第76話 エピローグ2
しかし、デロス島の化身の神もやがて天帝に従い天に帰ることになってね。いよいよデロス島が再び海の底に消えるとなった時に、アイヌの酋長のアテルイに懇願され、カリストは自分たちの住む場所を提供することを条件に大和朝廷との戦いに参戦したのよ。人目につかないところがいいだろうって、与えられたのがこの巨大な鍾乳洞の洞窟。いずれ犬鳴村として伝説になっていくわけです。
話は元に戻るけど、大和朝廷の指導者は天帝の子孫。カリストにとってはにっくき敵。勿来の関での戦いは、それは凄まじかったらしいわ。とにかく勿来に近づく者はみな殺し、ニンフたちの子孫は人間の身体能力よりも何倍も優れ多少の魔法も使えたみたい。そんな戦いの中、大和朝廷は和睦を求めて来た」
「その和睦は見せかけだったんだろ。アテルイは京都で処刑されたし」
部長が留萌さんの話を受けて、記録の残っている歴史について事実を語った。
「そう、大和朝廷はこの恐ろしい刺青をした女戦士に恐怖した。それで和睦といいながら、この周りのアイヌ人を懐柔し、地下水に繋がる井戸という井戸に毒を流し込んでこの女戦士たちを皆殺しにしたの。再び天帝に裏切られたカリストは、怒りに狂い殺された女たちの魂を、呪いでこの地に縛り付け仮の肉体を与えた。そうして二〇〇〇年近くの歳月をここに留まり過ごしていたそうです。
これがカリストから聞かされた話の全てです。そして、私もこの女戦士の一人になると言われました。そうならなかったのは本当に皆さんのおかげです」
そう言って留萌さんは頭を下げた。
「留萌さんがあんな化け物にならなくて本当に良かったです」
俺は留萌にそう言葉を掛け、麗さんの方に向き直った。
「麗さん。助けられた俺が言うのもなんですけど、もうあんな無茶はしないでください! 俺の目には数秒後に真っ二つになった麗さんが写っていたんだから」
「最初から殺(や)る気、火傷の借りは返す」
昨日受けた火傷の仕返しをするために、包帯に見せかけた白帯呪符を腕に巻いて準備していたんだ。この人の恨みは買っちゃいけない。俺の心がそう警告を発する。
そんなことは気にした様子もなく、留萌さんが麗さんに訊ねた。
「麗さん、それにあのヨーヨー風船何が入っていたんですか? 沢村君の声が聞こえた気がして思わず、あのカリストに投げつけたんですが」
「神水、キリスト教の聖水と同じ」
「だから、あの水が掛かった亡者は苦しんでいたんだ」
「ねえ、麗さん。あのおみくじも麗さんの仕込みなの?」
そうだ。美優が引いた「吉凶未分」という稀(まれ)なおみくじ。その予言を成就するためのアイテムが偶然俺の命を救い、あのカリストに起死回生の一撃を与えた。偶然とはいえ、うまくいきすぎだ。美優があのチタンチェーンのネックレスをプレゼントに選んだのも。しかし、麗さんの返答は。
「あれは偶然。そんなおみくじがあるのも知らなかった。美優もそうでしょう?」
「うん。ネックレスを選んだのは凄い偶然。あの時は錬とお揃いがどうしても欲しくて」
どちらもただの偶然なのか? そういえば偶然といえば……。
「沢村君、その服着てくれているんだ。誰かにプレゼントするなんて初めてだからすごく悩んだんだけど、気に入ってもらえてよかったわ。だけど、もう破けてるよね。オマケに血が滲んでるし」
そう俺が着ている留萌さんからもらったブランドメーカーの開襟シャツ。胸にはリトルベアーが刺繍されている。カリストはこの子熊が目に入り一瞬怯んだのか? 自分を置いて天に帰った自分の息子。その一瞬の躊躇で俺は心臓を抉られず、胸の皮一枚で救われた。
偶然も重なれば必然になる。チェーンネックレスのポラリスとアルテミス。カリストが静かに過ごしていれば何もなかったんだろうが、現世に生きる人間に手を掛けてしまった。それで天帝を初めとする天星人たちが俺たちに力を貸してくれたのか?
そんなことはいくら考えても分からない……。
一体今は何時ごろなんだ? 現実離れしたことを考えていたせいなのか、ふと現実的なことが頭に浮かんだ。
「ああっ、もう日付変更線を超えとるな。ホテルをキャンセルしといて正解やったわ」
「もう、そんな時間なんですか?」
「大丈夫やで、携行食はけっこう買い込んできたから」
部長にそう言って、彩さんはカロリーメートをかじり始めた。それにしてもやはり時間が掛かってしまった。いわき市に着いてから、彩さんがあちこちに電話を掛けたり、コンビニに寄ったのは、野宿の段取りをしていたんだ。さすがアウトドア派だ。彩さんの段取りに助けられたな。
それにしても、もう深夜になっていたのか? ベネトナッシュはもうみんなの魂を天に運んだのかな?
俺はフラフラと立ち上がると出口に向かって歩き始めた。俺の動きにみんなも合わせるように付いてきている。出口から出るとそこには満天の星空が俺たちを迎えてくれる。
「霧が晴れてる!」
「凄い星空やな!」
「あれが北斗七星で、あの辺りが大熊座になるのよね」
そう、北斗七星は大熊座に含まれているからこそ、ベネトナッシュも同胞のために必死だったんだ。
「あれ、大熊座の目のあたり、あんな明るい星なんてあったかな?」
胡沙の呪術が解けた満天の星空にみんなが感嘆の声を上げる中、美優が不思議そうな声を上げた。美優の声に思わず俺も確認する。確かに俺の記憶にある星座には左目ところには明るい星はなかった気がする。そうか大熊座の両目に瞳が入り、数万年の時を経て大熊座に魂が宿ったんだ。
また天文学会が大騒ぎしそうだけど、俺はカリストの魂が平穏に夜空に留まることを祈らずにはいられなかった。
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