第18話 そこからは只の蹂躙であった

 そこからは只の蹂躙であった。

 大勢のゾンビの輪から逃れようと、松本が手薄な場所に突撃するが、ゾンビたちの体は予想に反して堅固であった。

「なんでだよ。テレビや映画じゃ、お前らの体って貧弱で脆かっただろうが!!」

 そんな愚痴を言うが、松本は、ゾンビにタックルを受け止められ、がっちりと肩を掴まれた。

 肩に食い込む指に悲鳴を上げる。

 すると別の方向から、腕が伸びてきて、松本の口にねじ込まれる。ゾンビたちは知っていたのだ。人間を逃がさないようにどうやって壊していけばよいのか。そして、この脆弱な連中を殺さず生きたまま我らが神にささげるにはどうすればよいのか。


 口の中にゾンビに腕をねじ込まれた松本は、ゾンビの指をかみちぎろうと抵抗するが無駄なことであった。ゾンビはそのまま、顎を掴み下に引き下ろす。

 松本は顎が外された痛みに思わず前のめりになってしまった。ゾンビたちはそこですかさず松本を引き倒す。そのままゾンビの一人が馬乗りになり、松本の顔に両手を伸ばし、親指を目に突っ込んでえぐりだそうとする。

 痛みに声が出そうになるが、あいにく顎を外された松本は、「あがあが」とうめき声しか上げられない。

 眼窩(がんか)から指を突っ込みさんざんかき回された後、今度は、親指を耳の穴に突っ込んでくる。そして、やはり、耳の中をぐりぐりとかき回してくる。脳に直接響く耳の骨がきしむ音、視覚、聴覚を潰されてほとんどの情報が得られず、助けを求める声は最初に潰されている。そして今度は、何人ものゾンビに馬乗りされ、身動きが取れないところで、一〇本の指の関節が逆方向に曲げられる。松本は痛みで気を失いそうであったが、与えられる痛みの間隔は絶妙で、痛みで気を失うことも出来ない。そして、その調子で今度は足の膝の上に、ゾンビが踵(かかと)を打ち付ける。膝の関節が逆方向に曲がり、激痛が何度も全身に走る。

 俺は壊されている。そう考えた時、松本は初めて自分が建物で遭ったゾンビたちと、同じ状況になっていることに気が付いた。

(そうか、俺はゾンビになるのか。だったら早くしてくれ! これ以上の苦痛を与えるのはやめてくれ!)

 そう願った松本だったが、松本はゾンビたちの姿で忘れてしまっていることがある。

 あの腹から背中を穿たれ、はみ出た内蔵にはウジ虫が湧いていた姿を……。


 ゾンビたちは松本の脚を掴んで引きずりながら、ある場所に運んでいく。

 その場所は巨大杉の前を流れる沢、その沢の岸に生えた低木の先は、鉈(なた)で削って尖らせていた。

松本はここまで、ずるずると引きずられてきていた。引きずられてきた距離は一キロ以上、時間にして、三〇分ほど。松本の服は地面の石や生えている枝でひっかき、血が滲んでボロボロになっている。

松本の願いとは裏腹に、ここまでさらに地獄の苦しみを与えられ続けたのだ。

そして、最後の仕上げ、松本にこの光景が見えていれば、これから自分が何をされるか分かっただろうが、あいにく目を潰されて何も見えず、分かったところで逃げ出すための四肢は完全に壊されていた。

松本は胴上げのように、高く持ち上げられ、浮遊感を感じたかと思うと、背中から落ちたように感じた。そして、落ちた瞬間に背中から腹を串刺しになるような衝撃、自分の体重で、さらに何度かグッグッと押し込まれるようになると、ゴホッと口から血を吐き出した。

 

そして、この痛みがゾンビたちに与えられた最後の痛みなのだが、もう松本には色々考えることなどできなかった。いずれ出血症で死ぬのだろうが、まだ三,四時間はこの苦痛が続くのだ。

この惨劇は、ヤリサークルが研究施設の扉を開けてからわずか三〇分間ほどのできごとであった。


そして、ゾンビたちは、松本と同じように、まるでモズがする早贄(はやにえ)のように木の先に串刺しになった何十人もの残骸を見て満足するのだ。

そして、満足するとその肉体は霧のように霧散し、実態を失ってしまう。

彼らゾンビたちは、崇拝する巨木杉に宿る神こそが自分たちを生かし、この惨劇を望み、生け贄を欲することを知っている。

彼らはまた次の生け贄が来るまで、その身を闇の籠(かご)に囚われる。


 その惨劇を、杉の木の根元で見ていた男がいる。男は相変わらずぼろぼろの軍服を着て、悲しそうにこの惨劇を見守っていた。

「やはり、一〇〇年前と同じように、生け贄を欲しているのか? いい加減に天に帰れば良いのに。まだ恨みは晴れぬのか? なあ、羽衣よ」

 男はそういうとどこかに隠れてしまったのか、姿が見えなくなってしまった。



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