第99話 「……七人……」

「……七人……」

「どこから始めようかな。まあ最初からでいいか。神話の一つにおうし座の神話がある。

フェニキア王の娘エウロパの美しさは稀有、天界の神々にもその美しさは伝わっていたんだ。そしてある春の日、エウロパが野原で遊んでいたところを天帝に見初められたんだ。まあ、一発やりたくなったんだな」

 部長、天帝絡みの話になると途端に話し方が雑になるな。まあ、世俗的になるのは天帝本人の性癖にもよるんだが。

「それで、天帝は一頭の大きな白い牛に姿を変えてエウロパの元に近づいていくんだ。大きな美しい白い毛に覆われた牛は大人しく野に寝転んでいるので、エウロパはそっと牛の背中に腰を下ろしてみた。すると牛は立ち上がり、猛然と走り出し、野原を掛け抜け山を越え、海を走り抜け、 その間、エウロパはただ牛の角にしがみついているだけだった。そしてやっと大陸にたどりついた。

そこで、天帝は姿を現し、悲しんでいるエウロパを慰め、胸の内を語ったとされている。

 何を語ったんだが? いずれにしろやることやってエウロパは天帝の子ミノスを産んだ。

 そしてエウロパはクレタ王の妻になってミノスはクレタ王のもとで成人したわけだが、クレタ王が死んだ後、王位継承をめぐって、ミノスは兄弟と対立、王位継承の証としてポセイドンに牡牛を送ってもらい、その牡牛を生け贄に捧げることを誓ったわけだ。自分の血が神に連なることを誇る意味もあったんだろうな。

 しかしここからがまずかった。ポセイドンから送られた牡牛があまりにも美しかったため、別の牛を生け贄としたんだ。ポセイドンは怒ったね。半神半人のミノスが神である自分をたぶらかしたんだ。

 まあ、本筋とは関係ないけど、天に召されたおうし座の牛は、二つの説があって、天帝が化けた牛とこのポセイドンから与えられた牛だという二つの説があるんだ」

「部長はどっちだと思っているんですか?」

「まだ、どちらかは僕にも分からない。ただ、このキサラギ駅の事件を解決出来たらおのずと分かると思うんだ。そう云った意味では天帝の化けた牛だと期待している」

 美優の問いに、鈴木部長は曖昧な返事を返している。この言い方、天帝の化けた牛の方がこのキサラギ駅の問題が解決できると思っているのか? だとしたらまだ何かパーツが足らなくて結論を出せないと考えているのだろう。部長は話を戻し、続きを語りだした。

「ポセイドンは仕返しにミノスの王妃パーシパエがその牡牛に欲情するように呪いをかけたんだ。まあ、女性もいるからなまなましい話は省略するけど、策を弄してパーシパエは牡牛への思いを遂げたわけだ。

 そしてパーシパエは子を産んだんだが、その子は人間の体に牛の頭がのった怪物ミノタウロスだった。凶暴なミノタウロスに業を煮やしたミノスは、ダイタロスに命じて迷宮ラピュリントスを作らせミノタウロスをそこに封じ込めたんだ」


 その神話は聞いたことがある。その脱出不可能と言われたラピリントスの攻略方法を作成者のダイダロスから聞き出したのはミノス王の娘アリアドネ。アリアドネはアテナイの英雄テーセウスに恋をしていて、ラピュリントスに入りミノタウロスを倒そうとしていたテーセウスに短剣と魔法の毛糸を持たせた。アリアドネは魔法の毛糸の端を入り口で持ち、ミノタウロスを隠し持っていた短剣で見事倒したテーセウスは魔法の糸を手繰り寄せて、アリアドネが待っているラピュリントスの入り口まで帰ってくることができた。めでたしめでたしという話だ。

 しかし、鈴木部長にとってはミノタウロスが倒されるところはあまり関係がなかったらしい。


「その後、ミノス王はアテナイとの戦争に勝利し、その賠償としてミノタウロスのために一年に少年少女を七人ずつ生け贄として貢がせていたんだが、その生け贄にアテナイの英雄テセウスが紛れ込んでミノタルロスを倒したのは有名な話だから省略。

ミノス王はそのことを怒って、娘のアリアドネに知恵を授けたダイダロスを幽閉するんだが、ダイダロスは翼を作り出だしシチリアに逃れた。ミノス王はシチリアまでそれを追ったが、ダイダロスをかばったユカロス王の娘たちに、入浴中に熱湯を浴びせられ死んでしまう。

 死後、ミノスは冥界の王ハデスに気に入られ、冥界の審判者として地獄の入り口で死者の行くべき地獄を割り当てていて、その地獄で異端者を痛めつける獄卒をしているのがミノタウロスということだ。元々、迷宮ラピュリントスは地獄を模して造ったといううわさだしな。

男をなぶり殺し、女を陵辱し快楽の限りを貪るこの怪物は、まさに地獄の象徴ということだ」

長々と部長は神話を話し続けていたが、要約するとどういうことなんだ?しかし、俺が思考の渦に巻き込まれる前に鈴木部長は結論を言う。

「彼ら犠牲となった七人が行った異世界とは迷宮ラピュリントス。そして、地獄の責め苦を実行したのがミノタウロスだ」


静寂の中、ボソリと沢口さんが呟く。

「……なるほど、あなたの話は面白いわ。でもあなたの言っている異世界に行ってみないと分からないわね」

 確かに、部長の説は今一ついつものようなキレがない。結論を異世界という誰も見たことがないものにしたわけだし、行く方法も確立されたわけではない。そんな考えを凝縮した沢口さんの一言に対して部長が切り返した。

「だから、行ってみようと思っている。幸いまだ生け贄の数は満たされていない」

 そう言ってまわりの人たちを見回す。

 確かにミノタウロスへの生け贄は男女七人ずつ。そう考えれば後男二人と女五人。まだ異世界への入り口は完全に塞がったわけではない。部長はこの中から選抜するつもりなのか?

「幸い、明日の〇時ごろ、この辺りは雷雨に見舞われるそうだ。まだ神の意志が働いているのなら、生け贄を求めて、駅に雷が落ちるだろう。みんなどうする?」

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