第32話 程なく、巨大杉の根元までやって来た
程なく、巨大杉の根元までやって来た。杉の幹の周りは九〇メートル以上か? 見上げれば首が痛くなるほどの高さだ。
「錬早くしめ縄を締めて」
俺は麗さんに言われたとおり、しめ縄の端を持って巨大杉を一周する。
「どうやって縛るんですが?」
「余ったしめ縄は下に垂らせばいい。この紙縒(こよ)り紐で束ねたところをきつく結べ」
俺がしめ縄をきつく縛ると、麗さんは杉の正面に立ち、柏手を打つと、祈りを捧げるように手を組み、祝詞(のりと)を上げ始めた。瞳を閉じた横顔は、おしろいを塗ったような青白さで黒く長いまつげが凄く映えている。その下に続く細い首、俺はあえてそこから視線を下げない。見た目はスレンダーな体は、実は脱いだら凄いのかもしれない。事実よくある設定だ。でもその行為は、その真剣な横顔を冒涜(ぼうとく)するような気がしたのだ。
俺の為すべきことは別にある。振り返れば、化け物どもがついに沢を渡り始めている。
なにか武器になるようなものはないか? 俺はスイングトップの内ポケットに何か固いものがあったことを思い出した。杉田が落としていったジッポライターだ。確かこぶしに握りこめば破壊力が増すはず。このライターに俺の怒りのオーラを流し込めば、あるいは……。
俺は麗さんを守るように、化け物どもの前に立ちふさがる。
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一方、玄関を守るベネトナッシュや地下室に籠る心霊スポット研究会の面々も想定外の出来事にピンチを迎えていた。
ベネトナッシュの神気のオーラも無限ではないことに気づかされていた。ベネトナッシュは母親のアルコルとは違って、下界でも体内の神気を回復することができる。しかし、それは半神半人だからであり、神気を回復するためには、人間と同じように食事をとり休息を取る必要があった。しかも神気の消耗は人間の体力の消耗の比ではない。膨大な食料と睡眠が必要なのだ。
もっとも、今まではそこまで神気を放出することなどなかったのだ。
「やたら腹が減った。それに猛烈に眠たい。だめだ。体も動かなくなってきやがった」
初めての経験に戸惑うベネトナッシュ。その剣戟も目に見えて衰えてきている。津波のように押し寄せる化け物どもにだんだん遅れを取るようになり、確実に押し込まれ出している。すでに、地下に続くエントランスまで押し込められ、横をすり抜けて行く化け物さえ見逃し、何体もの化け物が地下への階段を下りて行っている。
そして、地下室に籠る心霊スポット研究会の面々は階上から聞こえるうめき声が近くになっていることに戦々恐々としていた。
それで、部長の指示で、防火扉の前に室内にあった机や椅子や書庫でバリケードを築いていく。室内の主な物は、ほとんど防火扉の前に積み上げられ、ほっと安堵の表情を浮かべた面々だったが……。
ついに防火扉が破られた。防火扉ごとバリケードを押して入ろうとしてくる。部長たちは必死で押し返そうとするが、獲物を捉えた化け物どもは、両手を伸ばし押し入ろうとしてくる。
そして、がらんとした地下室に、突然うなり声響き、漂っていた霧のような杉花粉が目の前で凝縮していく。屋上で砂山と化した化け物が、地下室で再び蘇ろうとしている。
「なんで?」
「早すぎるだろう!」
「沢登たちはどうなったんだ?!」
口々に大声を上げて逃げようとするが、逃げる場所なんてどこにもない。
「化け物が蘇るぞ!!」
そう叫んだ部長が、俺の置いていった金属バットを花粉が集まってくる空間に向かって振り回すが空を切り、その花粉は人型に凝縮していき、やがて実体を伴った化け物になる。振り回していた金属バットは、実体化した化け物の腹に突き刺さったまま、押しても引いても動かなくなってしまった。
山岡もバリケードに積んだ椅子を振り上げ、化け物に向かって投げつけるが、そんなことで化け物たちの足は止まらない。
「嘘だろ? もう嫌だ!」
誰かが現実逃避の声を上げる。だがこれは覚(めざ)めることがない現実なのだ。目を瞑り、耳を塞いでしゃがみこんでしまった沢井美優。心はなぜか最近気になりだした錬を呼んでいる。
「どうせ死ぬなら、錬について行けばよかった……」
もうだめだ。誰もがそう思った時、奇跡が起きた。取り囲んだ化け物たちが動きを止めて崩れるように砂山に帰っていったのだ。
「間に合ったのか?」
「もうこんなところに居られるか!!」
部長が安どの声を上げ、山岡は逃げようとして、トンネルへと続くドアの枠を抜けようと飛び出して行ったが、再び地下室に飛び込んでいた。
「「「……?……」」」
「まだ終わっていないのか……」
部長の落胆の声が地下室に響く。
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