第88話 バイト先に着くと
バイト先に着くと、久々の留萌さんの返り咲きで盛り上がっていた。留萌さんが七月末でバイトを辞めて人手不足に拍車が掛かっていたところに、もう一度雇って欲しいと留萌さんから言ってきたのだ。まさに渡りに船、大歓迎ムード一色になっていることにちょっぴり恐縮している留萌さん。
留萌さんの考古学的発見はテレビや新聞で取り上げられて知っていたので、留萌さんはこのまま助手として給料をもらいながら大学に通うと思っていた人は、教授に手柄を横取りされて可哀そうだと、勝手に白い巨塔を思い浮かべ憤慨したり同情したりしている。いや、一発で助手になれるほど大学に残るのは簡単じゃない。まあ、大半は自分のシフトが楽になって喜んでいるのだ。そういう俺も、週三日の約束のはずが頼まれて週五日バイトに勤(いそ)しんでいた。前期試験対策に弊害が出ていたと云っても過言ではない。もっとも美優から言わせると留萌さんの件は関係ないだろうと突っ込まれそうだ。
まあ、そういう訳で留萌さんの復帰はみんなにすぐに受け入れられたわけだ。
俺も正直留萌さんがいて助かる。分からないことを一番訊ねやすいのは留萌さんだ。一緒にレジに入っていても安心感が他の人と違う。俺はお客が途切れたところで隣のレジの留萌さんに話し掛けた。
「留萌さん。お帰りなさい」
「沢村君、ただいま。またここに帰ってこられるなんて、沢村君を始めみんなのおかげだよ」
「いや、俺は特になにも……。それより下宿がすぐに見つかってよかったですね」
「前住んでいたアパートがボロかったから、まだ誰も入ってなくてすぐに借りることができて良かったよ」
「それで向こうに居た時は、ずーっと実家だったんでしょ?」
「うん、久しぶりにお母さんとゆっくり話ができたよ。お父さんが死んだ時の様子とか私に掛けられた呪いとか、やっと本当の話ができたの……」
「それは何と云えばいいか? それでお母さんはなんて?」
「一人で抱え込んで良く頑張ったねって……」
留萌さんはその時のことを思い出したのか泣きそうな顔をしている。
「それで、二人で抱き合って泣いた。そして心霊スポット研究会のみんなにたくさん感謝していた。私も感謝しているよ。沢村君」
赤く潤んだ瞳に俺はドギマギする。
「いやーあっ、俺の場合は成り行きで……。やっぱり、さすがなのは鈴木部長に麗さんかな」
真実を話せない留萌さんに代わって真相を解明した鈴木部長に、留萌さんを助けるために準備を怠らなかった麗さん。後は精神的に支えた彩さんに美優。結局俺はその人たちに引っ張られベネトナッシュの力を借りて戦っただけだった。
「それはそうかもしれないけど……。そういえば沢村君の力って異質だよね。神にその身を宿すことができるけど、その体はあくまで依り代で霊媒師の麗さんが居なければ降ろせないわけだしね」
「そう言われればそうかも。俺って情けないや」
「そんなことないわよ。麗さんだって妙見菩薩の力があればこそだし、妙見菩薩だって人々の信仰心が在ればこその力なのよ」
「信仰心があってこそ?」
「そうだよ。信仰心こそが神の力そのものだって書いてあるのを本で見たことがあるよ」
「そうか誰かは誰かの力になっているってことか」
「神って自作自演で天罰を起こして、人々を畏れさせ信仰させたみたいだし」
そう言って笑う留萌さんを見て思いたったことがあった。確かめようと話し掛けようとしたところで、レジに並ぶお客に会話を阻まれてしまった。
「いらっしゃいませ」
そう言いながら、俺は商品のバーコードをレジで通しながら別のことを考えていた。
そして、俺はレジにお客が居なくなったところで留萌さんに再び話しかける。
「留萌さん、もしかして神自身が神に救いを求めるために地獄を創ってません?」
「うーん。でも神話だと神が創ったのは冥界だね。いわゆるあの世って言われるところ。混沌とした世界が分かれて、それぞれ誰が治めるかを決めたんじゃなかったかな」
「じゃあ、地獄は神が創ったわけじゃないのか……」
「地獄というのは、元々人間の誘惑に弱い心を戒めるために人が創ったんじゃないかな。悪魔って誘惑する者が定義だしね」
「あっ、そうか、悪魔の目的は人を堕落させる。じゃあ地獄は神とは関係ないか」
「どうしたの? いきなり地獄なんて言い出して……。あっ、心霊スポット研究会で何か問題が起こったの?」
「いや、そういうことじゃないんです」
俺が留萌さんにそう言うと、留萌さんは怒ったような口調になった。
「沢村君。私だってあなたたちの力になりたい一人なのよ!」
留萌さんの怒りはもっともだ。さっきの話だと俺はみんなの力に支えられて神の力を貰っているんだ。
「すみません。今日おかしな話を聴いたから……」
「おかしな話?」
「ええっ、留萌さんは、最近は福島にいてあまり知らないかもしれませんが、ここ一か月の間に三野霊園行きの最終列車で六件の列車事故があったんです。それでその犠牲者の死に方がバラエティに富んでいて、地獄の責め苦を再現したような死に方だったんです。墜落死、絞殺死、噛殺死、刺殺死、水死それから焼死。それで美優が「この犯人の目的は地獄の責め苦を見せようとしている」って」
「あのテレビでやっていた列車事故ね。最初は自殺って報道されていたけど、後になって連続殺人事件の可能性が高いって事件よね。詳しい報道はなかったけど」
「そうなんです。その殺された方がとても人がやったとは思えなかったです。それで犯人はどんな目的でやってるんだって聞かれて、まるで地獄を見せているようだと」
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