬼』と名のつく存在を切り刻み、ほふってきたように思う。

 思う、と表したのには理由がある。鬼と出会うと、それが堕鬼人であろうが成鬼人であろうが鬼であろうが関係なく、半分以上の意識が飛ぶ。

 たぶん、あの男に貰ったこの剣が関係しているのだと思う。これを握ると、持てる以上の力を使っているという自覚があるんだ。

 鬼と名のつくものを斬り続けていたある日、おれたちの前に女が現れた。

 少女のように華奢なそいつは、自分は桃太郎だと名乗った。

「呼んでる、ぬしさまが。……根の堅洲国へ来い」

「ねの……」

「かたすくに?」

「そう。我々の国。いずれ、この中つ国も高天原すらも呑み込む国。そのぬしさまが、呼んでる」

 感情も抑揚もない声でそう言うと、桃太郎はおれたちを先導した。ついて行くと大穴が地面に空いていて、やつはそこへ飛び込んだ。

 後に続いたおれたちの前に、巨大な神殿が姿を現した。桃太郎によれば、それは主の館だという。

 黒と藍、そしてわずかな白が映える。雲母のような輝きを放つ神殿に入り、おれたちはあの男と再会した。

 男は、以前出会った時よりも巨大になっていた。体が、ではないんだ。まとう雰囲気というか、力が強く恐ろしさを増していた。

「ようこそ、我が居城へ」

 男は微笑んだ。

双子ふたりのお蔭で、私は力を増すことが出来ているよ。今日は礼を言うため、ご足労願ったんだ」

 明らかにそれだけが目的ではない顔をして、男は柔和にすら見える顔を見せた。だから、宵が尋ねた。

「……何か、他にあるんじゃないか?」

「他に、とは?」

「それはわからない。だけど、あんたはそれだけのために人を呼び出すなんてことはしないだろう」

「くくっ。よくわかっているじゃないか」

 心底可笑しそうに、男は腹を抱えた。この下りの何処にそこまで笑う要素があるのかはわからなかったが、男はしばらく嗤っていた。

「実はね、きみたちの働きに免じて、ひとつ秘密を見せようと思ったんだよ」

 そう言うと、男は一歩横にずれた。そこには一人の男がいて、今意識を取り戻したという様子で狼狽えている。この館の主は、手のひらから黒い瘴気を出した。すると男の瞳が金に輝き、瘴気が膨大な量へと膨れ上がった。

「お前は、力が欲しいと言ったな。愛する家族を奪われた恨みを晴らすために」

「……そ、そうです」

 怯えた男は、それでも首肯した。

「ならば、力を与えよう」

 瘴気が驚く男を包み込み、シュウシュウと音を上げて吸収されていく。

「……お、おおっ」

 瘴気が消えた時、あの怯えていた男の姿はなかった。代わりに、見慣れた堕鬼人の姿があったんだ。

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