第9話 翌朝、今、俺は家に帰って

 翌朝、今、俺は家に帰ってシャワーを浴びているところだ。

 鈴木部長に連れていかれた部室は只の物置で、雑多に置かれた段ボールやパイプ椅子を片付けて、部屋の隅に投げて在った寝袋に潜り込んで横になった。

 さすがにこんなところでは寝むれないと思っていたのだが、初めて口にしたアルコールに、俺は横になってすぐに寝てしまったようだった。翌朝カーテンのない部屋は早いうちから明るくなり、早朝には目が覚めていた。

 あの後、横になる前に部長と杉沢村のことで話し込み、結構遅く横になったと思っていたんだけど、睡眠時間の割には、すっきり目が覚めたことは不思議だった。きっとこれがアルコールマジックなんだろう。こんな場所で二度寝する気にはならないし。

 そういうわけで、俺は、目が覚めるとアルコールが抜けているのを確認して、バイクで家に帰って来たのだった。

 一時限は選択科目。今はお試し期間で色々な授業に顔を出して、自分に合った授業を選択できる。逆に言えば、別に授業に出なくてもいい期間で、先輩によればこの期間授業に出る習慣を付けておかないと、そのままリタイヤして留年の憂き目に会うから気をつけろと言っていた気がする。

 しかし、俺はその初端の授業をいきなりサボってしまった。これはたまたまで、これからしっかり授業に出ようと、改めて決心しているところなのだ。


 そして、シャワーを浴びた後、髪をタオルで拭きながら、パソコンの電源を入れる。昨日部長が話していた「国家機密レベルの隠ぺい」が事実かどうかを確認するためだ。

 パソコンが立ち上がると、俺はすぐにグーグルマップを立ち上げ、黒姫山の上空をじっくり見る。ズームするとすぐにノーフォトの表示が出るので、大きい縮尺のまま目を凝らしていくと確かに、黒姫山の北側の斜面、写真がズレたようになっているところがあって、まるでその場所に、その周りの杉林の写真を張り付け切り抜いたように見ようによれば見えないこともない。

 一番不自然なのは、沢がいきなり現れるところだ。この先は沢になっているはずなのに杉林になっている。

 黒姫山は、確かに南側にしか登山口がない。雪深いこの辺りは、北から登るのは危険だからというわけだ。もっとも、この黒姫山近辺は谷が重なり、人里からかなり離れているため、登山者がいるような山ではない。

それから、俺は七三一部隊 前身 研究者と検索画面に入力する。

部長の話では、大戦中、捕まえた捕虜を使って人体実験をしていた七三一部隊の前身の軍事研究機関がこの場所にあったというのだ。

そして、この七三一部隊が細菌兵器を研究していたのは周知の事実で、前身の研究機関が細菌兵器の研究中に漏れた細菌に杉の木が侵され、体に害を為す花粉を飛ばすようになったというのだ。軍部はこの前身機関が在った場所を封鎖して隠ぺいし、細菌兵器の研究は七三一部隊が引き継いだというのだ。


ヒットした見出しの部分をさーっと読み飛ばしていくと、七三一部隊の研究者が確かにこの県に数年住んでいたことが書かれている。その間にどこで何をしていたのかは、全く不明だということだ。

「たくっ、まんざら嘘でもないか? それともご都合主義の賜物なのか? 部長さん結構優秀なのかも知れない?」

 まんまとその気にさせられた俺は、鈴木部長の評価を少しばかり上げたのだ。

 部長の言葉通り、取り敢えず黒姫山の探索をしてみたいとは俺も考えるようになっていた。たった一日で奇人に毒されたとは……。

 俺は、ため息をついてパソコンの電源を落とした。


 そして、猛烈な眠気に襲われつつ、俺は大学に向かってバイクを飛ばす。飲んだ翌日、目覚めはいいけど、十分な睡眠が取れたかというと別問題ということが身に染みてわかった。ではなぜ、学校をさぼって一寝入りしなかったかと言うと、携帯にメールが入ったのだ。

 メールの相手は、沢井さん。「二時限目の一般教養の選択科目、一緒に倫理を取りませんか」と持ちかけられたのだ。

授業の時間割を貰って、選択科目に文学部と一緒に履修できる科目があると分かって、沢井さんと相談しようと考えていたんだけど、沢井さんも同じことを考えていたんだ。俺はうれしくなってすぐに返信メールを返す。

俺の返事は迷わずOK。昨日連れと倫理は個人の問題と、嘘ぶいた口はどこにいったのか? そうです。法で裁くのも文学を読むのも倫理観ってとても大事なんです。


 何とか二時限目の授業に間に合うように、大学の二輪駐車場に滑り込む。そして、リュックから時間割を取りだし、倫理の授業が行われている講義室の場所を特定する。

 東棟二階大講義室。俺は一段飛ばしで階段を駆け上がり、大講義室の入口に立っている沢井さんをすぐに見つけた。

 こちらが手を振ると沢井さんも小さく手を振り返してくれる。それだけで幸せな気持ちになる俺は、「神様、俺ってなんて安上がりなんでしょう」 と心の中で感謝する。

「沢村君こっち。ほら、席もちゃんと取っておいたから」

「ありがとう。って、一番前じゃん!」

 二人並んで座りながら、これじゃあ教授と目が合うと抗議する。そう、俺は人見知りで人と目が合うのが苦手なのだ。

「だって、二百人も入れるんだよ。後ろの方じゃ講義も聞こえないし、黒板も視えないでしょ。それに大丈夫。沢村君と目を合わそうとする人はそうはいないよ」

 って何気に俺のことデスッてない。

 それにしてもやる気満々。 沢井さんは根が真面目なのか、講義が始まっても熱心に教授の話を聞いてノートにまとめていく。

 奇麗な字だな~。それに奇麗な横顔だな~。正面から見て奇麗な人はそれなりに居るが、横から見ても奇麗なバランスの取れた顔の人って中々ないのだ。

 そんなことを考えて見惚れていると、急に沢井さんが俺の方を向く。そして、視線が合うと沢井さんの方が視線を逸らせるのだ。

 なるほど、確かに俺と目を合わそうとする人はいない。

 そんな風に幸せな時間が過ぎていくと、あっという間に一〇〇分授業が終わった。

 大学の一時限の授業時間は、一科目一単位、週に一回しかないから一〇〇分授業になって、午前中二時限、午後から二時限で一日四時限授業があるのだ。もっとも、すべての時間割が埋まっている人は少ない。卒業単位以上に単位を取ったところでなんの見返りも特にない。ただ、教養の間に単位を纏めて取っておけば、三回生からの専門科目の履修が楽になるというメリットがある。


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