第36話 死神襲来(女神暦1567年5月1日/ピゾナ

 瓦礫と死体が至る所に転がるピゾナの町の中央広場で、フローラと『魔装化ユニゾン・タクト』した俺とセレスのゴブリン軍との戦いも佳境を迎えていた。

 最初は町の常駐軍相手に優勢を保って血気盛んに侵攻していたゴブリン達だったが、俺の木刀による変幻自在の一撃やセレスの銀鎖による多面的な攻撃の前に浮足立ち、自慢の連携攻撃も足並みが揃わなくなってきていた。

 俺の攻撃を回避したとしても、周囲に横たわっている瓦礫をカモフラージュにしながら敵に忍び寄る銀鎖による不意打ちをお見舞いされることもあり、敵軍の集中力も散漫になり、息遣いも荒く乱れたものに変化していくのにもそれほど時間は掛からなかった。

 既に広場に立っているのは俺とセレス、胸元に徽章を付けた指揮官らしき偉丈夫のゴブリンとその取り巻きのゴブリン兵だけだった。

 ゴブリン兵は地面に横たわる仲間達の骸をブルブルと震えながら見遣り、それでもなお俺に奇声を上げながら突貫してきた。

 だが、なけなしの勇気よりも自暴自棄になるほどの恐怖心の方が圧倒的に勝っているため、血走った目で振るう剣の冴えも鈍り切っており、動きも単調で読みやすく、容易にその攻撃をかわすことが出来た。


「これで終わりだ!」


「グギャ!?」


 俺の大上段からの振り下ろしを脳天に食らい、泡を吹きながら地に沈んだ部下の姿に恐慌を来たしたのか、ゴブリン軍の指揮官がダラダラと冷や汗を流しながら、


「き、貴様らっ!? い、一体何者だ!? 我々を偉大なるゴブリンキング様が治める『ゴブリン・キングダム』の忠実なる臣下と知っての狼藉か!?」


「お前達が『ゴブリン・キングダム』の尖兵だってことは既に知っている。俺達はお前達の蛮行を止めに来たんだ。……もう遅すぎたみたいだけどな」


 広場に軒を連ねていた飲食物の屋台は軒並み破壊されて無惨な有り様になっている。

 周囲の家々もゴブリン達に木戸を破壊されて無理矢理押し入られており、調度品も薙ぎ倒され、家人と思わしき人が血の海に静かに沈んでいた。

 町の各所に火の手が回っているのか、紺碧の空を塗り潰してしまうつもりなのかと思うほどの黒煙が立ち昇っていた。

 町中で殺戮と略奪の限りを尽くしていたゴブリン達を一掃すべく駆け回っている間は、瓦礫で塞がっていたり延焼が激しい地点でも【透過】スキルや【火炎耐性】スキルを活用して素早く通り抜けることが出来たので、ゴブリンの掃討は比較的迅速に行うことが出来た。

 ゴブリン達に囚われていた町娘達も、猿ぐつわや四肢を拘束していた縄を切断して町の外へ逃げ出すよう言い含めておいたので、この町でまだ生き残っている者は町の外壁を目指している最中か、既に外壁の外に逃げ延びている頃合いだろう。

 町の外縁を取り囲んでいた軍勢の殲滅はアールタに一任しているので、心配はしていない。

 彼女は白兵戦でも一騎当千の実力を誇っているが、火炎系魔法のプロフェッショナルでもある。

 雨の中や海上が戦場なら幾ばくかの懸念は残るが、この町の周囲は見晴らしの良い乾燥した荒野で水気を含むような物もほとんど存在していない。

 彼女がゴブリン達に敗れる可能性は皆無だと言っていい。

 後はこの町での暴虐の大きな一端を担っていたであろうこの指揮官を捕縛し、『ゴブリン・キングダム』の本隊がいる拠点や伯爵領侵攻の詳細な情報を吐かせれば敵ギルド本体の尻尾を掴むことも可能な筈だ。


「アンタが指揮官だとお見受けするが、大人しく武器を手放して投降するなら命は取らない。必要な情報を吐いてもらった後で、この国の司法の裁きを受けてはもらうけれどな」


「くっ! 私はガロン将軍から直属の精鋭部隊六百をお任せ頂いた名誉ある士官だぞ! 貴様らのような素性の知れぬどこぞの輩如きに投降などするものか!」


「なら、一度気絶させて後でじっくりと尋問させてもらうまでだ。これ以上、この町のような悲劇を起こさせないためにも」


 既に勝敗は決したも同然だが、指揮官はこちらの要求を飲むつもりは毛頭ないようだ。

 両刃の片手剣を下段に構え、もう片方の手に持ったバックラーを前面に押し出すような構えを取り、突き刺すような苛烈な眼光を双眸に光らせていた。

  引き下がるつもりはなしか。峰打ちで昏倒させた後に、縄で身動きできないように拘束させてもらおう。

 そう方針を固めると、俺は木刀を構え、セレスもいつでもサポート出来るように袖口から蛇のようにシュルシュルと銀鎖を取り出し、即座に鎖を射出出来るように態勢を整える。

 ピンと張り詰めた空気が広場を支配し、獰猛に口元を歪めていた指揮官ゴブリンが咆哮を轟かせながら猛然と駆けだそうと腰を屈めた刹那、




「中々面白そうなことやってんじゃねえか。俺も混ぜてくれねえか?」




 全身に悪寒が走った。

 バックラーによるシールドアタックをぶちかまそうと、盾を突き出しながら突撃しようとしていた指揮官ゴブリンを迎え撃つべく身構えたままの態勢のまま、その場に両足が縫い留められる。

 俺の側で迎撃支援を行うつもりだったセレスも、まるで石像にように身じろぎすることもなくゴブリンの背後を険しい視線で見遣っている。

 その先にいるのは俺がこの異世界にやって来て以降、最も強大な力を秘めた何者かだ。

 アンデッドの最高位に位置するリッチーである彼女すらも気圧され、硬直するような圧倒的な力の塊。

 故意なのかは判断がつかないが、卒倒しそうになるほどのドロドロとした凶悪なドス黒い魔力を垂れ流しながら破滅の足音が瓦礫の山から現れようとしている。

 魔力量に関しては誰にも負けない自負があるが、ここまで肌を無数の針で突き刺されるような暴力的な魔力を膨大に宿した人間がいると思わなかった。

 今までに戦ったガイオンやジルベスターなど、まるで赤子レベルだ。

 一瞬でも緊張の糸を緩めれば、即座に首や胴体が両断されてもおかしくないような鋭く研がれた刃のような魔力。

 肉体から放たれる魔力の圧だけで、心臓が押し潰されそうな感覚に陥りそうだ。

 そう判断し、俺が何とか早まる鼓動を鎮めようと深く深呼吸し息を整えたのと同時にそれは姿を現した。

 黒革のブーツに砂埃が付着すること知ったことかばかりに、自分の足元に転がっていた瓦礫を荒々しく蹴り飛ばしてゴブリンの背後の倒壊した家と家の間から出現したのは、俺とそう変わらない年齢であろう少女だった。

 生き物の死骸をついばんで腹を満たす大烏のような濡羽色の髪、目元に塗った紅色のアイシャドー。

 豊満な胸元を強調するような大きく谷間が露出した唐紅色のチャイナドレス風の中華服、スリットの入ったミニスカート、発育の良い体を見せつけるかのような衣装に身を包みながらも、頭頂部から足首の少し上辺りまで伸びる漆黒の外套がそれを半ば隠すようにしていて、黒革の手袋を付けた手は彼岸花のような濃い赤色の地の鋼の鞘に収められた刀の柄に添えられていた。

 彼女が興味津々といった喜悦の滲んだ表情でこちらに向かって歩を進め、少女の姿を目にしたセレスがその場で苦しそうに口元を押さえ、

 

「旦那様、あの少女に無数の怨霊の類が纏わりついているのを感じます。彼女は数え切れぬ程の人間を殺め続けてきたのでしょう」


「そんな相手に俺達が勝てる見込みはあるか?」


「正直申し上げますと、今の我々の実力では尻尾を巻いて逃げ出すことで手一杯かと」


「成程。何者かは知らないが、あまりここに長居するのも禁物か」


 俺達が小声でそんな会話の応酬をしていると、こちらに向かって歩きながら広場の燦燦さんさんたる有り様を他人事のように面白半分といった面持ちで一望していた少女は、俺とセレスに狂犬のような獰猛さを孕んだ視線を向ける。


「ここに辿り着くまでにゴブリン共の死体がゴロゴロ転がってやがったが、あれを殺ったのはテメエらか?」


「……そうだけど、君は『ゴブリン・キングダム』の仲間なのか?」


「はっ、笑わせるんじゃねえ。アイツらは仲間なんてご大層なもんじゃねえさ。だから仇討ちなんざも毛ほども考えてねえし、興味もねえから安心し……」


屍冥華シー・ミンファ様ではありませんか! 闇ギルドの頂点の一つ『狂焔の夜会ラグナスティア』の幹部の一人である貴女様がまさか来て下さるとは!」


 突然の闖入者ちんにゅうしゃに警戒心を高めていた指揮官ゴブリンは、愉悦混じりの声音で俺達に言葉を投げかけていた少女の足にすがりつき、弾丸のように言葉を続けた。

 絶体絶命の窮地に現れた友軍の登場は、へし折れる寸前だった心の安定を取り戻してくれるような特効薬だったのだろう。

 精神安定剤のように冷静さを取り戻していく感覚に身を委ねると同時に、自分が安全な立ち位置に返り咲いたと思い込んだゴブリンは、今の状況に至るまでのあらましを矢継ぎ早に話し出し始める。

 だが麻薬のように心の中に染み渡った安堵は、彼から観察眼という能力を大いに低下させる効能もあった。



 屍冥華シー・ミンファと呼ばれた少女が、砂埃と汗に塗れた汚れた手で素足を掴まれて、今どのような表情になっているのかも気付かないほどに。



「貴女様がいれば、あのような者共なんぞ、物の数でもありません! 是非とも奴らを始末……」


「テメエが死ね」


 汚物を見るような嫌悪感を剥き出しにした少女がそう告げた刹那、瞬きする暇もないほどの速度でゴブリンの首に赤い軌跡が走る。

 キョトンと目を丸くしたゴブリンの首がズルリとずり落ち、べちゃりという湿った音を立てて地面に転がり、少女は忌々しそうにそれを瓦礫の奥へと爪先で蹴り飛ばし、汚物で汚れたとばかりに掴まれていた素足をはたく。

 赤椿色の刀身をした刀による神速の居合の動作をほんの一瞬しか目で追えなかった俺とセレスはその場で瞠目した。


「おいおい、何だよその馬鹿げた速度の居合切りは」


「一秒にも満たぬ閃光の如き一閃でございました」


「へえ、テメエら、俺の剣の動きを一瞬でも目で追えたのか。こいつは、とんでもねえ掘り出しもんじゃねえか! 気に入ったぜ! テメエらを簡単にぶっ殺すのは止めといてやるよ!」


 毒々しい色合いの刀を地面に突き立てて、腹を抱えて大笑いする少女は隙だらけで、今なら背を向けて全速力で逃亡できそうな雰囲気だった。

 しかし、この少女に背を向ければ最後、自分達があのゴブリンと同じ末路を迎えるビジョンしか浮かんでこない。

 恐怖の伝染。

 俺とセレスも『ブレイブ・クロニクル』では無数の戦場やダンジョンで格上の敵相手に戦ったことはあったが、ここまで己の死の気配を間近に感じることはなかった。

 眼前に立っているのは俺が相対してきた中で最強の敵だ。

 あのゴブリンが口走った『狂焔の夜会』という単語にも聞き覚えがある。

 アリーシャとの晩餐会の席でラキアが語った闇ギルドの頂きに君臨する十二の闇ギルド。

 『十二冥神ラグナレク』。

 俺達が壊滅させた『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』など足元にも及ばない闇ギルドの頂点。

 その内の一つである『狂焔の夜会ラグナスティア』の幹部を務める少女相手に、僅かでも隙を見せれば一瞬で命を刈り取られ、セレスが見たという亡霊の仲間入りをすることになるだろう。

 彼女を相手取りながら、数分程度でも足止め出来るような状況を生み出すしか活路はない。


「セレス、相手の力量は俺達以上と断定していい。倒すことじゃなくて、どう隙を作って逃げ出すかを最優先で考えろ」


「かしこまりました、旦那様。私は貴方様を最後までお守りする盾として侍らせて頂きます」


 これは勝ち目なんて最初から用意されていない最低最悪なゲームだ。

 相手と同じ盤上でどれだけ奮闘しようが、こちらに勝利の女神がほほ笑むことはない。

 相手の隙を突いて盤の上から飛び出すか、盤自体をひっくり返すようなぶっ飛んだ奇策でも弄してこの場を切り抜けてやる。

 頬に撥ねていたゴブリンの返り血を指の腹で拭い、屹然きつぜんと刃を向ける。

 無数の凶器をぶら下げた大量の鎖を衣装から招聘しょうへいした侍従がその側に寄り添う。

 そんな光景を視界に捉えた濡羽色の髪の少女は、実に愉快そうに口角を上げて凄絶に笑う。


「たった二人でゴブリン共を殲滅させたテメエらに褒美をくれてやる。今回は十分の一の力も出さねえでやるよ。その方が長く遊べそうで面白そうだ」


 そう言い放った少女は、久方ぶりの殺し合いに胸躍らせながら名乗りを上げる。




「『狂焔の夜会ラグナスティア』【冥炎十二将クリュメノス】序列4位、屍冥華シー・ミンファだ。簡単にくたばるんじゃねえぞ」

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