第47話 この人が死を覚悟している?

 この人が死を覚悟している? だったらもっと自分勝手に生きるんじゃないか? だってそうだろう。あと数週間で死ぬかもしれないんだ。俺だったら他人なんて構ってられないよ。俺はこの理不尽さに黙っていられなくなってきた。お客さんが途切れたところで俺は思わず留萌さんに訊ねていた。

「留萌さんって、もうすぐ自分は死ぬって思っているんですか?」

 留萌さんの瞳が驚きで見開かれた。でもそれは一瞬で平静を取り戻す。

「うん? なんでそう思うの?」

「なんでって、なんでこんなこといったんだろ?」

 俺の言葉に心底不思議そうな顔をする。怯えるでもなく畏れるでもなく。

「直感? まさかね。どちらにしてもド直球すぎ。冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ」

 少し怒った顔にほっとする俺。やっぱり自分が呪われているなんて思わないよな。

 油断した俺に、続けて留萌さんの爆弾発言が続く。

「正確には八月八日、私の誕生日ね」

「誕生日?」

「私の二十歳の誕生日に私は死ぬ。色々考えたけど……。逃れられそうにないみたい」

「そんなバカな!」

「だから私は七月いっぱいでバイトを辞(や)める。店長に言った時、店長焦っていたけど、沢村君みたいな後継者が入ってよかった。これでわたしも心置きなくバイトを辞(や)めることができる」

「なんで、死ぬって分かるんですか?!」

「世の中にはどうしようもないってことがあるのよ!」

 珍しく声を荒げた留萌さんは、そこで黙り込んでしまった。そしてレジ周りにお客さんがいないことを確認して声を出した。

「売り上げの計算、代わってくる」

 そう言った声は少し震えていた。そしてバックヤードに消えた後、代わりにベテランの女の人が出て来た。

「なんか留萌さん、急に気分が悪くなったらしくて代わってほしいって」

 そんな時、レジの電話がなった。今日は夜間店長がいない日だ。その場合は電話には俺が出ることになっている。

「はい、デイリーマート、大学前店です」

「あの、ちょっと留萌って子だせよ!」

 柄の悪そうな声が、受話器の先から聞こえる。

「いま、留萌は接客中です。お要件は私、沢村が受けたまります」

「あーっ、お前に関係ねえだろう。俺は留萌ってやつに用があるんだ」

「だから、どうされたましたか?」

「レジを打ち間違えられたんだよ。留萌って子に謝らせに来いよ」

「わかりました。店長から電話を入れさせますのでお名前と連絡先をお願いします」

「なんで、店長から電話がくんだよ」

「いえ、店長が責任者なので、問題があった場合は店長が承ります」

「誰がお前に教えるか!!」

 そういうと電話が切れた。

「はーっつ」

「また、留萌さん目当て?」

 ベテランパートさんが俺に声を掛けてくる。

「だぶん」

「やっぱり。時々あるのよね。レシートに担当者の名前と店の電話番号があるから。留萌さんあの通りの美人でしょ。ナンパ電話にクレーム電話。個人情報が厳しくなったけど私らには個人情報はないのよ。ああいうのが増えて困るわ」

 まったくその通りだ。俺は初めてだが、こういった電話がちょくちょくあるのは店長からも聞いている。またその対処方法も。ナンパしたければその場ですればいい。目に余ればその場で俺たちが対処する。でも自分は安全なところに居て、相手の精神をじわじわと攻撃するこんなストーカーみたいなやり方は我慢できない。

 俺は暗燦たる気持ちになる。引継ぎノートに電話の掛かって来た時間と内容を書き、店長に電話を入れて報告しておく。

 店を閉める時間になり、俺が戸締りをしながら、ベテランのパートさんがレジを閉めていると、バックヤードから留萌さんが出てきて言った。

「すみません。ちょっと気分がすぐれないので、今日はもう帰ります。ここまでの売り上げは計算して夜間金庫の袋に入れておきましたので」

「ああっ、分かったわ。お大事ね」

「留萌さん気を付けて」

「はい、失礼します」

「待って、ほら見切り品の売れ残ったやつ持って帰らないの」

「いえ、今日は……」

「まあまあ、沢村君、ほら」

 パートのおばさんが俺に声を掛けてくれる。俺はすぐに惣菜売り場に行き、留萌さんの好きそうな惣菜を見繕ってレジ袋に入れると留萌さんに渡す。

「ありがとう」

「早く元気になってね」

「うん」

 そういうと留萌さんはバックヤードに消えて行った。

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