第39話 思いがけない再会

 気が付くと、あしたよいは隣同士で床に倒れていた。晨が目を覚まして跳び起きた時、宵がごろりと寝返りを打った。

「宵……?」

「晨、おはよう。晨は、ここが何処かわかるか?」

「いや。……だけど、おれたちは確か黄泉平坂で」

 ぐるりと周囲を見渡すと、白と茶しか色のない素朴な部屋だった。水甕が一つと自分たちが寝転がっている衾が二つ、そして純白の布が天井から数枚垂れ下がっているのみ。

 ギシリと床をきしませ、二人はゆっくりと立ち上がった。

 正直まだ傷は痛みを訴えるが、何処間もわからない場所にずっといるほど警戒心を解いているわけでもない。

「だけど、あの声の主は誰だったんだろうな?」

「ああ、あの時手を差し伸べてくれた……」

 双子は顔を見合わせ、一つ頷く。まさか、命の恩人に礼も言わぬままに飛び出すわけにもいかない。

 二人は疲労と痛みの残る体を引きずり、部屋を出た。

「「……ん?」」

 廊下の向こうから、人の声がする。しかも複数だ。

 双子は目を合わせる。何処かで聞いたことのある声だ。

 晨は剣を抜き、宵はその鞘を手に構えた。




 晨と宵が目覚める数刻前。阿曽たちは再び櫛名田くしなだの住む山へとやって来た。

 今回はひらひらと目の前を舞う白い蝶に導かれての山登りで、道に迷う心配もなかった。

「櫛名田」

「よかった。来てくれましたね、皆さん」

 安堵の表情を浮かべた櫛名田が姿を見せ、四人を誘う。その際、あの蝶は姿を消した。恐らくその姿を失って、櫛名田の手元に戻ったのだろう。

 四人は祭壇のある中央の部屋に通され、車座になった。

「それで、何がどうなってあの双子をここに匿うことになったんだ?」

 須佐男の最もな問いに、櫛名田は瞑目する。

「……あれは、数日前のことでした」

 神宿る山を意味する甘南備山でもある櫛名田の山は、とある場所で天上の高天原と地下の黄泉国とそれぞれにつながっている。それらの場所を見回るのが、巫女である櫛名田の習慣だった。

 その日も変わらず、高天原とのつながりを示す祭壇に異常がないことを確かめた。次に山に出て、大穴を覗きに行く。

 大穴とは、この山の中腹に空いている文字通りの穴だ。中は暗く、何も見えない。しかし、確実に黄泉国につながっている。

 大穴を覗くと、相変わらずの暗闇が何処までも続いている。今日も異常なしか。そう思って踵を返した時、櫛名田の背筋を何かが駆け上った。

「……えっ?」

 ぞわり。怖気おぞけを感じて振り向けば、穴の中から音が聞こえる。

「……っ、……!」

「……!!」

「何」

 櫛名田は目を閉じ、パンッと柏手を打った。これによって、穴の先で起こっていることを瞼の裏に映すことが出来る。

「……えっ!」

 瞼の裏で見えたのは、見知らぬ男と争う二人の青年の姿だった。しかもその青年たちは、鬼狩り人として名を持つ晨と宵という両面宿禰りょうめんすくなの双子。どちらも重傷を負い、殺されかねない状況だ。

「―――急がなきゃ」

 両目を開けると、櫛名田は羽織っていた領巾ひれを外した。その細長い布の真ん中を持ち、念じる。二人を助け出せ、と。

 すると淡い白色に発光した領巾は徐々に伸び、大穴にするすると入っていく。やがて何かを絡め取った領巾を思いっ切り引くと、血だらけになった二人の青年が姿を現した。

「早く運ばないと!」

 櫛名田は領巾の一部を引き裂き、小さな布切れを二枚作った。それらに息を吹きかけ、二頭の白い熊を創り出す。

「お願い、運んで」

 熊たちは背中に晨たちを乗せられると、ゆっくりとした動作で歩き出す。二頭の後を追い、櫛名田はこれからすべきことを考えていた。

 双子に応急処置を施した後、櫛名田は須佐男たちに蝶を送った。双子の怪我は深く、血止めと傷を塞ぎ切るのに丁度一日を要した。

 これが、今までの経緯である。

 語り終え、櫛名田は白湯を口にした。

「まさか、あの穴から人を助け出すことになるなんて思いませんでした」

「よくやったな、櫛名田」

 須佐男は櫛名田の労をねぎらい、くるっと仲間たちを見回した。

「と、いうことらしいが。みんなは、どう思う?」

「どう、とは?」

 大蛇に問い返され、須佐男はすっと表情を変えた。

「……双子が戦っていた相手ってのは、人喰い鬼かどうかって話だ」

 須佐男の問いに、大蛇が推測を述べる。

「両面宿禰の二人が黄泉につながる何処かで戦っていたというのなら、それは少なくとも人喰い鬼に近い存在だろうね」

「もしくは、人喰い鬼本人か。全ては双子に聞けばわかるんじゃないか? ……だろう? 

「「!!」」

 温羅の呼びかけに対し、晨と宵はびくりと体を震わせた。しかし、ばれてしまっては出て行かざるを得ない。

「よく、わかったな」

 剣を手にしたまま、晨が言う。血だらけだったという双子だが、今は清潔な服をまとっている。しかし、体の傷痕は痛々しい。

「気配でね。弱いけど、戦意がこちらに向いているのはわかっていたんだ。……そっちに座って、話してほしい」

 有無を言わさぬ温羅の声色に、晨と宵は顔を見合わせた。

 もともとは敵対していた間柄だ。そこで話せと言われても、素直に胡坐をかくことなど出来ないのだろう。

 どうしたものかと目で会話する須佐男たちを見て、阿曽が前に進み出た。

「……俺たちは、人喰い鬼を探してる。堕鬼人になって悲しむ人も堕鬼人に殺されて悲しむ人もなくしたいんだ。前にも言っただろう。堕鬼人を救いたいんだって」

「救う方法は見つかったのか?」

 剣の鞘を持つ宵が、阿曽に尋ねる。しっかりとその問いに頷いてみせ、阿曽は「天恵の酒」の話を口にした。

「……それを探し出せば、堕鬼人は消えるのか?」

「正しくは、魂を救うもの。次の生を受け、鬼に戻ることもありません」

 阿曽の説得を補完するように、櫛名田の静かな声が響く。そこでようやく、晨と宵は櫛名田の声に聞き覚えがあることに気が付いた。

「もしかして」

「おれたちを助けてくれたのは」

「ええ、わたしです。……わたしに免じて、今だけでもいいですから、警戒を解いてはくれませんか? この山にいる限り、両者の武器を用いた争いは許しません」

 はっきりと言い切る櫛名田をまじまじと見て、双子は頷き合った。傷をかばうようにゆっくりと腰を下ろし、櫛名田の隣に胡坐をかく。阿曽たち四人と向き合うことになった。

「おれたちも、確かなことは言えないが……」

 晨は自分の傍に鞘に入れた剣を置いた。宵の傍には何もない。二人は一呼吸置き、あの男について話し始めた。


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