第18話 八握剣

 気を失った阿曽を肩に担いだ饒速日にぎはやひと温羅は、邸の広間へとやって来た。

 屋敷の前には温羅と共に阿曽の行方を探していた須佐男と大蛇がいて、三人の姿に目を丸くした。

「おい、阿曽はどうしたんだ? それに、饒速日さんまで」

「気を失ってる?」

「おお、須佐男と大蛇か。ちょっと込み入った話がしたい。一緒に来てくれ」

 饒速日の言葉に顔を見合わせ、二人も加わった。

 広間で向かい合ったのは、饒速日と温羅たち。阿曽は部屋の端に寝かされた。

 真夜中の空気は、淑やかだ。張りつめているわけでもなく、賑やかなわけでもない。ただ、穏やかな時間が流れる。

 温羅はちらりと阿曽の寝顔を見た。その落ち着いた寝顔に安堵し、饒速日の顔を見つめる。

「それで、お話とは?」

「おお。……その前に、我から聞きたい」

 饒速日は三人の顔を順に見て、最後に阿曽を顧みた。

「こいつは―――阿曽は何者だ?」

「どういう、ことですか?」

 須佐男が疑問顔で問い返す。その隣で、温羅は何事かを考えていた。

「どうもこうも。こいつはただの子どもかと思ったが、何か本人も知らない隠し事を持っている。……あの黄色の光の説明が、そうでなければつかない」

「黄色の、光……?」

 大蛇の呟きは、夜闇に溶ける。

 阿曽が光を発したなどと、その状況を見たことはない。饒速日からその時のことを聞くが、鍛錬の途中で阿曽に起こった変化の原因について、三人は思い当たらなかった。

「すみません、饒速日さん。オレたちもこいつが何者なのか、知らないんです。勿論、本人も。……その答えを知ることも、この度の目的の一つです」

「最初にも、そんなことを言ってたな。しかし……この子は、まだまだ自分を守れるほど強くもないようだ」

 だから、と饒速日は腰に佩いていたものを抜いた。

「こいつを、あの子にやろうと思う。まずは、阿曽の師たる三人に許しを請おうと思ってな。ここに呼んだんだ」

「それは、饒速日さんの愛剣では?」

 須佐男の言葉に、饒速日は「そうだ」と答える。

「我が剣、『八握剣やつかのつるぎ』。阿曽にはこいつに名をつけて、共に強くなってもらいたい。……どうだ?」

 どうだ、と問われ、須佐男たちは顔を見合わせた。そして、ふっと相好を崩す。

「オレたちに異存はありません」

「ただ、それを阿曽が受け入れればの話ですよ?」

「ええ。阿曽がそれを求めるなら、ぼくたちに拒否する理由はありません」

 全員の目が、阿曽を見る。しかし、目覚める気配はない。

「一先ず、朝まで様子を見よう。三人はここに泊まると良い。どうせ、我と数人しかこの館にはおらん」

 阿曽が目覚めたら教えてくれ。それだけ言い置くと、饒速日は自室へと去って行った。

 後に残された三人は、阿曽の傍に寝転がった。どうせもうすぐ夜が明ける。これから寝床を整えるのも時間がもったいない。

 いつの間にか小さな寝息をたてる阿曽の顔を覗き込み、温羅は苦笑した。

「本当に、阿曽は謎だらけだ。やはりただの子どもではないんだろうね」

「しかし、一人で鍛錬をしようとしていたなんて知らなかったな」

「……きっと、ぼくたちとの差を埋めようと必死だったんだろう」

 大蛇の言葉を受け、温羅は阿曽の傍に置かれた木刀と剣を見た。木刀は何度も行った鍛錬で傷つき、ボロボロだった。対して剣は饒速日に大切に手入れされていたのだろうが、刃こぼれもなく美しい装いだ。

「寝ようぜ。神でも、体力が底をついてりゃ何も出来ねえ」

 須佐男の言葉を最後に、三人は阿曽を囲むようにして眠りについた。




 夢の中で、阿曽は浮遊していた。

 闇の中を浮かんで進み、ふと顔を上げる。

「あれは?」

 行く先に、黄色の光がある。それは手を伸ばすと近付いて来て、剣の形をとった。

 おれを取れ、と主張するように。

 掴むと、それは光を失った。その剣に見覚えがあり、阿曽は呟く。

「……饒速日さんの、愛剣」

 これは、阿曽のものではない。にもかかわらず、手に吸い付くように馴染む。

 鞘を置き、剣を抜く。刃はまっすぐに伸びて、淡く光り輝いていた。

「……おれに、語り掛けているのか?」

 剣の声に耳を傾けようとした時だった。自分の意識が浮上して行くのがわかる。ああ、目覚めるのだと理解した。




 翌朝、阿曽は爽やかな風に頬を撫でられて目覚めた。旅の仲間たちはもう目覚めていた。

「お、起きたか」

 須佐男が初めに阿曽の目覚めに気付いて笑う。次いでこちらを向いた温羅と大蛇も「おはよう」と挨拶する。

「おはようございます。……すみません。おれ、気を失ったみたいで」

「らしいね。体は? 何か不都合があるかい?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、温羅さん」

「おい、阿曽。もう平気なら、渡したいものがあるんだ」

「……渡したいもの?」

 須佐男の言葉に、阿曽は首を傾げることしか出来なかった。

 そして、夢でも見た剣が目の前に差し出され、目を丸くする。饒速日からの贈り物だ、と須佐男が笑った。

「お前に、こいつと共に強くなってほしいんだとよ」

 ずしり、と剣の重さが手にかかる。その責任を自覚し、阿曽は喉を鳴らした。

「はい、ありがとうございます」

 太陽と月と星の装飾が美しい。そのつかが、阿曽を喜ばせられると笑っているように感じた。

 冷たいはずの剣が、熱を持つと感じた。

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