第60話 謎

 今にも雨が降ってきそうな空。真っ黒な雲が空を覆っている。俺は授業に集中せずに、そんな真っ黒な空を眺めていた。


「おい、鬼頭」


「......」


「鬼頭!」


 教師に何回も名前を呼ばれてようやく気付く。俺はゆっくりと視線を外から教師に移した。


「ここ読め」


 今は現代文の授業だ。一人ずつ教科書を音読していき、今俺の番が来たってことだ。けどずっと外を眺めていた俺にはどこを読めばいいのか全く分からない。


 俺は無言を貫いてただただ教師を見つめる。分かりませんという意味を込めながら。

 すると教師は一度溜め息を吐いて口を開いた。


「分かった分かった。じゃあ隣の桐谷読んでくれ」


 俺が読まなかったせいで桐谷が読むことになった。しかし桐谷は素直に「はい」と返事をして音読を始めた。教師も「うんうん」と頷きながら桐谷の音読を聞いている。この教師は俺ら生徒の音読を聞くことが好きなのだろう。桐谷に限らず他の生徒の音読の時もこんな風に頷きながら聞いている。


 全く音読のどこが楽しいのか。字を読むことが嫌いな俺からしたら全く意味が分からん。俺は再び窓の外を眺めようとした。


 しかしその時。たまたま目にしてしまった。


「何だあれ」


 俺は誰にも聞こえない声でそう言った。別に外に何かがあったわけじゃない。今の俺の視線は、桐谷の手首にある。


 ずっとまじまじと見てしまうと変な風に思われそうなので横目でちらちら見ていた。


「痣か......」


 桐谷の腕には一つの痣が見られた。手首の一部が紫色に変化している。

 けど何故あのような痣が手首に出来たのだろう。考えられるのは二つ。ただ単にどこかにぶつけた可能性と誰かに殴られた可能性。この二つ以外は考えられない。


 じゃあもし誰かに殴られた時に出来た痣だとしたら、一体誰に殴られた。家族の誰かか。それとも彼氏なのか。桐谷のことを全く知らない俺は彼氏がいるのかも分からない。

 まあ、家族でも彼氏でもどちらでも大問題なんだが。どこかにぶつけた時に出来た痣なら一番いいのだが。


 「何?」


——しまった。ついガン見していた。こうなったら......。


「お前それ何?」


 俺はストレートにそう訊いた。すると桐谷がいきなり動揺し始める。


「べ、別に何も」


 そう言って桐谷は慌てて手首を俺の視界から外した。


「ぶつけたのか?」


「そ、そうよ。あんたには関係ないんだからこれ以上何も訊かないで」


 そう言って桐谷は視線を俺から黒板に移した。


 俺はまだ桐谷を横目で見ている。これは何かある。そう確信した。


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