第183話 香川県から帰って来て3日後

 香川県から帰って来て3日後、ホムニス教授から連絡が入った。

エリスの様子が落ち着いたので、心霊スポット研究会の連中を連れて自分の学部長室に来いというものだった。

 俺はメンバーに連絡を取り、放課後ホムニス教授の学部長室をみんなで訪問した。

 とにかく全員テンションが高い。特に高いのが彩さんだ。俺たちの大学のほぼ頂点に立つ教授に遠慮もくそもない。

「来ったたで~」

 元気よく、学部長室の扉を開け、ヅカヅカと入り込んでいく。

 こちらは、広い部屋に高級そうな机や椅子、さらに10人は掛けられる立派な応接セットが目に入り、この人たちとは住む世界が違うと再認識させられる。大体俺のゼミの研究室なんて、スチールデスクに長机にパイプ椅子だぜ。

 彩さん以外は俺と同じ気分になったのか、気圧されている雰囲気がありありだ。

「よく来てくれた。まあ、その辺に掛けてくれ」

 ホムニス教授の声は最後まで聞き取れなかった。

「へえっ、あんたがエリスさん? ホンマに目が青いんや。うちは藤井彩ゆうねん。みんな彩ちゃんって呼ぶねん」

「は、はい」

 エリスの返事もそこそこに、彩さんはさっさとエリスの手を取って隣に座っている。

「肌も白くてすべすべやし、なんて瑞々しいやろ」

「あ、あの……」

「髪もツヤツヤやし、しなやかな光沢を持った黒髪って」

 そう言って、髪の毛を触っている。って云うか「楊貴妃盛り? いや、マリー盛り、もう乙姫盛りだ!」とか言って、髪の毛盛り始めちゃったし……。でも、エリスも{楊貴妃? マリー盛り? 乙姫?}と戸惑いながら、恥ずかしそうにしながらも彩さんに身をゆだねている。

 なんかいつもの彩さんと比べても数段テンションが高い。あんなにグイグイ来られたら初対面のエリスさん面食らって、どう反応すればいいか分からないよ。

 あれ、そういう反応をするってことは……。


 彩さんの行動に度肝を抜かれたような反応をしたホムニス教授だったが。

「今日は、経過を見るために大学病院に連れて来たんだが……」

「それで、エリスさんは?」

「ああっ、体の方はまったく異常はないんだが……、沢村、それに沢井も気が付いたんじゃないか。エリスの反応に?」

「は、はい、普通の反応と云うか……」

「まさか、記憶が戻ったとか?」

「そういうじゃないんだ……。言葉はこの二、三日で、テレビで覚えたみたいだ。まだ、言葉とイメージが一致しないことも多い。不安、恐怖、怒りなど感情的なことは心が理解しているようなんだが……」

「「そんなバカな!!」」

「私もそう思う……。だがエリスを観察する限り、間違いないと思う。言葉を覚え始めたばかりの赤ちゃんのようだ。まるで新たに学習するように……」


 ホムニス教授の話は俺たちには何を言っているのかほとんど理解ができない。

 そこに口を挟んできたのは我らが鈴木部長だ。


「ふむ、彼女は今までの記憶をリセットされたと考えるべきですね。感情って云うのは持って生まれた本能のようなもの。でも、記憶って言うのはまさに経験の積み重ね……」

「ということは、どういうことなんだ?」

 鈴木部長の言葉に興味深そうに返事を返すホムニス教授。

「ほら、経験の積み重ねって、時間の積み重ねと同じ意味だと思うんだ」

「それで?」

「僕は、最近、鮫島事件のことをずーっと調べていまして……。それで神話に出てくる『語るなかれ』っていうのを調べたんですよ。ところが神話にも語られないっていう話はほとんど出てこないんですよ」

 そう言って語り出した鈴木部長の話の内容は次のようなことだ。


 神話にいわゆる語るなのタブーはなかったらしい。それに反してよくあるのは見るなのタブーだ。

有名どころではイザナギが黄泉の国にイザナミを迎えに行ったとき「黄泉の国を出るまで決して後ろを振り返らないでください」と言われたにも関わらず、振り返ってみてしまい、醜い死霊の姿をしたイザナミに追い回され日本最古の夫婦喧嘩をおっぱじめる古事記の話、それにそっくりなギリシャ神話のオルフェスとその妻エウリデケィの話。旧約聖書には享楽に耽るソドムとゴモラが神によって滅ぼされるのを振り返って見て、塩の柱になる話。

 そして、日本の昔話で有名な鶴の恩返しと浦島太郎の玉手箱。少し趣が違うがパンドラの匣もこの手の話に含まれるか。とにかく枚挙にいとまがないくらいなのだ。

 ちなみに俺は知らなかったんだが、浦島太郎には元になる神話が古事記に有って、海の中の蓬莱(竜宮城)にいった山幸彦はそこで豊玉姫(乙姫)と出会い、蓬莱で二人は過ごすが、やがて山幸彦は陸に帰ってしまう。

 豊玉姫は山幸彦を追いかけ、やがて懐妊するんだけど、山幸彦は「子どもを産むところは見てはいけない」と言われながら、産屋を覗き見てしまう。そこには八尋の和邇(わに)に姿を変えた豊玉姫がいて、豊玉姫は姿を見られたことで、子どもを産んで蓬莱に帰ってしまう。

 最近で有名なのは、千と千尋の最後にも「決して振り返るな」とハクに言われて、千尋は振り返ることなく現世に帰るシーンにみんな涙したことだろう。


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