第56話 道案内(女神暦1567年4月29日/『四葉の御旗』ギルドハウス)

 こんな場面でも商売根性剥き出しのニーナにチョップをかまして自重を促すと、彼女は渋々ながらも席に戻った。

 執拗に絡まずにあっさりと引き下がったところを見ると、どうやら彼女なりの冗談だったみたい。

 この少女はお金が大好きな商魂逞しい友人だが、他者を傷付けるような真似でお金を稼ぐ事は一切しないので、ゾランの鱗が剥ぎ取られるような事もないでしょう。

 ……まあでも、ゾランが食事のお礼にタダであげましょうって言ったら、何の遠慮もなく首を縦に振るでしょうけど。


「ねえ、ゾランさん。話が逸れてしまったけれど、貴方がどこから来たのか教えてもらっても大丈夫?」


「おお、そうですな。私がどこから来たのかというお話の最中でしたな」


 グビグビと初めてのオレンジジュースの味に舌鼓を打っていたゾランは、ジョッキを一旦置いてこちらに再度視線を向ける。

 彼の膝元には、随分と心を許しているのかほんの少しだけ相好を崩したシャーロットが座っており、これにはフローラ達も驚きを露わにする。


「あら、珍しい事もあるのね。シャーロットがアレンやゼルダにベッタリなのは知ってるけど、それ以外の人にはそんなに懐く事なんてないのに」


「言われてみればそうニャ。ニャ―も今では随分と懐いてもらえるようにニャったけど、最初に会った頃は警戒されて近くにあまり近寄ってくれなかったニャ」


「ああ、そういや俺も似たような記憶があるな。親代わりのアレンやエルザ、一つ屋根に暮らしてるカレンを除けば最速記録じゃねえか?」


「そういえば、確かにそうかも」


 シャーロットを溺愛し過ぎなきらいがあるゼルダママや、シャーロットに好きな事を好きなだけやらせながらも家事の手伝いや果樹園での仕事も体験させて様々な経験を積ませようと手探り状態ながらも試みているアレンパパを除けば、ここまですぐに他人に心を許す事はほとんどなかった。

 子供の扱い方を熟知したようなゾランの柔らかな物腰と、言葉の端々から読み取れる親愛の情が、シャーロットの警戒心を溶かしてしまったのかもしれない。

 私達のそんな反応に気恥ずかしそうにはにかみながら、ゾランは自分の頬を掻く。


「村の子供達の世話を焼く事も多いので、多少子供の扱いを心得ておるだけですよ。それに、この女の子を含めて皆さんは蜥蜴人族リザードマンに対する偏見を持たずに私と接して下さる。その事が私にとってはとてもありがたい事なので、ついついその喜びが顔に滲んでしまうのもあるかもしれませんな」


「貴方は相手を尊重してくれている事がその笑顔で分かるから、子供はそういう所を読み取る機微も聡いのかもしれないわね」


「そうかもしれませんな。私達蜥蜴人族は防具の素材となるこの鱗を狙った冒険者や無法者達によって乱獲される時代があった事もあり、人間達とは距離を置いてきましたが、貴女方のように金儲けのために私達の鱗を狙って近づいてくる者とは異なる方々とは久方ぶりに出会う事が出来ました」


 約一名がダラダラと汗を流しながら気まずそうに顔を逸らし、わざとらしい口笛を吹き出したけどツッコまないでおきましょう。


「私は皆さんが北の大森林と呼ぶ森の西側に位置する湖沼地帯の片隅に築いた集落で暮らしている蜥蜴人族なのです」


「大森林の西……そういえばその辺りにまでは行った事はなかったなあ」


 大森林の探索の際には地元民であるゼルダが同伴していたし、かつてのアルトの村民達も自分達の生活を成り立たせるための薪や木材の確保や、獣や木の実の狩猟と採集のために森への出入りはしていたらしいけれど、広大な面積を誇る大森林の奥地にまで足を踏み込んだ者はほとんどいなかったので、森の深部は謎に包まれていた。

 森に一番近い村であるアルトの村の者達すら森の奥には近寄らなかったのだから、人間社会から隔絶された生活環境を求めた蜥蜴人族が住み着くのも納得がいく。


「私は方向音痴なので、普段森で狩りを行う際は仲間達と共に向かうのですが、彼らともはぐれてしまい、お恥ずかしながら今の私は自分の暮らす村にも戻れない体たらくでして……」


「むう、それは随分と気の毒な話だな」


「ニャー、その村の大体の位置さえ分かれば道案内も出来るかもしれニャいけど、大森林の詳細な地形を記した地図なんてニャいし、これは中々骨が折れそうな状況だニャ……」


「ゼルダやアレンがいれば何か知恵を出してくれるかもしれないけど、あの二人が戻って来るのはまだ先だしね……」


 蜥蜴人族の集落の場所は分からなくても私よりも森に詳しいゼルダや、不思議な力を持った『隷属者チェイン』達を使役するアレンなら妙案を思い付きそうな感じがするけど、この場所にいない人に希望を押し付けても仕方がない。

 腰元に巻き付けてあるベルトに吊り下げられている六本の愛用の杖を収めたホルダーに自然を指が伸びる。

 う~ん、私の『樹宝アーク』はバリバリ戦闘向きだし、特定の場所や物を探し出すような能力はないしなあ……。

 帰る家がない。

 それはとても辛い事だ。

 それは私自身が身に染みて理解している。

 だからこそ、帰り道を見失っているゾランを自分の家へ、大切な家族の元へ送り届けたい。

 私を含めた三人が何か打開策はないのだろうかと知恵を振り絞っていると、おもむろにフローラが挙手する。


「私に一つ策があるの。十中八九、貴方を村に返してあげられる確実な方法よ」


「な、なんとそんな素晴らしい策が本当に!?」


 う、嘘っ!? フローラったら、こんなに早く名案を思い付いたの!?

 大きく目を見開いて驚きを露わにするゾランと、フローラ発案の策がどういったものか興味津々な私達の視線を気持ちよさそうに浴びて得意げに自信に満ちた笑みを浮かべた若草色の髪の少女は、軽く人差し指を立て、


「もしその方法で集落に辿り着けたらなのだけど、一つだけお願いがあるの。勿論、無理強いするつもりはないから」


「そ、それは何でしょうか?」


 フローラはグイっとゾランに整った顔を近づけ、ニコッと柔和に笑い、



「貴方の村でとある作物を育ててほしいの。蜥蜴人族の集落の近くで栽培出来るかは実地調査が必要だけど、考えてみてくれないかしら?」






「あっちからこの人が歩いてきたのね? ありがとう助かったわ」

「もうそんな意地悪な事言わないでよね。お礼に魔力を分けてあげるから、蜥蜴人族の情報教えてくれない?」

「最近は雨が降っていないから憂鬱になるわよね。水筒の水だからちょこっとしかないけれど、少しはマシでしょう」


 青々とした葉が緑色の天蓋を作り出している大森林の中を、ズンズンと意気揚々に進んでいくフローラの背中を追いながら、私達は呆然と顔を見合わせる。


「野菜やフルーツを一日で実らせたり、『魔装化ユニゾン・タクト』すれば闇ギルドの連中も簡単に蹴散らせる力も持っているだけでも凄いけど、この能力もかなり規格外だよね」


「植物と話せるっていうのは知っていたが、確かにその能力を使えばこうして蜥蜴人族の集落にまで辿り着けるって訳か」


「ニャ―、アレンのお友達は多彩過ぎじゃニャいかニャ……」


「森の木々とああして会話が出来る者がいるとは……森の奥で隠れ住む私達ももっと外の世界を知らねばならないようですな」


「……フローラ、凄いね」


 フローラが提案した策とは、森に自生する植物達と対話する事でゾランが歩いてきた道のりを辿っていくというものだった。

 方向音痴な上、空腹で意識も朦朧としていたゾランは自分がどの道を歩いて来たのかは全く覚えていなかったが、森の木々はフラフラとした足取りで彷徨う蜥蜴人族の事を覚えていたようで、フローラが彼らのご機嫌を取りながら蜥蜴人族の集落探しを行っているおかげで、今の所は順調に事は進んでいる。

 問題の湖沼地帯に到着するまでの正確な時間が分からなかったので、一応簡易的な夜営の装備を背中に背負っているけれど、出来る事なら陽が暮れない内に辿り着けたらベストなんだけどなあ。

 まあ、あまり期待はしないでおこう。


「すみませんな、道に迷った私にためにこのような事までして頂いて……」


「いいのいいの、気にしないで。村の図書館で働いている仲間には書き置きを残しておいたし、ニーナやマーカスも数日程度なら仕事を休んでもだからって自分から同行を申し出てくれたんだから」


「そういうこった。アンタの事を随分と気に入ったシャーロットも付いてくるのは予想外だったが、乗り掛かった舟だ、最後まで付き合うさ」


「そうニャ、ニャ―も帰る場所が分からなくなった人を見捨てて家路に着ける程薄情な獣人じゃニャいのニャ。ニャ―は心優しい猫なのニャ」


「本音は?」


「蜥蜴人族の集落で稲作とやらが始まれば、是非うちの店と専売協定を結んで共に懐を温め合う素敵な関係性を築き上げて……ニャ!? カレン、ニャ―を貶めるような卑劣な真似は止めてほしいニャ!」


「いや、自分からガンガン墓穴を掘ってたじゃない。ゾランさんも、フローラの頼みを簡単に飲んじゃったけれど、本当に良かったの?」


 守銭奴猫の猫パンチを躱しながら、私はそうゾランに尋ねてみる。あっ、さっきほっぺにパンチが当たったけど、そんなに痛くないな……。


「大量の水を必要とする植物なら、私の暮らす集落は湖畔に位置していますから栽培には向いておりますし、様々な料理にも応用も可能な食材だと伺っているので、単調な食生活の多い蜥蜴人族には良い刺激になるでしょうからな。拒否するような真似はしませんよ」


「それでも、本格的に稲作に漕ぎ出すのならゾランさんの一存じゃ決められないでしょう? 一度族長さんとかに話を通しておいた方が……」


 突然見ず知らずの私達が未知の植物を育てて欲しいと族長にお願いしたとしても一蹴される未来しか見えないけれど、少なくとも個人レベルで勝手に進めていい話ではないような気がするのだけど……。


「ああ、それは問題ありません。私がその族長ですから」


「「「……えっ?」」」


 ……族長?

 獲物を追いかけ過ぎて道に迷い森の中で空腹でぶっ倒れていたゾランさんが、蜥蜴人族の族長?

 マジか、という面持ちでゾランに視線を集中させて硬直する私達の反応に苦笑しつつも、


「改めまして、大森林の蜥蜴人族の集落を治めております、族長のゾランです。皆様、何卒よろしくお願いします」

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