第43話 マニア大戦23 論争を終えし者たち

 ぼくら夫婦があの対談の夜どうなったか、というより、ぼくがたまきちゃんに「どんな目に遭わされたか(!?)」を、お礼を兼ねてこの両氏をO大の学生会館に呼び出したとき、少しばかり話した。


 「まったく、諸君のおかげで、こっちは、あの夜、ひどい目に遭ったよ・・・」

 「何があったか存じ上げませんが、私たちの「せい」にされましてもねぇ・・・」

と、瀬野氏。

 マニア氏がさらに、追い打ちをかけてくる。

 まさに、相手チームの投打の大車輪がフル回転としか言いようのない攻められようだ。ぼくにしてみれば。


 「で、何がありましたか? まさか、たまきさんに逃げられたとか?」

 この手の表現、マニア氏はよくするから、イマサラでもないけど、たまらんな。

 「逃げられるのも確かに困るけど、家に帰るや否や抱きつかれて、しんどかったよ」

 「それならよかった。その後、抱きつかれて、どうなりました?」

と、マニア氏。

 塁をにぎわせてエンドランや盗塁を散々仕掛けてくるようなやり口だ。

 「たまきちゃん、家に帰り着いたとたんに、「怖かった」なんて言い出して、ぼくに抱き着いて、離れなかったよ、何分も・・・。何とか落ち着かせて、事なきを得たけど、ホンマ、君らは「罪づくり」なヤツラだなぁ・・・」

 「米河さんはともかく、私まで、罪づくりの罪人にされるのはかないませんよ。私はあくまで、鉄道という対象に真摯に向き合うべく、対談に臨んだだけのことです。米河さんにしても、そこは同じでしょう」

 「瀬野さんのおっしゃる通りです。私も、鉄道の話をしに来ただけですから。その対談の一体どこが怖いのか、幼稚園中退の私には、さっぱり、理解不能ですよ」

 「私も、理解不能ですね。誰も人を取って食うとか、してないでしょう」

 「理解不能なネタで散々やり倒してくれた諸君に言われるのは、何だかなぁ」


 ぼくらが「理解不能」と言った内容の会話を日常している連中にしてみれば、逆に、たまきちゃんやぼくの感じることの方が、どうやら「理解不能」のようだ。

 これじゃあまるで、判別式のルート内がマイナスになる「虚数解」の世界だ。接点と言えるものがないじゃないか。ということは、あの対談、ぼくらとこいつらの間の「複素数平面」を展開させたものだったということなのだろうか?


 そんなことを考えていたら、瀬野氏がまた、「恐妻シェルター」の時以来の毒舌を仕掛けてきた。

 「いいじゃないですか、大宮さん、夫婦仲があの日をきっかけに、ますます強固になったってことじゃないです? 慶賀に堪えませんよ。恐妻シェルターのカイコダナも、キョウビのブルートレインみたいに閑古鳥が鳴いているのでしょうよ、このところ・・・」

 「わっはっは! 恐妻シェルター云々はノーコメントにしておきますけど、夫婦仲云々につきましては、私も瀬野さんとまったく同意見ですね。どうせその夜は、たまきさんにしっかり抱き付かれたってことで、メデタシメデタシ、チャイマスか?」

 こういう話になると、こいつらは罵倒合戦するどころか、揃ってコチラに攻撃を仕掛けてくるから、たまったものじゃない。


 「ごちそうさま、ですな、太郎さん」

 「わっはっは、米河さん、あなたも人が悪いですなぁ・・・」

 「「閑古鳥」の瀬野さんには、勝てまへんって・・・」

 「いえいえ、私より「ごちそうさま」の米河さんのほうが数段上手ですわ・・・」

 「元ブルトレのカイコダナの恐妻シェルターが、キョウビのブルートレイン同様の閑古鳥、これは、大傑作ですぞ」

 「さっきの「ごちそうさま」のほうが、よほど破壊力がありますって」

 ワンサイドゲームで勝ったチームの投手と打者が、試合後にこれみよがしでハイタッチでもしているかのような会話だ。

 

 「もういいよ、好きに言い合ってくれって・・・」

 用事を済ませて、ぼくは一足先に学生会館を後にした。

 彼らはその後も、しばらくの間、いつものように「蘊蓄合戦」をしていたようだ。


 この日、家に帰って彼らと会ったときの話を、両親とたまきちゃん相手にした。

 「マニア君の奴、あの日の夜の話をしたら、何て言ったと思う?」

 「どうせあの子、下品な下ネタでも・・・」

 「それはないよ。あいつ、ぼくに向かって「ごちそうさま、ですな」なんて抜かしやがった・・・」

 両親、特に父が、その言葉に対して大笑い。

 たまきちゃんはというと、年甲斐もなく顔を赤らめている。美熟女さんの白い丸眼鏡のフレームまで、赤く染まったかのようだ。


 「瀬野君はどうだった? さすがにそこまでひどいことは言わなかったのか?」

 「父さん、あの御仁はね、夫婦仲がより強固になって、慶賀に堪えませんとか何とか、世にも御大層なことを仰せになられたよ。あのゴジン、ぼくの書斎の元ブルートレインのマットのベッドだけど、カイコダナの恐妻シェルターには、このところのブルートレインみたいに閑古鳥が鳴いているでしょうよ、なんて、言ってきた」

 「ほう・・・。それはそれで、彼らしい表現ではあるな。実際、あの日以降を見ていて、そんな気が、わしも、しないではないけどな。まあ、米河君と瀬野君のおかげと言えるかどうかはわからんけど、彼らの違いがよく出た表現だなぁ」

 「いくら夫婦仲が強固になると言っても、あいつらの対談に付き合うのは、こりごりだよ。内山下商事のX氏なんか、この前会ったら、たまきさん、かわいそうでしたね、あの連中のバトルに付き合わされて、なんて言っていたよ、そう言えば・・・」


 たまきちゃんが、意外なことをぼくらに言った。

 「でも、意外と、あの二人の対談、面白かったわよ」

 「仕事とはいえ、大変だったわね」

 母の言葉に、たまきちゃんが言うには、こうだ。

 「お義母さん、あんな対談、仕事でもなければ、勘弁してほしいです」

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