第100話 私は行くわ

「私は行くわ。きっと何も起こらないでしょうけどね」

 一番に手を上げたのは沢口さん。こうなると沢口さんを神代の化け物から守るためにも俺も行かねばならないか。

「俺も行きます!!」

 俺が手を上げると同時に、美優、彩さん、麗さん、留萌さんも手をあげる。

「「「「はい、私(うち)も!!」」」」

「後は僕だな。悪いが山岡と大杉君は留守番だ」

 部長が最後の一人に手を上げた。前回から腰が引けている山岡さんや大杉じゃあ無理だろう。別に攻める理由はない。誰だって命は欲しいのだから。

「じゃあ、明日一一時三〇分ぐらいに駅の地下東口の改札口に集合!!」

「「「「おう!!」」」」

 部長の声に全員が鬨の声を上げた。さすがに飲み始めて二時間以上。それなりにお酒も回っているようだが、俺はシラフのために事の重大さに目まいが起きそうだ。

 確かに、沢口さんが言ったように必ずしも異世界に行けるわけじゃない。それにまだ行った先の異世界にどう対応するかも話がでていない。今のままじゃあ誰も守れそうもない。俺の思考が不安へと大きく振れる。そんな時俺に声を掛ける奴がいた。

「おい沢村君。そろそろバイトの時間じゃないか?」

 言われてとっさに俺は時計を見る。不味い、もう七時半を過ぎている。

「部長、それに皆さん。すみません。俺バイトに行かないといけないんでここで抜けます」

「大丈夫だ。知っていたし、思っていたことは大体言えた」

「錬、私も帰るから送っていってよ」

「おう、それじゃあ皆さん。明日一一時半に東口で」


 美優に言われてそんな約束も思い出す。美優の家経由なら本当にもう出なくちゃ。俺は焦って「居酒屋勝ちゃん」を後にする。


 ********BY留萌瑠衣**********


「さて、沢村君と沢井さんが帰ってしまったが、もう少し詰めておきたい話があるんだ」

 私たちも帰るものだと思っていたのに鈴木部長はさらに話があると言っている。それを受けたのが彩さんだ。

「そうやろうな。沢口さんの話からすると」

「えっ、私の話?」

「そうだ。もし運よく異世界に行けたとしても、全員迷宮ラピュリントスの違う場所に飛ばされる可能性が高い。そしてその場合生き残る可能性があるのは沢村だけ。あとゼロでないのが沢登さんかな。それで沢登さん、異世界に入った時、バラバラに飛ばされない方法ってないかな?」

 部長が困ったように麗さんに向かって尋ねる。それでしばらく思案すると顔を上げた麗さん。

 確かにみんな一緒に行けると考えていたけど、相手はこの世界とは全く違う異世界。そして状況証拠からも、一緒じゃなくバラバラに迷宮ラピュリントスの処刑場に飛ばされる可能性が高い。私が一人で飛ばされたらどこの地獄だろうと瞬殺されるに違いないでしょう。

 麗さん、部長だけじゃなく私からもお願いするわ。

「可能性で言うなら、たぶんその地獄に引き擦りこもうとする奴は私たちの姿を見ていない」

「沢登さん、姿を見てないっていうのは容姿を見てないってことかな」

「うん。姿じゃなくオーラを見て引き摺り込もうとしている」

「なるほどな。まあ、地獄と云うのは魂を引き摺り込もうとするやろうからな」

 彩さんもなるほどと納得のいった顔だ。

「どうすれば? そのバラバラにならないようにできるんでしょうか?」

 私も疑問に思っていることをこの人たちにぶつけてみる。私の時もそうだったけど、この人たちは決して行き当たりばったりで行動しているわけじゃないと思う。私が麗さんの神社から連れ去られた時も、神水のヨーヨーだったり、狛犬の式神を使ったりと策は練っていた。

 それでも、不確定要素が続けば沢村君抜きじゃあ危なかったんだけど……。

「みんなの身代わりを使う」

「麗、あれやな、人型の呪符を使って」

「そう。準備しておく」

「なるほど、俺たちが準備しておくものは?」

「髪の毛を数本」

 そういうと、麗さんはみんなから髪の毛を集め、懐から出した紙に私たちの名前を書いてそれぞれ包んでいく。どうやら、神社に帰ってから私たちの髪の毛を使って身代わりを造るようです。

「後は、虎杖丸(いたどりまる)か」

「そうやな。錬君すぐ霊力不足でガス欠になるからな」

 虎杖丸は麗さんの神社に奉納されているアイヌの宝刀のことだ。ただし、天帝が与えた神授の剣ということで、正当な持ち主は沢村君ということになっている。沢村君はこの刀にオーラを纏い、カリストの成れの果ての大熊を倒した剣だ。

確かに絶対に必要でしょう。しかし、まだまだ不安は尽きない。

「鈴木部長、あの沢村君がミノタウロスを倒した後、この世界に帰ってくるためには、テーセウスの時のように魔法の糸がいると思うんですけど?」

「……私が考えてみる」

 私の質問に、麗さんが思案するように答えた。麗さんのことだから大丈夫だとは思うが、異世界という得体の知れないものが相手です。麗さんも準備するではなく「考えてみる」です。そんな麗さんの反応を見て鈴木部長が呟やいた。

「彼女が五次元の目を持っているかどうか……」

「五次元の目?」

 部長のつぶやきは私以外には聞こえなかったらしい。そして私の疑問も……。それにしても五次元の目って何だろう? 麗さんが持っているかもしれない神具のことよね? 迷宮ラピュリントスで役に立つ道具かしら? 私が思考に沈んでいる間、話はドンドン進んでいたみたいだ。持っていく携行食や水の話も出ていた。

後は? そう考えていると彩さんが張り切って声を上げた。

「後は、地獄に導かれる不良らしく、ヤンキーファッションでみんな決めてくること。よし、その辺のことはうちが錬と美優ちゃんにはメールしとくわ」

 ヤンキーファッション? どんな服をヤンキーファッションっていうんだろう。それが一番難しい。

 この発言に困っているのは私だけ。沢口さんを見ると今まで覚めた感じで話を訊いていたのに、目がキラキラしている。俄然やる気になったようだった。

 そんな話を小一時間ほどして、流れ解散で心霊スポット研究会の例会はお開きとなった。

 もちろん、私は麗さんの車で送ってもらって、麗さんの神社の社務所の二階で彩さんと一緒にお泊り会だ。

 今日のお喋りの話題はヤンキーファッション。彩さんがスマホで検索してああじゃないこうじゃないと言っている。これを私が着るの? その中で縄文土器の模様のようなファイヤーパターンのアロハシャツを見て、彩さんが「これ、ええなー」とか言っている。

 その恰好、昔を思い出すから勘弁してほしい……。


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