第104話 錬、もう敵の中に入り込んでいる

「錬、もう敵の中に入り込んでいる。天星人を降ろした方がいい」

「麗さんの言う通りだ。麗さんお願いします」

麗さんは印を結びだした。何度も印の形を変えてそして叫ぶ。

「神魂降臨(かもすこうりん)!!」

 俺はべネトナッシュを憑依させるため、口から出てくるままに言葉を紡ぐ。

「我が体は、我が体に在らず。我が技は、我が技にあらず。天地人を貫く楔(くさび)の技。九星剣明王(ちゅうせいけんみょうおう)! 出陣!」

 しかし、いつまで経ってもいつものように神々しい魂が俺の魂に重なる感じが来ない。そしていつものように頭の中で語り掛けてくれる声も聞こえない。

「麗さんダメだ。べネトナッシュさんをこの身に降ろせない?!」

 麗さんの目が驚きで見開かれた。いや今日はマスカラに付けまつ毛、そういう表情をされるとちょっと怖いんですけど……。鈴木部長も思わぬ事態に困っているようだ。

「どうやら、この世界には天星人でさえ干渉できないってことなのか。さっきも妙見菩薩すなわち天帝の加護のある魔法の糸さえ断ち切られてしまったしね。前途多難だな」

 次から次へと想定外のことが起こっている。俺は唯一の頼みの綱の虎杖丸をバットケースから出し握り締める。そうすることで虎杖丸に宿っている神気の霊力をわが身に纏い不測の事態に準備する。この虎杖丸は俺の期待を裏切らないでいてくれるみたいだ。

 それにしてもさっきから列車が止まらない。この列車五分も走れば大学の近くの駅に止まるはずなのに。窓から見える景色も普段俺たちが見ているような都会の景色ではない。人の営みが無いような荒野を走り続けているのだ。さすがに留萌さんもこの異変に気が付いたようだ。

「おかしいわ。走り出して一〇分は経っているのに駅に全然着かない。一五分も走れば終点の三野霊園前に着くはずなのに?」

「まさか本当に異世界に来たって言うことなの?」

留萌さんの言葉にそれこそ想定外というふうに沢口さんが疑問を口にする。

「そうですよ。沢口さん。あなたは鈴木部長の話を全然信じていなかったようだけど」

「だってそうでしょ。異世界なんて誰が信じるのよ。馬鹿馬鹿しい」

「でも、あの地下通路から何もかもおかしかったでしょ。それに気が付かなかったんですか?」

 沢口さん以外の面子はみんな頷いている。俺と沢口さんの話はさらに佳境に入って行く。

「みんなあなたたちの演出だと思っていたのよ」

「そんな、一介の大学サークルがあんなことできるわけないでしょ」

「そうよね。落ち付かなくっちゃ。とりあえず元の世界に帰りましょうよ!」

「今、それも難しいですよね」

「なんでよ?! おかしいでしょ。異世界には来られたのに。帰れないなんて!」

 沢口さんはちょっとパニクっているみたいだ。きつい言葉で食ってかかってくる。目だって焦点が定まっていないし不安が頂点に達しているみたいなんだ。俺がなんて慰めようかと考えていると部長が話に割って入ってきた。

「沢口さん。さっき麗さんが言ったように魔法の糸が切れた以上、僕たちに退路はないんだ。それに沢村の霊媒が使えないとなると、もはや手足を捥がれたも同然なんだ」

「どうするのよ? 責任取ってよ。あなたこのサークルの責任者でしょう!」

「確かに男女の数を合わせるため、あなたを誘ったのは僕です。だまし討ちしたような真似は謝りましょう。でも、あの時一番に手を上げたのはあなただ。確かに、他のメンバーみたいに死にかけた経験がないんだから覚悟が足らないのは当然です。でもあなたはあなたの検死に絶対の自信があった。現実に起こるはずのない理不尽な殺人事件。その真相が知りたくて僕の誘いに乗ったんじゃないんですか?」

 鈴木部長の言葉は真理を突いている。確かにあの時、沢口さんは最初に手を上げていた。バカにしているところもあったけど、それ以上に事件の真相を知りたいと思っていたはずなんだ。そうでもなければ鈴木部長の与太話に本気で乗ったりはしたりしない。

 そのことを沢口さんも思い出したのだろう。大分呼吸も落ち着いてきた。

「そうだったわ。私は自分の検死に絶対の自信を持っていた。どれだけ教授に否定されようが、死体は真実を突きつけてくる。だったら死体が訴える真実を見極めてやろうと沢井さんや沢村君に近づいた。忘れていたわ。まだ真実のホンの入り口。むしろ話だけでは誰も信じない異世界に来られたことを感謝しないといけないのよね」

「そうなんだ。僕たちも何度も好奇心だけで突き進んできた。世の中には好奇心と命を天秤にかけて死んだ人たちだってたくさんいると思うんだ」

「鈴木君、確かにあなたの言う通りよ。私は私の診断が正しかったと確信を得るためにここに立っているのよ」

「さすが神の手を持つと言われている沢口さんだ」

「ふふっ、そんなこと言われたことはないから。それよりこれからどうなるの? あなたの予想を訊かせてほしい」

 鈴木部長は破顔した。沢口さんも前向きな気持ちになったのだ。この気持ちがなければこれから先は生き残れない。行動を始めた以上、何が起こるか予測して準備することが最優先だ。

「後しばらく走ると駅に着くと思います。さあ、その駅で降りるかどうかは沢村君次第。沢村君はすでにここのラスボスに運命を握られているはずです。そしてその地獄を何とか生き残ってそこからが正念場です。ミノタウロス(ラスボス)を倒せば元の世界に帰れるかもしれない」

「そうね。希望は必要ね。それがこの世界を牛耳っているラスボスということね。そこまで行きつければすべての謎は解明できるということね」

「沢口さん。その意気です」

 何とか沢口さんを落ち着かせ、前向きにすることに成功したようだ。さすが鈴木部長。説得に一段落ついたところで、列車は山の中の駅に滑り込んでいく。

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