第66話 最悪の展開
窓の外から声が聞こえた。視線を移すと、そこには桃花ちゃんが立っていた。横目で凛音を見ると、桃花の登場に驚いている。
「何で桃花ちゃんがここに?」
私は窓の外にいる桃花ちゃんにも聞こえるような声量でそう言った。私の声が
聞こえたのか桃花ちゃんは窓ガラスギリギリまで身を寄せ口を開く。
「ずっとつけてて、何かやばそうだったから......」
桃花ちゃんの声が徐々に小さくなっている。しかし桃花ちゃんだけじゃどうすることも出来ない。今から警察を呼んで、と伝えたくてもきっと伝えられない。仁と母親はずっと桃花を見ている。
このままじゃ桃花が危ない。ここはやっぱ逃げてもらうしか。仁と母親から無事逃げきれたら警察に通報してもらおう。
「桃花ちゃん逃げて!!」
私は残り少ない体力を使ってそう叫んだ。これからどうするかは全く考えていない。最悪の場合殺されるかもしれない。けど今は桃花ちゃんの無事が一番。桃花ちゃんに指一本でも触れられたら師匠に何て言われるか。考えただけで恐ろしい。
「早く逃げて!」
「いや、その必要はありません! やばいと感じた瞬間、私は助けてくれる人を探しました! この場にはもう一人います!」
「それって師匠?」
「流石に龍星さんを見つける時間はありませんでした。だから......」
バリン。
桃花ちゃんの言葉を遮るようにして窓ガラスが割れた。割れた音に一瞬肩を震わせたが窓ガラスの破片が散らばっている所にいる人を目にした瞬間安堵の息が漏れた。
「ごめんねぇ~。龍ちゃんじゃなくて」
その人はいつもの笑顔を浮かべながら平然として部屋にあがってきた。
「何だてめえ」
仁はその人を睨みつけながらそう言った。
「いやいやいや。名乗るほどの者じゃございやせん。あっし~、杉山光輝でござんす」
結局名乗ったその人は、私と同じクラスで師匠の親友、杉山君だった。
「杉山君......」
「めんごめんご。遅れちゃってごめんね」
杉山君はそう言って私を桃花ちゃんのもとまで運んでくれた。
「じゃあ中西ちゃん、潮田ちゃんをよろぴく!」
「はい! 任せてください!」
「あとは桐谷ちゃんか。けど流石の俺でもあの巨体男を無視して助けることは難しそうだ」
そう言って杉山君は仁の方に視線を移す。
私が聞いた話では杉山君の強さは師匠以上だという。しかしいくら実力が師匠以上だと言っても油断はできない。
「杉山君、大丈夫?」
「なになに、俺の心配してくれてんの? ありがとね潮田ちゃん! けどこれってこんなヤンキー物語だっけ」
杉山君は口角を上げそう口にした。
すると次の瞬間。
「危ない杉山君!」
「おりゃぁ!」
仁が杉山君に向かって拳を振り下ろしていた。その攻撃を杉山君はぎりぎりで避ける。
少し驚いている表情を見せた杉山君。
「これは強いねぇ」
「だろ? だからあんま調子に乗るなよ!」
仁は再び攻撃を仕掛けた。杉山君の腹部目がけて蹴りを打ち込もうとする。その蹴りを杉山君は両腕で防いだ。
しかし蹴りの反動で杉山君は後方に少し飛んだ。杉山君の腕は真っ赤になり、湯気らしきものが出ているような錯覚に陥る。
「俺の蹴りを喰らって立つか。なかなかやる小僧だ」
「おいおいまじかよ。流石の俺でもこの蹴りは痛いねぇ。じゃあ次は俺の番ってことで」
そう言って杉山君は仁の間合いに入った。右手をぎゅっと握り拳を作る。そして肩の力を使い強烈な一撃を仁の頬に叩き込んだ。
手ごたえがあったのか杉山君はニヤッと笑う。仁の口の端からは血が垂れてきており、一瞬意識が飛んだように黒目が消えた。
「流石です! 杉山さん!」
隣で桃花ちゃんがそう叫んだ。私も少しほっとして安堵の息を吐く。
「いてえな」
「まじかよ」
杉山君の攻撃をまともに喰らったはずなのに仁はその場に立っていた。
「これはまずいね。俺、結構本気でお前の頬を殴ったはずなんだけど」
「まあ、高校生にしてはいいパンチだったぜ。けど俺は倒せねえよ。大人を甘く見すぎだ」
「それじゃもう何発か喰らわせてやるよ」
そう言って杉山君は仁の両足の隙間を滑って通り抜けた。
「後ろから攻撃とは卑怯じゃねえか! ん?」
仁の背中を狙ったと思われた杉山君の行動。しかし杉山君は仁を無視してそのまま凛音の方に走った。
「まさか杉山君......」
そう思った矢先に、杉山君は凛音の手首を掴み、こちらに走ってきた。
「俺が逃がすと思うか!」
仁は杉山君の手首を掴んで動きを止めた。
「くそっ。何て馬鹿力だ」
そう呟いた瞬間、杉山君は凛音の手首から手を離し口を開いた。
「お前らは逃げろ! ここは俺一人で充分だぜ! 心配ない子ちゃん!」
杉山君は満面の笑みを浮かべてそう言った。凛音も無事に私たちのもとに辿り着いた。
もう逃げられる体制は作れている。しかし杉山君を一人で置いて行けるわけがない。
「ダメ! 杉山君! 一緒に!」
「逃げろお前ら! こいつは俺一人で充分ってさっきも言っただろ!」
杉山君は親指を立てグッドポーズを作った。
「行きましょう。芽衣ちゃん。ここは杉山さんに任せて」
桃花ちゃんが真剣な眼差しを向けてそう言った。
「分かった。行こう」
私たちは一斉に足を動かした。
「俺が逃がすと思うかよ!」
「だからてめえの相手は俺だって言ってるでしょうが!」
後ろで杉山君が仁の動きを止めてくれている。無事に逃げきれたら警察に連絡だ。
私は零れてきそうな涙を必死に堪えながら走った。
10分後。
無事に逃げることが出来た私は警察に連絡した。
やはりこのまま杉山君を見捨てられない。
「私、凛音の家に戻る」
「うん。私もその気だった」
桃花ちゃんがそう言った。
「凛音はここに残っててもいい。あんな人たちに会いたくないと思うし」
「うん。ごめんね。やっぱりちょっと怖いから行けないかも」
「分かった」
そう言って私たちは凛音の家の方に走った。
息を切らしながら走って数分。まだ警察は到着しておらず、逃げる前と何ら変わっていない様子だった。
しかしそう思った矢先に家の中から二人の人影が現れる。
その人影を目にした瞬間誰だか分かった。あのいつ見ても忘れることのできない巨体な体。それに小柄な女性。その組み合わせは凛音の母親と仁だ。
「何であの二人が出てきて杉山君は出てこないの......」
巨体な男をまじまじと見ると額の数か所から大量出血をしていた。腕や手の甲にもいくつか傷が見られる。だいぶ重症だ。母親の方には傷は見られない。
「杉山さんが頑張ってくれた......」
「桃花ちゃん、私、杉山君の所に行く」
私が足を動かそうとした瞬間、近くからパトカーのサイレンが聞こえた。私は立ち止まり口を開く。
「遅い......。もう遅いよ」
私は走る気力をなくしその場に膝をついて必死に涙を堪えた。
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