第75話 エピローグ1
次に目を覚ましたのは、美優の膝の上だった。
最初はどこにいるのかもわからなかったが、上からのぞき込む美優の顔は、……あ、あまりのも近すぎる。当然、二つの胸のふくらみもだ。俺は慌てて体を起こそうとして、美優や彩さんに押さえつけられた。えっ、彩さんそこにいたの? 何しろ俺の視界の大部分は美優の胸に阻まれて死角になっているのだ。
「錬、大丈夫?」
「まあ、もうちょっと膝枕を堪能しときや。どうせ下は固い地面なんやから」
「?」彩さんの言っていることがイマイチ理解できない。ぼーっとなっていた頭がフル回転で状況を把握しようとし始めた。ここは俺の部屋じゃないよな? えっと、そうだ勿来に来ていたんだ。それで巨大熊のカリストと戦って……。天井は岩盤が剥きだし? それに背中の下は固い物の上で寝ている? これは地面か? それに天井で光が淡く揺れている。ここは洞窟の中? それに光源は焚火か?
俺は胸に乗っている二人の手を、大丈夫だとやんわり払いのけると、ゆっくり体を起こした。
「沢村君、見てみろここが犬鳴村だ。いや狗鳴村か? この洞窟は鍾乳洞になっていて中はかなり広いぞ。大小のこんな感じの広間が数十あり、奥行きも数百メートルはありそうだ。数千年前には生活していた痕跡もあるし、しかも地下水も流れているんだ。君が気絶している間にちょっと散歩してきた」
この人はやっぱり並みの好奇心の持ち主じゃあない。さっきまで亡者がうようよいたところを懐中電灯一本でフラフラ歩いて散歩してくくるなんて。それに、そういった心霊スポット研究会アイテムもちゃんと持って来ているんだ。懐中電灯に着火ジェルにレジャーシートとか。
鈴木部長の顔は誇らしげだ。遂に犬鳴村の謎を解明したとドヤ顔をしている。でも俺の知りたいのはそんなことじゃあない。
「留萌さんは? 無事なんですか?」
「沢村君。大丈夫よ。そしてありがとう」
彩さんの隣にいる麗さんの後ろから留萌さんの声が聞こえた。そこに居たんだ。
「それならよかった。でも感謝されるようなことは何もしてませんよ」
そう言いながら、俺は安どのため息を吐いた。
「ううん。沢村君だけじゃなくて鈴木部長さんや彩さんに麗さん、もちろん美優さんみんなにお礼を言いたいの。沢村君が私の勤めていたバイト先にやってきたことで、それからの私の考えが変わったの。たとえ掛けられた呪いで死んでいたとしても、いいえ、死ぬと思っていたからこそ一生懸命楽しもうとしたわ。あなたたちなら私のことを、きっといつまでも覚えていてくれる。
だから、私は心の壁を取り去ろうと初めて努力したの。始めはうまくいかなかったけど、それは見事に実ったわ。だから、女戦士にここに連れてこられても全然絶望なんて感じなかった。わたしが意思を持たない屍になっても、きっとあなたたちは私のことを忘れない。それだけでよかったのに……。ここまで私を救いに来てくれるなんて……」
「そんなん当たり前やん。瑠衣ちゃんはもう、うちらの仲間やねんで」
「さっきもそう言ってくれて……」
「瑠衣、それよりもあの話」
「沢登さん、それじゃあ何のことかわからないよ。留萌さん、さっきも聞いたけど、君からこの村の話が聞きたいんだ。さっきは沢村君が目を覚ましてからって言われたから」
「そうでしたね。沢村君にも聞いてもらいたかったから」
「話しても大丈夫なの?」
「ちょっと待ってね。確認してみる」
留萌さんはそう言って、何かを確認するように胸のあたりを抑えた。そして今度は浴衣の腕を捲ってしげしげと見ている。思わず俺もその腕を見たが、二の腕あたり、ちょうど良い肉好き、健康的な小麦色の肌、浴衣が醸し出し色気に、不謹慎だが俺の目は釘付けになる。
「うん大丈夫。この里のことを言おうとしても胸が苦しくならない。それにあの忌まわしい刺青も浮かび上がらない。あの私を苦しめた巨大熊カリストの呪いが解けたのね」
そういう留萌さんの目には涙がたまっていた。そして涙を拭って話し始めた。
「私がお父さんに連れられてここに来たのは十年前の誕生日……」
そう話し始めた話は、お父さんが殺され呪いを掛けられた日のことぽつぽつと語る。その話が終わったら、今度は囚われた日のことを語り始めた。
「私が気が付いたらもうこの中に居たの。だからどうやってあの神社からこの洞窟に来たかは分からないの。最初はこの奥にある鉄格子のある牢屋に入れられたの」
その牢屋って言うのはこの砦の捕虜を収容する場所なんだろう。そこに入れられた留萌さんをわざわざ戦いの場に引っ張りだしたのは、人質にしようとしたのか、目の前で俺たちを惨殺して、留萌さんの心を折ろうとしたのか? そんなことを考えていると、さらに留萌さんが話を続けている。
「そこに妖精の女王のような美しい女の人が現れたの。その人の目には瞳が無かった」
「確か天星人が堕天し、反転するとそのような瞳になると聞いたことがあるな」
部長の話で俺もカリストの最後の姿に合点がいった。留萌さんの前に現れた女性の正体は……。
「そして自分はカリストだと名乗ったの。そこからは鈴木部長の言った通り、天帝との情事、アルテミスから買った怒り、そして呪い、息子に殺されそうになった無念、これらの理不尽な出来事に恨みを爆発させていたわ。私も同情したくらい」
「で、息子に殺されそうになった後はどうなったんだ。まあ、カリストが分魂した後の話なんだが?」
「アルテミスなんかが神として天に帰った後も、カリストの残された負の魂はデロス島に残ったのよ。もともと男嫌いで潔癖症のアルテミスが統治していた島だからね。妖精(ニンフ)たちも女性しかいなかった。もともと浮島だったデロス島は各地に流れ、いつか女人島と呼ばれるようになったみたいです。そして最後に流れついたのが北海道近海。ニンフたちは長生きで神代の時代を生きてきたみたいなんだけど、やがて、一人死に二人死にで……。それでカリストは男をさらってきて子孫を残すことにしたのよ。このあたりは女人島の伝説として自栄書房に書かれていた通りね。
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