第146話 俺がそれを取り出すと

 俺がそれを取り出すと、羅刹鬼は素早く跳躍したのが見えたかと思えば、もう、俺の目前に金棒が迫っていた。

 俺は、リポ〇タンDのビンと残像を残し、金棒が届かない所までわずかに後退する。

 それと同時に砕け散る俺の残像とビンとその中の神水。

「掛かった!」

 俺は、腰を落として、虎杖魔をドスに見立てて、半身になって両手で構えていた。虎杖丸は霊力を纏って大剣にしているが、本来の長さは六〇センチほど。ドスを構えるのにちょうどいい長さだ。

「螺旋連爪突(らせんれんそうとつ)!!」

 俺は、金棒を振り落とした瞬間、カウンターで虎杖丸を渦のように回転させながら、踏み込み連続で突きを放つ。

「ぐ、があーーっ!!」

 羅刹鬼の腹には、虎杖丸が深く刺さり、断末魔の叫びをあげている。

「やはり神水で皮膚が焼け爛れ、硬度が落ちたか……」

 刹那の時間に三連撃。きりもみ状に放った虎杖丸の刀身には、空気中に飛び散った神水が、渦の中心に引き寄せられるようにたっぷり纏わりついていた。わずかな神水でも肌を焼き、その身を穿つ神水を纏った神剣の前では、さすがの金剛身も持たなかったらしい。

「地獄に帰れ!!」

 俺は虎杖丸の刀身に霊力を流し、普段使っているサイズに戻して、そのまま逆袈裟懸けに振り上げた。

 羅刹鬼は腹から肩に掛けて切り裂かれ、霧散したかと思うと地面に腹から肩に切り込みが入った人型のお札が落ちていた。

「やったか?! いや、あれからどれくらい経ったんだ?」

 俺は全身の力が抜けそうになり、膝を付きそうになったところで踏ん張った。

 下の状況は? 美優は大丈夫なのか?

 俺は疲れ切った体を引き摺りながら、それでも気持ちはやっていた。

 虎杖丸から霊力を引き出し、何とかボロボロの身体を強化して、切り株を飛び移りながら、みんなの元に帰って来た。


 遠目にはみんなへたり込んでいるように見えた。

「みなさん、無事でしたか?」

「ああっ、なんとかな」

「錬、大丈夫だった。怪我だらけじゃない」

 鈴木部長の疲れ切った声と美優の心配そうな声が返って来た。

「大丈夫。それより……」

「そんなことより、傷の手当てが先よ。上着を脱いで……」

 美優が、無理やり上着を脱がせ、血が滲んだトレーナーの切り口から、神水を湿らせた脱脂綿で裂けた切り口を拭いて行ってくれる。周りを見回すと、みんな、血の滲んだ服を着ていて、今まで治療していたみたいだ。特に鈴木部長や山岡さんや田山さん、それに大杉の裂けた服とそれに付いた血が痛ましい。みんな、妖魔相手に頑張ったんだ。

 俺は頼もしい仲間がいることに嬉しくなる。それに、あれだけの妖魔の数を相手に神水が結構残っている。最初の調子で使って球切れを起こすんじゃないかって心配したのに、自分を餌に接近戦に持ち込んで戦ったようだ。 俺と違って、夜目が全く効かないから……。

「いやあ、沢村大変だったぞ。あれからも妖魔が増え続けて……。沢登さんが龍脈を正常に流れるようにしたから、何とか死なずにすんだ」

「龍脈?」

「龍脈も知らないのか? 龍脈と云うのはだな、風水の………」

 という具合に鈴木部長が、俺が行った後、何が遭ったかを教えてくれた。


「そんなことがあったんですか」

「ところで、この上はどうだったんだ?」

「それが、俺が太郎坊という人が張った結界を破壊したみたいで……。しかも、フードを被った男にハッカイを盗られてまんまと逃げられました」

「太郎坊か……。確かこの山で、役小角(えんのおづの)の前に現れた大天狗のことだな。この山のもう一つのご神体だったが、あいにく、廃仏毀釈でその木像は燃やされてしまったらしいな」

「役小角?」

「沢村君は知らないのか? 役小角って陰陽道の開祖って言われている人で、彼が使役した式神の前鬼と後鬼は有名だぞ」

「式神の鬼と云えば、そいつ、羅刹鬼を使役していましたよ」

「地獄の荒神か! 沢村君、よく生きていたな。ベネトナッシュさんが居なかったのに」

「ええっ、なんとか」

「それにしても良かった。沢登さんも一番それを気にしていたからな。ベネトナッシュさんを降臨できないって」

「そういえば、俺の体にベネトナッシュさんを降ろせることをフードの男は知っていました。それだけじゃなく、ミノタウロスを倒したことも、麗さんがいないとベネトナッシュさんを降ろせないことも……。それだけじゃないんです。俺たちが八坂神社に行くことも知ってました」

「なんやて!! すべて筒抜けちゅうこと?!」

 俺と鈴木部長の話を聞いていた彩さんが驚いたように声を上げる。それを契機にみんなが口々に話し出した。

「それはまずいぞ」

「どうする。計画を中止にするか?」

「いや、俺は今度こそハッカイをこちらが手に入れるべきだ」

「ちょっと、話は降りながらでもできると思うの。人が来る前に、ここから離れましょうよ」

 美優の冷静な判断が下った。その通りだ。たぶん今は夜中の二時ぐらいだ。人目に触れる前に早くここから退散した方がいい。何しろ俺は、この国宝級の山をかなりめちゃくちゃにしているのだ。まあ、参道のショートカットを造ってあげたのと裏山にゴミを捨てる穴が開いただけだけど。それにしても、俺と羅刹鬼があれだけ音を立てたのに、神社の方から誰も来なかったのは、結界でも張られていたんだろうか……。

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