第184話  そして、ここからが本題だった 

 そして、ここからが本題だったみたいだ。あまりにも有名な都市伝説にクネクネというのがあるらしい。

 「クネクネ」とは田や川向こうなどに見える白または黒のくねくね動く存在があり、その正体を知ると精神に異常をきたす、とされている。ネット上でくねくねについて言及された一番最初の投稿とされるのは次のような話である。

 二人の兄弟が、田舎に里帰りをしている時。家の窓から、遠くの方でクネクネ動く白いものが視えた。兄の方が双眼鏡を取り出し、そのクネクネと動くものをよく見ようとした。

 そして、クネクネを見た兄の顔はどんどん青くなって、汗を拭きだし、見ていた双眼鏡を落としてしまう。あまりの変貌ぶりに弟は「あの白いクネクネするものは、なんだったの?」と尋ねると「わカらナいホうガいイ……」

 ゆっくり答えたんだが、その声はもうすでに、元の兄の声ではなかった。

 その様子に「ここにおいて置くしか無かろう。数年後、田んぼに放してやるのがいちばんじゃ」とおばあさんに言われ、もう、兄に会うことはないんだと知って僕は大泣きをするという話だ。


「これが僕の知っている話では、見るなのタブーで、唯一、何を見たのかを語っていない話だったんだ」


「それで、その話とエリスさんの話とどう繋がるのやら?」

 そう俺は部長に訊ね返すしかない。

「いや、似てないか? この話とエリスさんの話と……。実際に見た人は、見て来たことを話すことができなくなる。この仮説は鮫島事件の真相にも通じるものがあると思うんだ」

「じゃあ、エリスさんは何かを見た。その結果、記憶をなくしたと?」

 

 俺の疑問にホムニス教授も鈴木部長の説を後押しする。

「確かに鈴木の言う通りだろうな。発見された時は傷だらけだったらしいし、しかも傷跡はこの世のものではない物で傷つけられていたと沢口も言っている」

「それだ。僕はね、そのエリスさんが遭った何かって時間を奪うものなんじゃないかって思うんだ。どうやら、神具を持った時間を操る悪しきもの」

 そう言って俺たちを見回す鈴木部長。

「「……」」

 無言が肯定の意味を持つなら、心霊スポット研究会の面々は鈴木部長の推理、そして推理を証拠付けるホムニス教授に同意していることになるんだが……。

 ここで、麗さんはどう考えるのか? 俺は麗さんを目で追う。


 しかし、沈黙を破ったのは彩さんだった。

「めっちゃきれー! この可愛さが言語化できなーい! 絵にも描けない美しさって言うのはこのことやな。麗」

 抵抗されない彩さんはいよいよ調子に乗って、エリスさんの化粧をし始めていた。それを苦笑いしながら見ている麗さん。

 あっ、きっと今までの話は聞いていない。麗さんが霊視でもしていたら後でなにか聞くことが出来るかもしれないけど……。


 そんな俺の考えなど無視して、肯定されたと思った鈴木部長は機嫌よく話を続けた。

「まあ、それで時間を奪うことが出来るものを色々調べたんだけど……、これが中々はっきりしない奴が多い」

「それじゃあ、相手は……?」

「ああっ、良く分からないんだ」

 美優の質問に申し訳なさそうに答えた鈴木部長。

 敵の正体は不明。やっぱりこれだけのパーツじゃ鈴木部長もお手上げか。

 

「そうか、相手は分からずじまいか……。私も考えておくが、その調子で考えてみてくれ。私も中々忙しい身でね。これから会議に出なければならない。 沢口! すまないがエリスを私の家まで連れて戻っていてくれ」

「えっ。私も忙しいですけど」

「あっ、いいですよ。俺たちが送っていきますから」

「助かる、申し訳ないがエリスを頼む」

 ホムニス教授は、エリスの御守りを俺たちに押し付けようと俺たちを呼んだのか? まあ、忙しい身分なのは分かっているけど……。

「ほなら、エリス一緒に帰ろ」

「はい」

 彩さんが、手を取ってベッドサイドに座っているエリスを立たせると先頭を切って研究室を出て行く。

 そして、俺たちも出て行こうとして、ホムニス教授に呼び止められた。

「沢登、お前はどう見た?」

「オーラと云うよりまるで後光」

「なるほど……。私みたいなアバターではないということか……」

 言葉が切れたホムニス教授に代わって、麗さんはみんなを見回し、一言ボソっと呟いた。

「巻き込まれるかも知れない……」


「何に?」なんて今更聞こうとするメンバーなんていない。一斉に麗さんの言葉に表情を引き締めるだけだ。

「沢井さんの美女と騒動を引き寄せる体質は今に始まったことじゃないし、それを解決するのは彼氏の役目だよな。俺たちまで巻き込むなよ!!」

 そう言って俺の肩を叩く山岡先輩。これでも頼りになるし、わざわざ危ないことに首を突っ込んでくれる先輩だ。

 そう言われた美優の方は、申し分けなさそうに肩を竦めてしまった。そこにフォローを入れたのが同級生の大杉だ。

「いや、沢井さんのお蔭で美人と知り合いになれるから、俺的にはラッキーなんだけど」

「「「「うん。美人ハンター!!」」」」

 そこは全員で肯定するところか? まあ、全力で肯定するところだろうな。って彩さんまで俺に向かって親指を立てている。しかし、小声で「事故物件ホイホイ」と誰かが囁いたところで……。

「「「あーん!! コ・ロ・ス・ゾ!!」」」

 美優、留萌さん、沢口さんそれにホムニス教授が奇麗な顔に似合わず、ドスの効いた声で周りを見回した。そのセリフは俺のセリフなんですけど……。


 その雰囲気に恐れをなしたのか、だれかれとなく「失礼します……」と研究室をこっそり出て行く。その場に残された美優と留萌さん、沢口さん、ホムニス教授を「まあまあ」と宥めて、俺たちは沢口さんとホムニス教授を残して研究室を後にしたのだ。

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