第60話 錬、待った?

「錬、待った?」

 すぐに俺を見つけて駆け寄ってくる美優。俺は破顔していたと思う。

「今来たとこ。今日はずいぶんラフなカッコだね」

「錬に合わせただけなんだけど!」

 ちょっと膨れたように口を尖らせる。確かに最近の服装は、俺もスポーツメーカーのTシャツかポロ、下はチノパンがほとんだ。ヤンキーファッションは心霊スポット研究会の女性たちにすこぶる評判が悪いので、俺が野球をやっていたころの恰好に逆戻りをしているのだ。

「確かに、納得した」

「でしょ。錬ってすぐに気が変わって、バイクでどっか行こうとか言い出すから。ミニスカートだと困るんだからね。この前だって映画の最中で、海を見に行こうって言い出すし」

「あ、あれは……。あの恋愛映画って、ちょっとエッチなシーンが有って……」

 なんていえばいいのか……、家族でテレビを見ていたら、そのテレビ番組で塗れ場シーンが唐突に始まって、みんな気まずくなって対応に困る時がある。それが彼女なら尚更(なおさら)なわけだ。ひとりで見るなら文句無しに最後まで食い入るように見る自信がある。

「そっか、そうだよね。ちょっと恥ずかしいよね。ストーリーから必然性を感じないし」

 なんか俺たち二人の関係には必然性を感じないと言われた気がする。いや、ああいったシーンは必然だよね。恋愛では避けて通れないテーマだと思う。まあ、美優が嫌がるなら仕方無いけど……。

「まあ、そんな話はどうでもいいだろ。今日は美優へのプレゼントを買いに来たんだし」

「でも私、誕生日でもないよ」

「前にも言ったけど、俺が初めて貰ったバイト代で、今まで世話になった人に贈り物をするんだ。まあようやく半人前になった俺の記念みたいなものなんだ」

「だったら、ご両親とかは?」

「毎日、売れ残ったスィーツをお袋に持って帰っているよ。それで十分だよ」

 お袋は大好きなスィーツは割引シールの貼ってあるのしか買わない。嗜好品は贅沢をしない主義だ。それが毎日、俺が廃棄処分品を持って帰ってくるから狂喜乱舞。しかも賞味期限が今日の12時で切れるという言い訳付きだ。夜遅く高カロリーを摂取することになるのでおなか周りが心配になってきている。今年の健康診断はメタボ判定確定だろう。

「だったら私、考えていることがあるの」

 そういうと美優はお目当ての店に向かったのかエスカレーターに乗っている。


 美優の後ろを付いていくと、以前俺がプレゼントしてもらったチタンネックレスを買った店に入って行った。

 あの時の光景が蘇ってくる。俺が必死に固辞するのに、美優や彩さんや麗さんが、命の恩人に何もしないわけにはいかない。気持ちの問題だからと押し切られ、たまたま俺の誕生日が五月一五日だったので誕生日プレゼントという名目でプレゼントしてもらったんだ。

 命の恩人としてのお礼なんて、重すぎて貰えないよ。俺自身がそんな恩着せがましいことを思っていない。それより自分が生き残るために必死だったんだ。

 それにしても……、この店、アクセサリー店と云うには、パンク系ファッションを扱うちょっと変わった店だったはずだが?


 美優はお目当ての物を見つけたみたいだ。手に取った物を俺に見せてくれる。

「錬、これ素敵ね、これをプレゼントして」

 美優が俺の目の前に持って来て見せてくれた物は……、チタンチェーンのネックレスのペンダント部分に銀の三日月(みかづき)がぶら下がっている。

「どう、錬とお揃いなの。サイズは錬のサイズと同じサイズ。ペンダントが胸の谷間に隠れちゃうね。でも錬もポラリス部分は隠れているからいいかな?」

 胸の谷間を強調するように両手で寄せて見せている。もちろん俺にそんな発言をされても困る。俺はそれには気が付かないフリをして一般的な話をするのだ。

「少し長すぎないか? 女の子って首の鎖骨を結んだ線よりちょっと下ぐらいにペンダントが来るんじゃないか?」

「好みの問題だよ。留め金の部分をすぐ壊しちゃうから、すっぽりかぶる方がいいのよ。それに普段見えているより、脱いだ時に見えた方がドキッとしない?」

 いや、美優さん。一体誰にそれを見せようとしているのですか……。

 俺は美優の質問を無視して、美優が持っているネックレスを預かってレジに行く。

「すみません。これを」

「はい、えっとプレゼントですか?」

「あっ、はい」

「じゃあ、包装しますね」

「あっ、着けて行きますので包装はいいです」

 店員の言葉を遮り、美優が言った。店員は美優の言葉を聞き、値札と万引き防止タグを取り外して美優に渡している。美優はその場で胸元を開きネックレスを掛け、そこに有った鏡に自分の姿を映して満足そうだ。そして、ペンダント部分は美優の谷間に消えていた。

 俺は、美優の嬉しそうな顔に満足してレジでお金を払い二人で店を出たのだった。

「過剰包装反対って、ホントは錬からのプレゼントだから、一秒でも早く身につけたかったの」

「そっか、喜んでもらえてうれしいよ」

「ほら、北極星と月、ポラリスとアルテミスって、なんか素敵な神話が有りそうでいいでしょ」

「そうか? 俺あまりそういうギリシャ神話はよく知らないから」

「私だってそうだよ。ただの思い付き、見た瞬間、錬が持っているネックレスと一番相性がよさそうな感じがしたから」

「確かに相性は最高の気がする。よく並べられるアポロンとアルテミスの相性が霞むくらい」

 俺の言葉に美優は満面の笑みで頷いている。確かに太陽と月じゃあそれぞれ補い合っているともいえるが、反発し合って相反して並び立つ存在とも云える。

 それに対して、北極星と月は同じ夜空を彩っている。

もっともポラリス=天を統べる天帝と認識している俺は、天帝の人間臭さ、すなわち女好きなところとか管理者として天星人を自由にさせすぎているところとか、なのに問題が起これば部下に責任を押し付ける。そんな印象が強くて信用ならないと思っているんだけど、そのことはあえて美優には言わない。

 俺の気持ちを知ってか知らずか? 最高の相性と言った言葉が嬉しかったようで、弾むように俺に問いかけてくる。

「ねえ、この後どうする?」

「いつもと同じでいいだろ。フードコートで飯食って冷房の効いた映画館で惰眠をむさぼる」

「ダメだよ。それじゃあね、ボーリングに行こう。二人ともスポーツカジュアルな恰好そしているだし」

 そう言われて初めて気が付いた、美優とポロは胸元が開襟になっているボーリングシャツだ。さすがファッションもTPOに合わせてセンスがいい。最初からそのつもりならたまには体を動かすのもいい。俺は二つ返事で了承した。

 この護、ボーリングで美優の胸元で揺れるアルテミスを堪能したのだが、俺たちはこの後、このアルテミスの行いが元で窮地に立たされ、またアルテミスに助けられ、結果的に天帝によって一つの魂が救われることはまだ知る故もなかった。

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