第86話 沢井美優 Side

*********沢井美優 Side************


 ここ最近は勿来の関の発見に伴う調査でとても忙しかった。私のしたことなんてほとんど無いのに、鈴木部長に言われ瑠衣さんに頼まれて、勿来の関のレポートを書いたばかりに現地で発掘作業にも係わることになってしまった。

 発掘された形跡から、この勿来の関は女だけが生活し守備していた関であることが判明した。鍾乳洞の洞窟には全盛期には五〇〇人以上の女性が住み、和人とアイヌが和解した後、地下水に毒が混ぜられことで全滅したことも調査によって明らかになった。このくだりは私たちが書いたレポートと合致する。それにアイヌの使った呪術的慣習(刺青やクマ取りメイクなど)や文字を持たないとか各部族間でほとんど交流しないなどの生活様式により、近隣地域と疎遠であったために、この関が長い間発見できなかったと結論付けられた。

そして今は供養塔が建立され、私たちはその完成を待ち、供養祭まで現地に留まり亡くなった女性たちの冥福を祈ってきたのです。

 残念なのは、発掘された品々の中に、最近造られた木目が奇麗な細工箱が在ったんです。とにかく心惹かれる幾何学模様が美しく、保存状態も良かったんですが、保存状態が良すぎて後世の人が置いていったんだろうという結論が出たことです。

 仕方なくこの箱は私たちの大学に寄付したんですけど、私たちの前にこの遺跡を訪れた人が居たということ、そして、その人たちはおそらくは、あのアマゾネスたちに殺されたのだろうということです。

 それに多くの謎も残っています。どのように女だけで巨大な岩を積み上げたのか? 貧相な食糧事情の中、何年も屈強な男たちを相手にどうやってこの関を守り通したのかと真剣に専門家たちが議論をしているところです。

 もちろん私たちは、ここに住んでいた女性たちが精霊(ニンフ)の末裔で、その能力は人間を大きく凌駕しているなんて話はしていません。そんなことを話した途端、考古学会では異端扱いをされ、二度とまともな場で論文の発表はさせてもらえなくなるでしょう。

 でも、オカルト雑誌あたりでは、宇宙人説やロストテクノロジー説が囁かれ、彼女たちはお伽草子に書かれた女人島の末裔だと書かれていたりします。

 うん。こういう人たちの方が面白いよね。それにロマンがある。呪われていた瑠衣さんだって同じようなことを言っていた。「想像力がないと真実にはたどり着けないものですね。あなたたちのように」と。


 そんなわけで、福島県で一か月近く過ごした私と瑠衣さんはやっと家に帰ってきたんです。三日と開けずに錬とは電話をしていたけれど、久しぶりに会いたい。でも会いたいだけって言うのはなぜか私が負けたようで嫌だ。錬の話でははなかなか前期試験の勉強が進んでいない感じでした。私も忙しくて試験対策は遅れ気味だ。なら一緒に試験勉強をするのを口実に合うのはどうだろう?

 私たち付き合っているのに会うのに口実が必要なのかしら? 錬と会うのに色々言い訳している自分に苦笑いをしてしまう。口実なんていらないのに口実を探している私。まるで錬に片思いしているみたいだ。またそれが楽しくもありじれったくてもあり。今はこの距離感を大切にしたい。いずれ体を許すことがあるにしても……。

 そう考えて私は急に恥ずかしくなった。


「さあ、電話、電話っと」

 恥ずかしさを紛らわすように独り言を言いながら携帯を取り出す。そのタイミングで携帯が鳴ったからびっくりした。まさか錬から? でも着信した電話番号は見たこともない携帯番号からです。最近は取材の申し込みも多いですから……。そう考えて電話にでると、相手は同じ大学の法医学教室の沢口美緒と名乗りました。

 法医学? 法律と医学の学問? 一体何を学んでいるのかしら? 文学部の私に訊ねたいことなんてあるのかしら? でも、法学なら何か錬の役に立つかも。私は少しだけ沢口さんの話を聞くことにしました。

 それで話を聞き始めたんですが、どうやら、発見が困難と言われた幻の関と言われる遺跡を発見した柔軟な発想を見込んで、沢口さんが抱え込んだ問題にアドバイスが欲しいということでした。それだけでは答えようがない。さらに詳しい話を訊こうとすると、監察医としてある事件に係わっていて、なんとも不可解だから意見を訊かせて欲しいの一点張りで詳しい話は会った時に話すというのです。

 事件? まさか殺人事件とか、私の脳裏にテレビドラマのワンシーンが目に浮かぶ。まさか殺人事件の死体の様子を取った写真を色々と見せられたりするんじゃないかと不安になり、そのことを言ってしり込みをしていると、沢口さんも笑って答えた。「いや、この傷の切り口は出刃包丁か刺身包丁かなんて意見を聞こうとするわけじゃない」。それはこちらが専門だからと否定され、最後は話を訊くだけでもいいと押し切られて、しぶしぶ承諾して電話を切ったのです。


 それから錬に電話を掛けて明日会う約束をしました。錬は予想通り試験対策はあまり進んでいませんでした。それにゼミのレポートなんて未だに手付かずの状態でした。よくこんないい加減な人がこの大学に入れたんだって思ったんだけど、考えれば三年間野球部を続けてこの大学に入ったんだから、錬の「やる時はやる男だぜ」という言葉を信じることにします。

「やる時はやる」のモードの変貌を見ておくのは今後の参考にもなりそうです。

 なんの参考ですか? 自分で突っ込んでおいて恥ずかしくなってしまいました。だから、慌てて頭を切り替えます。

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