第68話 ミトス=エレスタ(女神暦1567年5月7日/アリーシャ騎士団ロクレール支部)

 プールで皆と遊び尽くした後(俺とゼルダは終始からかいの的で顔から火が出そうな程顔を真っ赤にしていたが)、俺達は体をしっかりと拭いて支部長のミトスにプールを自由に使わせてくれたことに礼を言おうと執務室を訪れたのだが……。



「あらあら、ミトスったら。私が抜き打ちで来てみれば、こんなにも提出期限の切れた書類が山積しているのですけれど、これは一体どういうことでしょうか?」


「う~、それには海よりも深い深い諸事情があったり、なかったり~?」


「ほほう、それではこちらの私が再三提出するよう催促していたオレンジジュースまみれの決済書にはどのような深い事情があるのでしょうか、ミトス支部長?」


「ううう、そんなに書類を顔に押し付けないでよ~。お詫びに、ロクレールの町で新しくオープンしたお菓子屋さんの割引券あげるから~」


「それはありがたく頂戴させて頂きますが、少しでも悪いと思っているのなら、さっさと書類を片付けてください」


「ふえ~ん、ここに鬼がいるよ~」


 執務室のカーペットの上に正座したミトスが、この国最強の騎士で王様の桜色の髪の少女と、その補佐官様の栗色の髪の少女にガチ説教を喰らっている真っ最中だった。



「「……どうして、アリーシャがここにいるんだ?」」

「わあー、お姫様だ!? どうしてここにいるの!」


 困惑気味な声が被った俺とゼルダの声が重なり、王城で初めて出会ったアリーシャのことが大好きになったエルザが獅子の耳をピコピコと揺らしてウキウキ感を如実に表しながら喜色満面の太陽のような笑みを浮かべていた。


「うわ~ん、ゼルダ~。アリーシャとラキアがいじめてくるよ~」


 全然泣いておらず、砂糖菓子の欠片を口元に残したミトスがシクシクと渇いた目元をこすりながらゼルダの胸に飛び込み、「う~、鎧が硬いよ~。これ取って~。あのメロンクッションに顔をうずめて私を癒して~」と駄々っ子のようにベタベタと甘え始める。

 メロンクッション……。その例えには納得しかないが。

 プールで見たゼルダの水着姿をアリアリと思い出してしまって、思わず頬に熱が帯びる。


「おいこら、ミトス、そんなにひっつくな! というか、私の鎧を剥ごうと全力で力を入れるんじゃない! それからアレン! 真っ赤な顔で一体何を思い出しているんだ! プールでの一件はお互いに忘れる約束だろ!」


「あらあら、あんなに真っ赤な顔で恋する乙女全開のゼルダが見られる日がまさか来るなんて。あの可愛らしいお顔が見られただけでも、ロクレール支部に来た甲斐がありましたね」


「あのゼルダがあんな表情を見せるなんて……。意外ですが、なにやら幸せそうな雰囲気もあるので、良かったというべきなのでしょうね」

 

 頬に手を当てて幸せそうに口元を綻ばせるアリーシャと、普段は見ることのない友人の意外な一面に興味深そうに頷くラキアに俺は渇いた笑みを浮かべるしかなかった。





 カレンとエリーゼはアリーシャとラキアに緊張した様子で簡素な挨拶を済ませるとドロシーの様子を見てくるねと言い残し、シャーロットを伴ってそっと執務室を後にした。

 恐らく、その言葉に嘘はないがこの執務室に残るメンバーが話しやすいように善意で席をわざと外してくれたのだろうと察せられた。

 ドロシーなら警戒心も強いし、無鉄砲な真似をする心配もないからアリーシャ騎士団支部のお膝元であり治安も悪くない町を一人で散策することには何の問題もないと思うが、見知らぬ土地で慣れないことや困惑することもあるだろう。

 ドロシーが日没までには帰ってくると支部の騎士達もわざわざ伝えに来てくれたが、町で合流して共に買い物や食事を楽しんでくるのもきっとドロシーにとっていい思い出になる筈だ。

 三人が部屋を辞した後、俺達は執務室のソファに座り込み、居住まいを正す。

 四人掛けのソファに左端からエルザ、綴、俺、ゼルダの順に座り、対面のソファには左端からラキア、ミトス、アリーシャの順に着席しており、二人の間に挟まれたミトスは職務放棄して逃亡することも出来ず、「う~、そろそろ厨房で焼きたてのクロワッサンが出来上がる頃合いなのに、食べにいけな~い」と緊張感のない声音で落胆している。

 約1名緩んだ騎士がいるのが若干気にかかるが、いつまでも黙りこくっていても話が進まないので、まず俺が口火を切ることにした。


「ええと、アリーシャ……様?」


 先程は素でついつい呼び捨てにしてしまったけれど、一国の王様相手に呼び捨てはNGだったかもしれないし、ちょっと不安になったので訊いてみることにした。


「ふふふ、アレンさん。様なんて付けなくても結構ですよ。ゼルダやお仲間の方々も呼び捨てにされていらっしゃるようですし、私もアリーシャでよろしくお願いします」


「分かった。それじゃあ、アリーシャで」


「ええ、そちらの方が親しい感じがしていいですね」


 屈託のない笑みで無邪気に喜びを表情に表す彼女の柔らかな雰囲気に良い意味で肩の力が抜けていくのを感じながら、俺とゼルダは視線を合わせる。


「まず、この支部の保養地の利用許可をくれてありがとう。さっき、皆でプールに行ってきたんだ。とても満喫させてもらったよ」


「この支部に併設されているプールはミトスが町民達、特に遊び盛りの子供達に楽しんでもらおうと無料で一般公開しているんですよ。ねえ、ミトス?」


「うん、私が企画したの~。出来上がったのは最近だけどね~。今日は朝に火の魔鉱石の点検と魔力供給があったからお休みにしてたんだけど、思ったよりも作業が早く終わって、設備にも不具合がなかったからゼルダ達の貸し切りにしてたの~」


「そうだったのか。どうりで俺達しかいなかった訳だ」


「ミトスがそんな取り組みをしていたとは、私も初耳だな」


 騎士団時代の仲間であるゼルダも、あのプールがミトスの発案で造られた物だったとは知らなかったらしい。

 ミトスはグデ~と背もたれにもたれつつも、今までの彼女の間延びした口調とは異なった哀傷を帯びた声音で目元をキリッと細めながら、腰元に佩いた剣の柄に嵌め込まれた蜜柑色の宝玉を指でなぞる。


「アリーシャ達とペルテ国を滅ぼして騎士団領を建国して、少しずつこの国も良くなってきてると思う。だけど、あのクーデターで沢山の人達が死んだ。敵も味方も関係なく、ペルテ王と王国軍に怯えながらも暮らしていた国民も多く死なせてしまった。

 だから私は、この生まれ故郷のロクレールからこの国を幸せな国に作り替えていく手助けをする。

 沢山の悲しみや痛みを、沢山の嬉しいや楽しい気持ちで上書きしていきたいの。

 だから、皆が楽しい思い出が作れるような場所をもっと作って、皆が幸せを感じられるような時間を過ごせるよう頑張るのが私の仕事。

 死んでいった仲間達や死んでしまった人達に出来る私なりの罪滅ぼしの形なの」


「……そうか。それはとっても大変な仕事だけど、凄く素敵で幸せな仕事だな。そして、それをそうやって当然のことのように言い切るミトスも凄い騎士なんだって思ったよ」


「そうだよ~、私って凄いんだよ~。なので、今度支部に遊びに来た時はお菓子とか甘い物とか差し入れに持ってきてくれるとポイント高いかな~。アルトの村のフルーツが私一度食べてみたいな~」


「ああ、次に来る時は荷台にどっさりと積んで持ってこよう」


「わ~お、太っ腹だねえ~ゼルダ」


 先程までの殊勝な面持ちとは一転して、冗談めかした言葉を紡ぎながらほんわかとした笑顔でゼルダを褒めるミトスは最初に出会った時のようなサボり癖のあるのんびりとした少女に戻ってしまった。

 しかし先程ここにいたのは、のほほんとしていた表情で掴みどころのない少女だと思っていた少女は、確かにこの国の行く末を憂いながら前へ前へと自分なりに進み続ける騎士だった。

 ゼルダやアリーシャと共に、数多の戦場を駆けて民衆の為に剣を振るい続けてきた英雄はここにしっかりと民の導き手として歩き続けていたんだ。

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