第5話 到着1日目・昼その5
この『或雪山山荘』の左右にある塔は全部で5階建てだった。
外から入る出入り口はなく、館の中からしか入れない。
1階と3階にそれぞれ扉がついているが、いずれも普段は鍵がかかっていて出入りができない。
鍵は3階部分の鍵は、それぞれの扉とつながっているパパデスさんの部屋と、ママデスさんの部屋に置いているものがひとつ。
他にはマスターキーが警備室に保管されているという……。
今、シープさんが持って来ていた鍵はその警備室のマスターキーである。
あと、この『左翼の塔』は1階から5階まであるようだが、『右翼の塔』には地下があって、そこにあの名画、巨匠レオナルホド・ダ・ビュッフェの『モナリザの最後の晩餐』が保管されているとのことだ。
それで今、私とコンジ先生は、『左翼の塔』の5階に螺旋階段を上がっているところだ。
5階から薄明かりが漏れ出ている。
5階に上がってみると、その奥にはそれはそれは荘厳で見事なステンドグラスがあった。
それはアンチャン・ガーデンの制作で、代表作であるバルセロナのサラダ・ファミリー協会の色彩溢れるステンドグラスに負けず劣らずの瞑想の世界に誘われる美しさでした。
「生命」の素晴らしさを表しているんだとか。
「うわぁ!! すごくきれい……。」
私がステンドグラスに感動していると、コンジ先生は目ざとくそのステンドグラスの下の床にうずくまって礼拝をしている男を見つけていた。
黒い神父の服を着ていて、明らかに宗教家だとわかる。
「我が……主よ……。お導きを……。神よ……。」
ぶつぶつと地面に顔をこすりつけるかと思うくらい近づけ、熱心に祈りを捧げている。
私たちが上がってきたことに、まったく気がついていないみたい……。
「おい! 君! いったい何をやってるんだ? ここで。」
「いや! コンジ先生……。どうみてもお祈りしてるんでしょうが! 邪魔しちゃ悪いですよー!」
「ん? 何に対して祈りを捧げる必要があるっていうんだね? ジョシュア……。君はこの世に神なんて存在がいるとでも?」
「いやぁ……。そりゃ私だってそんなに信心深いわけではないのですけど? ほら。信仰は個人の自由だから。」
私たちが話してる間に、ふとその黒の神父姿の男がこちらを振り返ってじっと私たちを見ているのに気がついた。
「え……っと、アナタたちは?」
男が尋ねてきた。
「あ! こんにちは! お祈りのお邪魔してすみません。こちらはコンジ・キノノウ先生です。探偵をしてます。私はその助手のジョシュアといいます。」
私がコンジ先生の分も自己紹介しておいた。
「ああ。これはこれはご丁寧に……。私はアレクサンダー・アンダルシアと言いマース!」
「アレクサンダーさんですね。あなたもシンデレイラさんに招待されたんですね。」
「その通りなんデスネー。私は神父をしております。よろしくデース!」
「ふん。僕には宗教の必要性がまったく理解できないね。くだらない。」
「オオ……。アナタは神を信じないのデスカ!? それでは救われませんデスネー。」
アレクサンダー神父はじっとコンジ先生を見て、憐れむように首を振る。
「僕は今まで、自分自身の力と頭脳で道を切り開いてきた。もちろんそれはこれからも変わらない……。」
「フーム……。アナタ……。死相が見えマスネ。神の愛に……。愛におすがりしなサイ! さもなければ、恐ろしい運命が身を焦がすであろうゾ!」
「ほらね。こういう輩はすぐにそういう脅しをかけてくるんだ。……残念ながら、自分の身は自分で守るのであしからず!」
「ちょっと……。コンジ先生ったら! あはは! 気にしないでくださいね! 口ではこう言ってますけど、けっこう信心深いので神様によろしく言っておいてください!」
私はあわてて、フォローを入れる。
「まあ、いいでショウ! アナタがたに神の御加護があらんことヲ!!」
神父はそう言ってまた身をかがめ、地面に頭をこすりつけるようにしてお祈りを再開した。
「我が……主よ……。お導きを……。神よ……。」
またぶつぶつと言い出した神父を後ろに、私たちは来た道を引き返し、螺旋階段を降りるのだった。
「コンジ先生。ホントにああいう宗教の人嫌いですね……。」
「ふん。宗教家が嫌いなわけではない。人に自分が絶対正しいと価値観を押し売りしてくる輩が嫌いなだけだよ。」
「まあ、私も苦手ではありますけどね……。」
「ジョシュア。君、気がついていたかい?」
「え? 何がですか?」
「うむ。さっきのアレクサンダーとかいう神父だが……。ヤツはとんでもなく危ないヤツかもしれないぞ。」
「ええ!? 普通の神父さんでしたよ?」
「君……。思い出して見るんだ。いいかい? 僕たちはシープさんの案内でこの『左翼の塔』に来ただろう?」
「はい。その通りです。ここの美術品を鑑賞させてくれたんですよね。」
「ああ。来た時、この塔のどこから来たんだい?」
「そりゃ、今この目の前に見えてきた、あの扉ですよ!」
私たちはちょうど階段を1階まで降りて、その出入り口の扉まで来たところだ。
外にはシープさんが待っていてくれているみたいだった。
これは待たせちゃったな。シープさんに迷惑かけちゃったじゃない?
もう……! コンジ先生が5階を見に行ったりするからぁ!
「ああ……。ジョシュア……。君は成長しないなぁ。いいかい? 今、目の前に見えるシープさんが手に持っているのは何だ?」
「え? ああ。この塔の扉の鍵じゃないですか? 来る時、あれでこの扉、開けてましたよね?」
「それで?」
「え……? それだけですけど……。」
「ああ。もう……。あのさ、ここに来た時、あの鍵で解錠して僕たちはここに入ったんだよね?」
「はい。」
私はまだ気づいていなかった。
「じゃあ、今5階にいるあの神父はいつここに入ったと言うんだ?」
「あ……! そういえば!? じゃあ、あの神父さん、鍵が閉まったこの塔にずっと居たってこと!?」
「そうなるよね。まあ、そのあたり、シープさんに確認してみようか。」
「シープさん。ちょっとお尋ねしたいのだが。」
「ああ。キノノウ様にジョシバーナ様。遅かったですね。何かありましたか?」
「いえ。あの……。シープさん。5階にアレクサンダーさんという神父さんがいたのですけど……。いつから居るんですか?」
「ああ。アレクサンダー神父に会われたのですね。彼は昨日ここに来てから食事の時間以外はずっとあそこに居ますよ。」
「ええ!? 本当ですか! お祈りしてたみたいですけど……。」
「そうですね。ずっとお祈りしてますねぇ……。ほら? ここに呼び鈴があるでしょう? 食事の時間以外で出られる時はこれを鳴らせば私が来ることになっています。
もちろん、食事の時間は呼びに来ますので。」
そう言って、シープさんは、1階扉の内側の壁を指差した。
たしかに、呼び鈴のボタンらしきものがついていた。
「なるほど。じゃあ、不審に侵入していたわけではないのだね? まあ、狂信家ってところかな。」
「ははは……。」
シープさんは否定はしなかった。内心はシープさんも狂信的な宗教家だなって思っているようだ。
「アレクサンダー神父が残っていますけど、ここには貴重な美術品がありますので、扉は外から施錠しておかなくてはなりません。」
「ああ。塔の内側からは鍵をかけることはできても解錠することはできないのですね。そっかぁ。シープさん。おまたせしてすみません……。」
「いえ。お客様がご満足いただければそれで幸いです。」
私たちが廊下に出た後、シープさんが扉を施錠した。外側から鍵を施錠してしまえば内側からはもう開けられない。一方通行の扉というわけか。
「みなさま。夕食の時間まで自由にされています。おふた方もご自由に過ごされてくださいませ。では、私はこれで失礼します。」
シープさんはそう言って、廊下を歩いていく。
「じゃあ……。コンジ先生、どうします?」
「そうだな。3階に書斎があったな。どんな本があるか見てみたいな。」
「ああ。それはいいですね。こんな豪邸ですもんね。珍しい本が置いてあるかも!」
私たちは階段を上がって書斎に向かったのだった―。
~続く~
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