最強召喚士と奴隷少女達の廃村経営~異世界召喚されたけどやることないので、とりあえず総人口6人の村の村長になりました~
第69話 親愛なるエルザへ(女神暦1567年5月7日/アリーシャ騎士団ロクレール支部)
第69話 親愛なるエルザへ(女神暦1567年5月7日/アリーシャ騎士団ロクレール支部)
ミトスの意外な一面を垣間見た後、綴はアリーシャに対して森羅教徒を始め、ルスキア法国の魔女達やゴブリン兵達の騎士団領への定住を認めてくれたことを何度も何度も頭を下げて礼を述べた。
アリーシャはにこやかな笑みを浮かべてそれに応じ、今後もアルトの村への定住の許可と、必要に応じた支援も行うと確約してくれた。
そして、彼女は俺達がマルトリア神王国で巻き込まれた『ゴブリン・キングダム』襲撃事件に対する労いと感謝の言葉、『
そうして『ゴブリン・キングダム』関連の報告や報酬等の細々とした話し合いが終わると、アリーシャはホッと胸をなで下ろして、ラキアが淹れてくれた紅茶で優雅な所作で喉を潤すと、
「実は皆様にお渡ししたい物があるのです」
「渡したい物?」
「ええ、今回この支部に来たのは提出書類を一向に送って来る気配のないサボり癖のある友人に抜き打ちでお灸を据えることと皆様への感謝の言葉を伝える為だけではないのです。ラキア、あれを持ってきてくれる?」
「はい、アリーシャ様」
アリーシャの言葉から意図を汲み取ったらしいラキアは主に会釈をして立ち上がり、楚々とした足取りで退室すると、1分も経たずに革袋を抱えて戻って来た。
ラキアが革袋の口を縛っていた紐をシュルリと解くと、膝下までを覆う鉄製のブーツが姿を現す。
ブーツの上部には透明感のあるオレンジがかった淡黄色の色合いをした宝石があしらわれており、無骨なデザインのブーツのアクセントになっていた。
「このブーツは?」
「こちらは我が城の倉庫に眠っていた『
「『樹宝』がカルトス城にあったのか……」
「ええ、恐らくお父様……ペルテ国王が軍備強化の為に手に入れた物だったのでしょうが、適合者が見つからず城の倉庫の奥に隠していたのでしょう。先日、城内の倉庫を清掃していた侍女が偶然発見したのです」
「適合者っていうのは何なんだ?」
「適合者っちゅうのは、『樹宝』に選ばれた人間のことや」
俺が発した疑問に答えてくれた綴は、腰元に帯びた刀の柄頭をそっと撫でる。
「樹宝は誰でも自由に使える便利な武器やなくて、樹宝自身が『コイツになら使われてもええかな?』って思ってくれた人間にだけ能力を発動出来るんや」
「私の『
「魔力を桁外れに持っとる人間でも、樹宝が自分の所有者として相応しくないって判断すれば力を発揮せやへん典型的な例やな。ゼルダの方が自分を持つに値するって思ったんやろうなあ」
成程、どれだけ強力な力を秘めた樹宝であっても持ち主として相応しくなければ宝の持ち腐れになるってことか。
俺は目の前のテーブルに置かれたブーツを見遣る。
俺には『
樹宝が持つ力の強力さはゼルダの氷の剣やジルベスターのゴーレムを操る指輪等で身に染みて理解しているが、召喚士として多種多様な能力を宿した『隷属者』達を仲間に持つ俺としては、是が非でも手に入れたい物ではない。
それよりも召喚士としてのスキルを磨くなり、霊晶石を集めて召喚可能な『隷属者』の数を増やす方が戦闘力の向上に繋がるだろう。
「このブーツの銘は、『
アリーシャは机上に置かれた樹宝を手に取ると、
「エルザさん、貴女に差し上げます」
今までジッと樹宝を真剣に見詰めていた獣人の少女に、躊躇なく笑顔で差し出した。
エルザは、目の前に差し出された樹宝にポカンとした表情をしていたが、次第にアリーシャの言葉を理解し始めると、
「えええええぇぇぇっ!? 私にくれるの!?」
「エルザさんは、確か蹴り技を主体とした体術を得意とされていましたでしょう? この樹宝に私の知る中で最も相応しいと思うのは貴女なのです。是非、受け取って頂けると嬉しいのですが」
「お姫様にそう言ってもらえるのはとっても嬉しいんだけど、私なんかが貰っちゃっていいのかな?」
「ええ、これは貴女への私からのささやかな贈り物です。初めてお城に来てくれた時に、緊張で震える体を叱咤するようにして私に花束を差し出してくれた少女への。そして、私の大切な友人と彼女を支えてくれている人々がとても大切にしている貴女へのね」
「えっ?」
エルザの目線に合わせて少し屈んだ姿勢でエルザにブーツをそっと手渡したアリーシャは、どこか茶目っ気のある子供らしい笑みを浮かべるとそっとこちらに視線を向けてくる。
うっ、ヤバい。
あれをバラされるのは結構恥ずかしいなあ……。
自然と頬に熱が集まり、俺と同じ心境らしきゼルダも紅潮した頬を気恥ずかしそうに指で掻いている。
そんな俺達の仕草の理由に皆目見当が付かない様子のエルザと綴は小首を傾げており、アリーシャはその様子にクスッと口元に指を添えて「やっぱり二人共、秘密にしていたんですね」とイタズラっ子のように笑みを零す。
そんな主の様子に嘆息したラキアは、
「アリーシャ様。ゼルダやアレン様へのいじわるはその辺りで」
「ええ、そうね。ごめんなさいね、二人共。でも、これはやっぱり本人にも直接伝えた方がいいと思ったので」
と主を諫めると、そっと胸元から二つの封筒に収められた手紙を取り出す。
「エルザ様、どうか中身を読んでみて下さい。これは貴女の大切な人が貴女をとても愛していることの何よりの証左となる想いの結晶です」
想いの結晶……?
それはどういう意味なんだろう。
エルザは、一体これはなんだろうと首をぐっと伸ばして覗き込む。
読み書きはあまり得意ではないが、アルトの村一番の知識人で言語のスペシャリストであるルイーゼお姉ちゃんや、魔導士の名家で教養もあり読書が大好きなドロシーから文字を教わっているので、そこそこの文字は読めるようになっていた。
そして何よりも、目の前に置かれた封筒に書かれた送り主の名前だけは、間違うことなく読める。
『アレン』
『ゼルダ=フローレンス』
私を。私達を救ってくれた人達の名前。
人の命も尊厳もお金で売買されるあの欲にまみれたあの場所から、私を掬い上げてくれた人達の名前。
手枷を。呪縛を。私を縛り上げていた全てを取り去ってくれた恩人の名前。
居場所をくれた。
温かな食事や家をくれた。
ここにいてもいいんだという安堵をくれた。
皆と笑い合って幸せな陽だまりのような日々をくれた。
私の全てを優しい温かな色で塗り変えてくれた人達の名前。
そっと、恐る恐るだけど、私はサラリとした質感のそれを掴み、ゆっくりと封筒の中身を取り出し、そこに収まっていた便箋を開いてそこに書かれた文字をおずおずと読み始める。
それはアルトの村での近況報告や、村で起こったちょっとした事件や日常を記した物のようだった。
でも、封筒の中身に入っていた多くの便箋の中でも、一際長い文章で書き綴られた物があった。
そこには――アルトの村で私が過ごした思い出がたっぷりと詰め込まれていた。
アレン様やセレスお姉ちゃんと一緒に台所に立って、慣れない料理に四苦八苦してしまって、砂糖と塩を間違えて味付けが大変なことになって涙目になってしまった時に、嫌な顔一つせずに鍋の中の料理を「いけるな」「いけますね」と言って全て平らげてくれた二人に挟まれながら、左右から伸びる優しい手に頭をくしゃりと撫でてもらった時の掌の温かさも。
ドロシーやシャーロット、大好きなアルトの村を守りたいと早朝から必死に自己流の鍛錬に励んでいた時に、いつの間にか冷えたお水とまだ温かさの残るパンが載ったお盆が木箱の上に置かれていた時に気付いた時に視界の隅に映った、レモン色の髪が朝日に照らされて煌いていた大好きな騎士の背中も。
カレン様に誘われてお風呂に入って背中の流しっこをしたり、敏感な耳を撫でられて、「ひゃん!」と恥ずかしい悲鳴を上げてしまって、「きゃあ~、エルザったら可愛いなあ、もう♡ 私がお嫁にもらっちゃうぞ~!」と湯船の中でギュ~と抱き締めてもらった時に背中に感じた胸の感触も。
ドロシーやシャーロットと庭で育てていたお花を使って押し花の栞を内緒で作ってアレン様とルイーゼお姉ちゃんにプレゼントしたら、「うおおおぉぉぉぉぉ! 皆ありがとう! 絶対になくさないように部屋のタンスにしっかりとしまっておくよ!」「いや、使い給えよ管理者殿」と大喜びで栞を大事そうに眺めていたアレン様と、「ありがたく、貰っておこう」と言ってその場で懐に表情を変えずにしまってしまったけれど、読書中の本にそっとそれを差し込む時に口元を少し綻ばせるルイーゼお姉ちゃんの笑みも。
果樹園の手伝いをしていた時に調子に乗って高い枝の先に実った果物を取ろうとして落ちそうになった時に、フローラお姉ちゃんが大慌てで走って助けに来てくれて「怪我するかもしれないんだから、調子に乗りすぎないこと!」と怒られちゃったけれど、その後の「エルザはあたし達の家族なんだから、怪我なんかしたら駄目よ!」という言葉に込められた愛情に胸がくすぐったくなった面映ゆさも。
アレン様においしいご飯を作ってあげたいと深夜にこっそり料理の特訓をしていた時に鍛錬の疲れで睡魔に襲われ、火元をしっかりと消して台所の机に突っ伏すように寝てしまい、途中で起きた時には肩から掛けられたブランケットの温もりと、アルトで一番のお料理上手なメイドさんがアレン様の好きな料理のレシピを丁寧に手書きの絵と丁寧な説明文で分かりやすくまとめたメモが手元に置かれていた時のどうしようもないほどの嬉しさも。
アレン様やゼルダ様とアルトの村で過ごした日々が二人の視点からと、二人がカレン様やセレスお姉ちゃん達からこっそりと聞いたお話をまとめた温かな日々が優しい筆跡で綴られていた。
便箋に躍る文字に塩辛い雫がポツポツと降りしきる。
文字が滲む。
文字が霞んで見えなくなる。
目が熱い。
どうしてだろう。
嬉しいのに。
こんなに嬉しいのに。
どうして、どうして。
どうして私は……。
どうして私はこんなにも……涙が止まらないんだろう。
奴隷だった頃には絶対に手に入らなかったものがあそこにはあった。
あの場所に手を引いてくれた大切な人達がいた。
孤独や絶望で心が一杯だった。
悲しみや苦痛で胸が軋み続けていた。
一人で背負うには重すぎるそれらが、いつの間にかふっと軽くなって、気付けば私の側でその荷物を互いに背負ってくれる人達が歩いてくれるようになった。
一緒にいてくれる人がいる。
一緒にご飯を食べてくれる人がいる。
一緒に笑い合ってくれる人がいる。
それは当たり前のことのようだけど、とってもとっても幸せなことなんだって知った。
そんな幸せに囲まれて、私はきっと途轍もない幸せ者なんだ。
「アレン様とゼルダは『ゴブリン・キングダム』の事件が終わった後にアリーシャ様宛に、こうして奴隷だった貴女が幸せに暮らせていることを知らせてくれたのです。ここにはエルザ様の物がありますが、ドロシー様とシャーロット様の物もあります」
スンスンと鳴る
「いやあ、恥ずかしいから黙ってたんだ。奴隷制を何よりもなくしたかったアリーシャに見せたかったんだよ。貴女やゼルダ達がやり遂げたことは間違いなんかじゃなかったんだって。皆が笑って過ごせる場所がこの国にしっかりとあるんだって」
「エルザ、勝手にこんな手紙を送ってしまったことは謝ろう。すまなかった。私もアレンも同じ気持ちだったこともあるんだが……自慢がしたくなってしまったんだ」
「……自慢?」
「ああ」
愛情に彩られた優しい女の人に抱きすくめられ、大好きな男の人に優しく頭を撫でられながら、
「私達にはこんなにも大切な宝物があるんだぞって、子供っぽく自慢したくなってしまったんだよ」
私を、私達に陽だまりのような場所をくれた二人は、口を揃えてこう言ってくれた。
「「ありがとう。俺/私達と出会ってくれて。家族になってくれて」」
私が泣き止むまで、二人は優しくずっと側にいてくれて、他の大切でとっても優しい人達も何も言わず、そっと私達を見守り続けてくれた。
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