第171話 私に帰る場所が……
「私に帰る場所が……?!」
「そうだ、パンドラ。お前は気が付いてないんだろうが、不死の肉体を手に入れた時点でお前は神になったんだ」
「私が神、ベネトナッシュよ。それは本当ですか?」
「ああっ、お前がこだわった十七夜、これはお前が無意識にこだわった数字なんだろう」
「私が無意識にこだわった……?」
「十七だよ。サターンと呼ばれる土星の十七番目の衛星の名前がパンドラ。天帝は天にお前の帰る場所をちゃんと用意していたんだ」
確かにそんなことをどこかで読んだ気がする。良く悪魔のサタンと同一視されるが、全くの別人で、サターンは農耕神で神話では文化的英雄だ。しかし、我が子に殺されるという予言を信じて、我が子を食い殺してもいる。ゴヤの黒い絵として現在でも有名な壁画に描かれた人物。
それらを守護するパンドラ、人間に欲をもたらし進化させながら、美しさをゆえに争いの中心となり、人類を滅ぼそうとしたあたり、父親との皮肉な類似性を感じてしまう。
「俺の名はベネトナッシュ。真名は「棺を引く従者」。あなたも私が天に返そう」
「ああっ、そんなことが本当に可能なんですか?」
泣きながら抱き付かれた俺は白髪を優しくなでる。この傾国の白い美少女に抱き付かれて甘えられるなんて、ベネトナッシュを降ろせる役得としか言えない。
「あなたたちの此度の働き見事でした。その働きに感謝して、あなたたちにパンドラの匣を与えます。匣と云っても本当は壺なんですよ。中身はもう何も入っていませんが、骨董品として高く売れますよね。保管場所はベネトナッシュに伝えておきますので、必要になったらベネトナッシュに訊ねてください」
目に涙をためて、なんて恐ろしいことを言うんですか。そんな、欲の詰まった匣なんて欲しがる人なんていませんって。念のため、周りを見回すとみんな首を横に振っている。
後、信者にはこの場所の後片付けをお願いします。去る者、後を濁さずっていいますから」
そう云うと、手を広げて、何か口の中で呟いている。そうなると、今までパニックで騒然としていた観客席の信者たちは、夢からさめたように落ち着きを取り戻し、整然とゴミを拾ったり倒れた人たちを助け起こしたりし始めたのだ。
「それじゃあ、行こうか? パンドラ」
「はい」
ハンドラが頷くと、パンドラの体がキラキラと光り輝く粒子に包まれる。そして、だんだんと影が薄くなり、やがて光の粒子とともに消えていったのだ。
「錬、必要な時はいつでも呼び出せよ」
そう言って、俺の体からベネトナッシュが離れた感じがした。
「それじゃあ、岡島大学に帰りましょうか?」
「錬、ちょっと待って」
麗さんがそう云うと、バッターボックスの方に歩いていき、しゃがんで砂を袋に入れ出した。何を甲子園球児のようなことを……、と考えていると。
「兄の墓の周りに撒こうと思って……」
麗さんはそう言って、小さな袋に砂を入れて立ち上がった。
麗さんのお兄さんは甲子園の砂になったんだ。これからも、高校球児たちの熱い戦いを見つめ続けて行くんだろう。その中にはきっと勝負したいと思う選手だってでてくるんだろう。ちょっと感慨深くなって首を振る。俺もマウンドの砂を少し貰って帰ろう。そして、母校の大沢高校のグラウンドに捲くんだ。後輩たちに夢をつなげてもらうために……。
そんなことをしていると、警備員さんが俺たちの方にやって来て、出口まで案内するといいだした。どうやら後片付けはここに集まっていた信者たちが行なうみたいだ。
「錬」
そう言って美優が甘えたように俺の腕に回してくる。今までに離れていたため、萌えて至福を感じる。パンドラの芸術品のような美しさも捨てがたいが、俺にはこの天真爛漫な美少女の方が合っている。純粋にそう思えるあたり、俺は天下取りには向いていないようだった。
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